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神律スキル編纂局 ~その不具合スキル、直します~  作者: にのまえあゆむ


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第12話 情報収集

「……ここが?」


 路地を抜け、人通りの多い大通りへと出たヤマトは、思わず足を止めて周囲を見回した。

 鉄錆と油、そして火薬が混ざり合ったような刺激的な匂い。通りを行き交う冒険者や兵士たちの装備には、いずれも実戦の跡が刻まれている。

 セレナはヤマトの背中を促しながら、淡々と告げた。


「防衛都市アイギス。人類と魔族との境界線に位置する、最前線の拠点よ。ガリュン・ヴァルカスはこの街にいるわ」

「どこにいるとか、そういう情報ってあるんですか?」


 ヤマトの問いに、セレナは周囲を軽く見回してから肩をすくめた。


「都市防衛のゴーレムを作っているくらいだから、国軍の兵舎やその周辺の工房にいるはずだけど、詳しい場所まではわかっていないわ。……だから、まずは情報収集ね」


 二人は雑踏の中へと踏み出した。アイギスの大通りは軍用路を兼ねた石畳で、ひっきりなしに行き交う輸送馬車と兵士たちの怒号で常に揺れている。

 道行く人々の服装は、機能性を重視した防具や、補修を繰り返した作業服ばかりだ。街の随所には魔族の侵攻に備えた重厚なバリケードが置かれ、広場では兵士たちが交代制で食事をとっている。


 人類と魔族、双方が決定打を欠く膠着状態。


 その長期化は都市の人々に「いつか終わる」という淡い期待ではなく、この緊張感こそが〝日常〟であるという、冷徹な認識を植え付けていた。

 人々はただ生き抜くために働き、戦い、備える。

 そこには悲壮感よりも、明日もまたこの防衛線を維持し続けるための、鋼のような規律と現実主義が渦巻いていた。


 そんな都市中心部を進むヤマトとセレナは、冒険者たちが情報交換の場として利用する路地裏の古びた酒場、鉄の処女亭へと足を向けた。

 重い鉄製の扉を押し開くと、立ち込めるのは安酒の臭気と、革と金属が擦れる匂い。


 店内には、実戦で酷使された装備を磨き直す冒険者たちが腰を下ろしており、誰もが淀みのない眼差しで地図や戦況報告を精査している。

 ここでは、誰もが終わりの見えない均衡を維持することこそ、最大の戦果であると理解していた。


 ヤマトとセレナは、店内を見渡せる中央付近の席に腰を落ち着けた。


「場所が場所だけに、都市全体がピリピリとした緊張感に包まれてますね」

「そうね。でもまぁ、魔族との戦いにおける防衛都市だから、それも仕方ないんでしょうけど……」


 ヤマトの呟きに、セレナは軽く頷きながら周囲のテーブルへさりげなく視線を泳がせた。

 この店には、戦い疲れた者たちが集まっている。彼らの会話の端々には、今の前線の状況や、軍の動向が零れているはずだ。


 二人はガリュンの名前か、ゴーレムについての情報が出るのを待った。

 しかし、聞こえてくるのは対魔族防衛線の話や物資の欠乏といった、この都市の膠着した現実ばかりである。


「──で、また防衛戦でゴーレムが暴走したらしくてよぉ」


 ふと、近くの卓で戦況について語り合っていた冒険者グループから、〝ゴーレム〟という単語とともに苛立たしげに声が聞こえてきた。


「防衛線に組み込んだゴーレムが、防衛目標を無視して味方に武器を向けてきやがったんだ。たまったもんじゃねぇぜ」

「それってあれか、またヴァルカス工房のゴーレムか?」

「他に暴走するゴーレムなんざ誰が作るってんだよ!」

「そりゃそうだ」


 ガハハと笑う冒険者たち。その会話は、紛れもなくヤマトたちが探しているガリュンのことで間違いない。

 ヤマトとセレナは互いにうなずき合い、おもむろに席を立った。


「今のゴーレムの話、もう少し詳しく聞かせてもらえないか?」


 ヤマトは臆することなく冒険者たちの卓へ歩み寄った。


「あぁん? なんだ、おめぇは」

「私たちは今日、このアイギスに着いたばっかりなのよ」


 ヤマトを剣呑な目で睨む冒険者に、セレナが務めて陽気な声で答えた。


「だからまだ、この街の状況がわからなくって。よければ教えてもらえないかしら?」


 喋りながら、セレナは給仕の女性に酒を運んで来てくれと合図を送った。


「ま、一緒に呑みながらお喋りしましょ。もちろん、最初の一杯はこっちの奢りよ」


 給仕が運んできたジョッキを、ヤマトとセレナは冒険者たちの卓に滑らせた。並々と注がれたエールの重みに、男たちの険しかった表情が少しだけ緩む。

 そんな冒険者たちの中心にいた古傷の目立つ男が、ジョッキを手に取り、一口あおってから鼻を鳴らした。


「……新入りか。まあ、タダ酒に免じて少しは教えてやっていいぜ」


 男は肩をすくめ、肩の力を抜いて答えた。


「ヴァルカスのゴーレムのことだろ? アイツの造るゴーレムは防衛目標を無視して味方に武器を向けるのさ。……まぁ、いつものことだよ。現場の俺らからすりゃ、魔族と戦うよりアイツのゴーレムに背後を取られねぇよう気をつけるほうが骨が折れるってもんだ」


