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神律スキル編纂局 ~その不具合スキル、直します~  作者: にのまえあゆむ


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第10話 家事修行

「そういえば、ヤマトくんって食事とかどうしてるの?」


 それはある日のこと、開発編纂部二課のフィオから相談されたレアスキル、〝心魄の鉄槌〟が無事に完成して間もない頃だ。ヤマトが不調調律室でデスク仕事に取りかかっていると、セレナがそんなことを聞いてきた。


「え、食事ですか? おかげさまで、毎日美味しいご飯を食べてますよ」

「いや、そうじゃなくて。自炊とかしてる?」

「自炊ですか?」


 ヤマトが首を傾げると、セレナはデスクの背もたれに体重を預け、どこか呆れたような、けれど少し心配そうな視線を送ってきた。


「いやほら、ヤマトくん、前世はずっと病院だったって言ってたから。てことは、掃除とか洗濯とか、料理も、もしかしてやったことないんじゃないかなぁって」

「あー……まぁ、ははは」


 ヤマトは笑って誤魔化すが、セレナはジトッとした目でクスリとも笑っていなかった。


「ダメよ、ヤマトくん。私たち御使いは、そりゃ地上の人間より丈夫な身体を持っているけど、それでも病気や怪我はするんだから。不摂生な生活を送っていると、太ったりもするわよ?」

「それは……嫌ですね……」


 せっかく女神様から授かった、どこも痛まない、どこまでも軽やかに動く最高の身体だ。不摂生で台無しにするなど、前世の自分に対する裏切りでしかない。

 ヤマトはすがるような目で、頼れるバディを見つめた。


「……ちなみに、セレナ先輩は自炊されてるんですか? もしよければ、俺に家事のコツとか、男一人でもできる簡単な料理とか教えてほしいんですけど」

「えっ? わ、私?」


 その瞬間、セレナの動きがピタリと止まった。


「……先輩?」

「ええと……そうね。私にかかれば、家事なんて朝飯前だわ。でもね、ヤマトくん? なんでもかんでもすぐ人に教えを請うのではなく、まずは自分でやってみて、失敗から学ぶことも大切かなって思うわよ!」

「めちゃくちゃ目が泳いでなければ、有り難く拝聴したんですけどね……」


 どうやら、セレナに家事のことを聞いたり教えてもらうのは御法度のようだ。頼れる先輩でも、頼ってはいけないラインもあるらしい。


「ヤマトさ~ん」


 するとそこへ、またもやフィオがやってきた。心魄の鉄槌の相談に乗って以来、何かあると彼女は他部署であるにもかかわらず、こうやってやって来ることが多くなった。


「ああ、フィオさん。今日はどうしたんですか?」

「実はですね、今度、新たなレアスキルを開発することになりまして……」

「あ、そうなんですね。おめでとうございます」

「えへへ……ありがとうございます。それでですね、今回は是非ともヤマトさんに、企画当初からアドバイスを頂けないかなぁと思いまして……どうでしょうか?」


 フィオはおずおずと上目遣いでヤマトを見つめてくる。

 前世のヤマトからすれば、天界の有能なスキル制作者からそこまで信頼されるのは純粋に誇らしく、気恥ずかしいものがあった。

 と同時に、ヤマトの脳裏にひとつの閃きがよぎる。


「俺の意見でよければ……ただ、その代わりと言ってはなんですが、俺からのお願いも聞いてもらえます?」

「はい! 私にできることでしたら」


 ヤマトの言葉にフィオはぱっと表情を明るくし、大きな制服の袖口をぎゅっと握りしめて頷いた。


「じゃあ、あの……俺に家事のこと、教えてもらえないですか?」

「……家事?」


 てっきりスキルについての見識を求められるとでも思ったのだろう。予想外のヤマトからの一言に、フィオはきょとんとした顔で丸眼鏡の奥の瞬きを繰り返した。


「はい。実は前世がずっと入院生活だったせいで、俺、掃除も洗濯も、料理のやり方も全然知らなくて……。このままだと、せっかくもらった健康な身体を不摂生で台無しにしそうなんです」

「なるほど……そういうことですか」


 ヤマトの切実な事情を察したフィオは、大きく何度も頷いた。

 先ほどまでの戸惑いは消え、その瞳には職人特有の真摯な光が宿っている。


「わかりました。そういうことでしたら、私にお任せください。家事もスキルの構築と同じで、すべて正しい手順と数値の管理で完了できます。料理なら調味料の分量を一ミリグラム単位で正確に計量し、加熱時間を一秒の狂いもなく管理すれば、仕様通りの完璧な味になりますから!」


