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第80話 テラ

 フラリス王国の辺境にある名もなき小さな集落。見渡す限りの畑と、質素な家々が並ぶその村で、テラは育った。

 黒髪に、透き通った薄い蒼色の瞳。一見すればどこにでもいる平凡な青年だが、彼の手には、父から譲り受けた使い古された剣が握られている。

「いよいよ……いよいよ行くぞ」

 テラは村の境界を示す石碑の前で、深く息を吸い込んだ。幼い頃からこの村の外にある『広い世界』に憧れ続けていた。伝説の勇者たちが駆け抜けたという大地、魔物が跳梁跋扈するダンジョン、そして何より――多くの人々を救い、英雄と呼ばれる冒険者たちに。

 村を出ることに反対する家族はいなかった。テラが物心ついた頃から、毎日親の手伝いの合間を縫っては、飽きもせず独学で剣の素振りを繰り返してきたことを、彼らは誰よりも知っていたからだ。「行ってこい、立派な冒険者になってな」という父の言葉と、「体にだけは気を付けてね」と母が持たせてくれた握り飯が、テラの背中を力強く押してくれた。

 街道を進む旅は、決して平坦ではない。

 道中で遭遇した小ぶりのオークには、鍛えた剣術でなんとか打ち勝った。この世界には『魔術』という魔法とは別種の力があり、都会の人間たちはそれを使って生活を便利にしていると村の長老から聞いた。テラは魔力適性はあまりないようだが、その分己の肉体を鍛え上げることに専念してきた。

 数日後。テラの視界の先に、フラリス王国が誇る冒険者の街『トーファス』が姿を現した。

「うわぁ……っ! すげぇ……!」

 テラは思わず、その場に立ち尽くした。

 石造りの頑強な城壁。通りを行き交う多様な種族。荷馬車の車輪が奏でる乾いた音と、活気あふれる喧騒。村の数十倍はある規模の街並みは、テラの想像をはるかに超えていた。

 門番に数ゴールドを支払い、街の中へ足を踏み入れる。

 漂ってくるのは、屋台から流れる香ばしい肉の匂いと、パン屋の釜の香り。財布の中身を計算しながら、テラは広場を歩く。

(親父とお袋が持たせてくれた大事な資金だからな、大切に使わないと)

 目指す場所は一つ。英雄たちが集う場所。

 街の喧騒の中心にそびえ立つ、巨大な『冒険者ギルド』の建物を見上げた。

「ここか……ここが、僕の夢の始まりの場所だ」

 テラの鼓動が、かつてないほど速く激しく鳴り響く。

 憧れていた場所。かつて数多の英雄たちが駆け抜けたこの街で、自分もまた英雄の卵としての一歩を踏み出すのだ。

 深呼吸を一つして、テラは緊張で震える指先を、ギルドの重厚な木製の扉へと向けた。

 ――扉の向こうには、どんな世界が待っているのだろう。

 希望と不安、そして抑えきれない高揚感に突き動かされ、テラはその大きな扉を、力強く押し開いた。


(第2部 完)


ここまで『蒼天と正義の天秤』第2部をお読みいただき、本当にありがとうございます!

セラがリリィたちと出会い、暗闇の中から新たな光を見つけて歩み始めた一方で、クリスは仲間を護るために蒼天の天秤騎士団の六番隊隊長として修羅の道へと深く足を踏み入れました。すれ違う二人の正義と運命が、今後どう交差していくのか、引き続き見守っていただけると嬉しいです!

これまで毎日投稿を続けてきましたが、第3部開幕に向けてより良い物語をお届けするため、1週間ほど連載をお休み(書き溜め期間)とさせていただきます。

再開後は、物語の核心に迫る「王国歴119年」を舞台にしたテラの章や、獣都レグルスでの新たな試練など、さらに熱い展開が待っています!

休載期間中もぜひ、フォローや星評価、応援コメントなどを頂けると、書き溜めのモチベーションが上がりします!よろしくお願いします!

それでは、1週間後に第3部でお会いしましょう!

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