 男の言葉に、周囲の冒険者たちも「全くだ」と笑いながらジョッキを合わせる。


「技術だけは一流なんだろうが、肝心の制御がポンコツでな。……それなのに、なぜか国軍が変に庇護してやがるもんだから、手が出せねぇんだよ」

「国軍が? そんな現場の皆さんが苦労してるものなんて、普通なら真っ先に撤去する対象じゃなですか」


 ヤマトの率直な問いかけに、古傷を持つ男は「ハッ!」と忌々しく覇気を飛ばした。


「知らねぇよ。なんか上手いことやって軍の上層部と繋がってんじゃねぇのか? 俺たちには知る由もねぇよ」

「なるほど……」


 ヤマトは小さく頷き、ジョッキを置いた。

 戦場という生死のかかる現場で、軍が制御の利かないゴーレムを作らせている。それは単なる癒着というより、ガリュンにはゴーレム制作以外の何かがあるのかもしれない。


「ちなみに、そんな危ないゴーレムを作ってる技術者はどこにいるの?」


 セレナが聞くと、男は顎で酒場の外、北側の区域を指し示した。


「中央区を抜けて、軍の兵舎裏手だ。廃屋を無理やり改築したような場所だから、すぐわかる。なんだ、あんたらはあの男に会いに行くつもりか?」

「何か問題でも?」

「やめとけ、やめとけ。あいつは人間嫌いでね。人払いのために何を仕掛けてくるか分かったもんじゃないぞ」


 男の言葉に、ヤマトは軽く肩をすくめた。


「忠告、感謝するよ。けど、ノックは激しい方が気づかれやすいじゃないか」


 ヤマトがそう返すと、男は「いい度胸だ、兄ちゃん!」と面白そうに笑い、空になったジョッキを卓に叩きつけた。

 それを合図にするように、セレナが滑らかな動作で立ち上がる。

 だが、その背中にニヤニヤとした笑い声が追いすがった。


「おいおい、そんなに急いでどこへ行くんだ? そっちの姉ちゃん、この後ヒマなら俺たちと飲み直さねぇか?」


 男たちの視線には、酒の肴を探す卑しい光が宿っている。

 セレナは小さく溜息をつくと、わざとらしくヤマトの腕に自身の腕を深く絡ませた。密着した体温で男たちの視線を冷たく遮断し、呆れたような苦笑を浮かべる。


「見て分からない? 私の相手はもう決まってるのよ」


 流れるような仕草でヤマトを促すと、セレナは艶然とした笑みを浮かべて男たちに背を向けた。


「じゃあね。せいぜい、暴走ゴーレムに背中から殴られないように気をつけなさい。ほら、行くわよヤマトくん」


 セレナに腕を引かれ、ヤマトはドギマギと所在なげに視線を彷徨わせた。

 急に絡められた腕の柔らかな感触と、男たちの視線を平然とあしらう先輩の横顔。その艶然とした振る舞いに、ヤマトは先ほどまでの冷静さをどこへやら、顔を熱くして硬直するしかなかった。


「あ、えっと、それじゃこれで。いろいろお話、ありがとうございます。ちょっとセレナさん!?」


 慌てて冒険者たちに礼を言い、ヤマトはただセレナに腕を引かれるまま、重い鉄扉の外へと連れ出された。

 店を一歩出ると、冷え切った夜の空気が火照った頬を叩く。

 人通りの少ない路地裏でようやく足を止め、ヤマトは気まずそうに腕を解いた。


「あのっ! そろそろ腕を放してくれてもいいんじゃないかなぁって思うんですけど!?」

「えーっ、いいじゃない。もう少しこうしていましょうよ。その方が、変なのも寄ってこないわよ?」

「そういう問題じゃないですよ!」

「そういう問題よ」


 結局、酒場を出て最初の角を曲がるまで言い合いは続いたが、セレナは頑として腕を解こうとはしなかった。ようやく彼女が満足げに身を離したのは、街灯の明かりも届かない廃墟エリアの入り口に差し掛かった時のことだった。

 ヤマトは大きく息を吐き、熱が残る耳元をそっと押さえた。


「……本当、先輩には敵いませんよ」

「そういうヤマトくんは、ずいぶんと純粋ね? 悪い女に騙されないようにね」


 軽口を叩きながらも、二人は自然と北側の区域へと足を進めていた。

 中央区の喧騒から離れた北側区域。そこには街の他の場所とは一線を画す、軍の兵舎に隣接した一際巨大な区画があった。


 石造りの重厚な外壁に囲まれたその施設は、都市の他の廃屋とは比べ物にならないほど清潔に保たれており、正面口の門は固く閉ざされている。


 そこが防衛都市アイギスのゴーレム職人、ガリュン・ヴァルカスの工房だった。

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