 急に早口になったフィオは、大きな制服の袖口をぎゅっと握りしめて身を乗り出した。


「掃除や洗濯も、最も無駄のない動線と手順をあらかじめマニュアル化しておけば、感情に左右されずに最短時間で終わらせられます。もしよければ、次の休日にヤマトさんのお部屋まで直接教えにいきますよ」


 フィオは丸眼鏡の位置を指先でクイと直すと、仕様書の修正案でも提示するかのように大真面目な顔で提案してきた。未熟な初心者の環境を最適化してみせましょうと言わんばかりの、技術者らしい純粋な動機からの言葉だった。


「あ、なるほど。実地で教えてもらえるならめちゃくちゃ有り難いですね」


 言っていることはかなり極端だが、知識がゼロのヤマトからすれば、実際の自室で基準を提示してもらう方がはるかに分かりやすいのは確かだった。


「じゃあ、ぜひお願い――」

「あ、あのね? お二人さん?」


 ヤマトが快諾しようとしたその瞬間、それまで傍観していたセレナが二人の間に割って入ってきた。その顔はどこか微妙に戸惑っており、視線をあちこちに彷徨わせている。


「どうしたんですか、セレナ先輩?」

「いや、フィオの親切心は素晴らしいと思うのよ? 思うんだけど……その、休日に対外的な規律というか、その、ね? パーソナルな空間に、一対一で長時間籠もるというのは編纂局の風紀的にも……少し、一考の余地がある……ような? そんな気がしない?」

「風紀? 今の話で何故、風紀の話になるんでしょう?」


 フィオが純真無垢と言わんばかりの顔で聞いてきた。


「何より、初期環境の確認をせずに、正しいマニュアルの構築は不可能です。正しく構築されなければ、風紀以前の話じゃないでしょうか?」

「う、うぐっ……」


 開発編纂部二課のホープによる圧倒的な業務ロジックを突きつけられ、セレナは言葉を詰まらせた。バグを未然に防ぐための初期環境確認と言われれば、編纂局の御使いとして否定できる要素はどこにもない。


「や、ヤマトくんはそれでいいの? ほらぁ、プライベートな空間に他人が入り込むのって、何かこう、抵抗あるものじゃない?」

「いえ、そんなこと全然ないですけど」

「………………」


 そういえば、ヤマトの前世は入院期間が長く、四六時中、医者や看護師、あるいは家族などに見守り続けられる生活だった。それが当たり前だったのだ。

 そんな人生を送ってきたヤマトにとって、今更パーソナルスペースを侵されることへの抵抗など、これっぽっちも無かった。


「むしろ、セレナ先輩もフィオさんに家事のことを教えてもらいませんか?」

「それよっ!」


 ヤマトからの思いつきによる提案に、セレナは被せ気味に食いついてきた。


「そうよね、私はお隣さんですからね! それにヤマトくんの教育係でもあるわけだし、当日は同席させてもらうわ。いいわよね、フィオ?」

「もちろんです!」


 かくして、次の休日にはヤマトの部屋でフィオによる家事のレクチャーが行われることとなった。


 ■□■


 そして迎えた休日の午前。

 宿舎四〇二号室――ヤマトの自室のチャイムが鳴った。


「あ、はーい」


 ヤマトが扉を開けると、そこには普段の制服姿ではなく、私服のワンピースにエプロンをきっちりと着用し、両手に食材の袋と調理器具のケースを抱えたフィオが立っていた。


「おはようございます、ヤマトさん。本日分の初期構築用資材一式を持ってまいりました」

「おはよ……なんか、ものすごい大荷物ですね?」

「はい。計量スプーン一式、デジタルスケール、温度計、それから成分表示が明確な調味料各種です。環境の最適化には、まず道具の標準化が不可欠ですので」

「そ、そうですか……」


 その徹底的な準備に、ヤマトも若干、腰が引き気味だった。フィオの目は、完全に『これから現場のデバッグに向かう技術者』のそれだった。


「おはよう、二人とも! ……って、フィオ、凄い荷物ね?」

「おはようございます、セレナさん。本当にヤマトくんのお隣だったんですね」

「そうなのよ。まぁ、私はヤマトくんのお世話係でもあるし、女神様の謀じゃないかなぁって思ってるけど」


 セレナはそう言ってヤマトの部屋へ上がり込んできた。


「セレナ先輩、フィオさんに家事を教わりに来たんじゃないんですか?」

「私は監督役。ちゃんとマジメに家事をしてるか見守ってるからね」


 そんな建前を口にしつつ、セレナはリビングの座椅子に腰を下ろした。


「それじゃヤマトくん、早速始めましょう」

「じゃあ、お願いします」


 ヤマトの部屋のキッチンは、一人暮らし用としては標準的な広さだ。だが、これまで一度も使われていなかったため、モデルハウスのように生活感がなかった。

 そこへヤマトとフィオが並んで立つと、それだけで少しばかり空間が狭く感じられる。


「ではヤマトさん、まずは第一フェーズお米の計量から始めましょう。計量カップを持っていただけますか?」

「あ、はい。これでいいですか?」

「違います、ヤマトさん。お米をすり切る時は……こうです」


 ふわり、とフィオの髪から甘いシャンプーの香りが鼻腔をくすぐった。

 フィオがヤマトの手元を覗き込むようにして、背後からそっと手を重ねてきたのだ。大きな制服を脱いだ彼女の私服のワンピース姿は驚くほど華奢で、重ねられた手のひらは小さく柔らかい。


「あ、す、すみません……」

「え、何がですか? そんなことよりもこうして、カードを水平に滑らせて……数粒の誤差が出ないように綺麗に落とすんです。やってみてください」


 フィオ自身は、未熟な初心者に正しい手順を叩き込もうと大真面目なだけなのだが、とにかく距離が近すぎる。

 真横にある彼女の白い頬や、丸眼鏡の奥の真剣な瞳が間近に迫り、ヤマトは家事の難しさとは別の意味で緊張して、思わず背筋を伸ばした。


「………………」


 そんな二人の様子を、リビングの座椅子からじっと見つめている視線があった。

 セレナはクッションを胸に抱え込み、顎を乗せながら、あからさまにつまらなそうな目でキッチンを睨んでいる。

 いつもは自分を頼ってくる新人が、他の部署の女の子の横で借りてきた猫のように大人しく、しかも顔を微かに赤くして指導されている。


 その光景が、なんだか無性に面白くなかった。


 ただの家事のレクチャーなのだから、二人が真面目にやっているのは良いことのはずだ。

 それなのに、自分の知らないところで二人が急速に親密になっているような、そんな得体の知れない焦燥感が胸の奥をチクチクと刺してくる。


「……あーっ、もう! ヤマトくん、ちょっとそこ退きなさい。私がやるわ!」


 リビングから飛んできたトゲのある声と同時に、ソファでクッションを抱えていたはずのセレナが、のそのそとキッチンへ足を進めてきた。


「え? ちょっと、セレナ先輩?」


 呆気にとられるヤマトの肩を、セレナは「はいはい、お邪魔虫は退散退散」と、やんわりと、しかし有無を言わせぬ圧力でぐいっと押しのける。そのままヤマトが立っていたポジション――フィオの真横を、当然のように占領してしまった。


「フィオ、私もやるわ。ヤマトくんの手元を見てたら、じれったくてさぁ」

「なるほど、セレナさんも開発環境の共同構築に参入されるのですね。歓迎します」


 フィオは丸眼鏡の位置を指先で直すと、相手が先輩であろうと容赦なく、新たな仕様書を提示するようにタイマーをカチリとリセットした。


「ではセレナさん、次のフェーズは洗米のタイムアタックです。最初の水通しは三分の一秒以内に水を捨てなければ、お米がカルキ臭を吸ってしまいます。合図に合わせて一気に」

「えっ、さ、三分の一秒!? ちょっと、そんなきっかり時間を計らなくても――」

「いきますよ。スリー、ツー、ワン、ビルド開始です!」

「わ、わわっ、ちょっと待ってってば!」


 急に始まった超理論スパルタ講座に、セレナが悲鳴を上げる。

 一歩後ろに追いやられたヤマトは、調理台の前でてんやわんやの大騒ぎを始めた二人を、ただ呆然と眺めるしかなかった。


(……俺が教えてもらってたはずなんだけどな)


 そんな風に苦笑しつつも、ヤマトの胸の奥には、どこか温かいものが広がっていた。

 前世の退屈な病室では、絶対にあり得なかった光景。自分のために、あるいは自分の部屋で、二人の美少女が騒がしく、けれど楽しそうにキッチンに並んでいる。


 背中を丸めて必死に水を切ろうとするセレナと、それをストップウォッチ片手に大真面目な顔で監視するフィオ。


 そんな二人の少し頼りない後ろ姿を後ろから見守りながら、ヤマトは「まあ、これはこれでいいか」と、自然と口元を綻ばせるのだった。

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