第77話 集結、そして獣都へ
「最長老様、グレン、色々とありがとうございました。……僕は、必ず聖剣を見つけ出します。……世界を救うため、そして、『大切な親友』を、助け出すために!」
世界樹の根元に位置する、木漏れ日が優しく差し込む巨大な議事堂。少年の力強い宣誓が澄み切った音となって響き渡った後、そこには温かく、それでいて張り詰めた心地よい余韻が漂っていた。
マリーは頼もしく成長したセラの横顔に目を細め、クロエはまだ少し鼻をすすりながらも、嬉しそうにセラの腕にギュッと抱きついている。ユリもまた、自分の見込んだ少年の決意に、誇らしげな笑みを浮かべていた。
「ハハハ! より一層いい目をするようになったな、セラ!」
その感動的な空気を豪快な笑い声で打ち破ったのは、エルフの槍使い、グレンだった。彼は背負っていた幾何学的な装飾が美しい長槍を軽く鳴らし、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべてセラに近づく。
「迷いが吹っ切れたのはよくわかったぜ。……ところでセラ、大見得を切ったのはいいが、肝心の『聖剣の情報』は見つかったのか?」
「……え?」
グレンのストレートなツッコミに、セラの表情がピタリと固まった。
そして、床に落とし散らばったまま、すっかり存在を忘れていた数枚の古い羊皮紙に視線を落とす。
「あ……っ! そ、そういえば、大書庫でこれを見つけたんだけど……古代エルフの文字が難しすぎて、僕じゃ全然読めなくて……っ!」
感動的な空気から一転、顔を真っ赤にして慌てふためくセラの姿に、マリーが「もう、相変わらず抜けてるんだから」と呆れたようにため息をついた。だが、そのどこか懐かしい姿を、彼女はたまらなく愛おしく見ていた。
「貸してみなさい。私だって一応、魔術の教養として古代語は少し囓っているわ」
マリーが羊皮紙を受け取り、真剣な眼差しで文字の羅列を追う。その横から、クロエやユリもひょっこりと顔を出して覗き込んだ。
「うーん……ダメね。普通の古代語と違って、暗号みたいに複雑な文法が組み合わさってるわ。サッパリよ」
「私にも読めないね〜。ミミズが這ってるみたい!」
クロエが早々にギブアップして万歳する中、ユリは腕を組み、真剣な表情で羊皮紙を睨みつけていた。王族として最高峰の教育を受け、超一流の魔術師でもある彼女の知識をもってしても、その解読は容易ではなかった。
「……確かに、これは難解ね。ただの古代エルフ語じゃないわ。神族と魔族が争っていたとされる王国暦よりもずっと昔の、特別な神官階級だけが使っていた神聖文字の派生系かしら。断片的にはわかるけど、正確な意味を読み取るのは私でも時間がかかりそう……」
「お嬢様にも読めませんか。それは厄介ですな」
控えていたセバスが、片眼鏡の奥の目を細める。
「どれどれ、儂に見せてみよ」
若い人間たちが頭を悩ませていると、玉座から最長老がゆっくりと立ち上がり、静かな足取りで彼らの輪へと近づいてきた。
マリーから丁重に羊皮紙を受け取った最長老は、深く刻まれた皺の奥にある慈愛に満ちた瞳で、古い文字の羅列を滑るようになぞっていく。
議事堂が、シンと静まり返る。
「……ふむ。やはりな。この前半の記述は、以前お前さんたちも触れた、我が翠都エレンディルに伝わる『深緑の帳に守られし聖剣』について記されたものじゃ」
「それじゃあ、探している別の聖剣の情報は……?」
セラが身を乗り出すと、最長老はゆっくりと頷き、羊皮紙の後半部分を指差した。
「ここじゃ。ここには、また別の場所に眠る聖剣の在り処が記されておる。『大いなる大地の鼓動、本能に従いし多様なる生命の地。黄砂吹く荒野の彼方、獣都に息吹の力と共に眠る』……とな」
「獣都……! それって、獣人の国ですか?」
セラの問いに、最長老が静かに頷く。
「いかにも。『息吹の珠』を護り、広大な大地を駆ける気高き者たちの国。その首都である獣都レグルスじゃな」
「レグルス!? アタイの故郷だぞ!!」
それまで退屈そうに尻尾を揺らしていたミーアが、自分の国の名前が出た途端、目を輝かせてピョンと飛び跳ねた。
「おー! アタイ、久しぶりにレグルスのデカい肉が食いたいぞ! 肉! 肉!」
「こらミーア、静かにしなさい。……でも、次の目的地がハッキリしたのは大きいわね」
ユリがミーアの頭を撫でながら、力強い瞳でセラを見つめた。
「待て待て、お前らだけで行くつもりか?」
話がまとまりかけたその時、グレンがズカズカと輪の中心に入り込んできた。彼は長槍を肩に担ぎ、ニカッと豪快に笑い飛ばす。
「獣人の国は、ここからだと隣の『ジャスティア王国』の領土を抜けた先にある。義理人情に厚い連中だが、その分血の気も多い。おまけに獣人の『黄砂の獣牙騎士団』の連中と交渉するなら、道中も含めて腕の立つ戦士がもう一人いた方が心強いだろ?」
「グレンさん……それって」
「面白そうじゃねぇか! 俺も聖剣探し、付いて行ってやるよ! セラの用事が済んだら、俺の探し人を手伝ってもらう約束だったしな!」
グレンの突然の同行の申し出に、セラは驚きで目を丸くした。エルフは森から出たがらない排他的な種族だと思い込んでいただけに、彼のフットワークの軽さは予想外だった。
「ちょっと待って、あなたエルフの『深緑の幻樹騎士団』の副団長でしょ? そんな安易に……最長老様、よろしいんですか?」
マリーが玉座の最長老へ視線を向けると、最長老は「ホッホッホ」と柔和に笑い、白髭を撫でた。
「構わんよ。この森の結界は強固じゃが、いつまでも外の世界から目を背けていては、真の平和は得られん。それに、こやつは一度決めたらテコでも動かん。グレンよ、若き人間たちの熱き風に触れ、外の世界をその目で見てくるが良い。そしてお前の妹の行方の手掛かりを探して来なさい」
「あぁ! ありがてぇ!」
「妹? グレンさんの探し人って、もしかして妹さん?」
「ん? あぁ、ちょっと行方不明でな」
「そんな! なら尚更、聖剣を探してる場合じゃ……」
「いや、今は何も情報がないからな。じぃさん達や、他のエルフも探してくれてるが……心配はもちろんしてるが、情報が来るまでじっとなんてできねぇし、遠出をすれば何か手掛かりがあるかもしれないからな」
「……グレンさん、ありがとうございます! 僕も目的が果たせたら、絶対にお手伝いします!」
「あぁ! よろしく頼む!」
セラが深々と頭を下げて喜ぶと、今度はマリーとクロエが、セラの左右にピタリと張り付いた。
「当然、私たちも行くわよ。……もう二度と、あなたを一人で無茶なんてさせないんだから」
マリーが凛とした声で告げ、いつものお姉さん風を吹かせるようにセラの頭をポンと軽く叩く。
「そうだよ! 私の魔術があれば、怖いものなんてないんだから! それに、どうせまたピンチになっちゃうでしょ? セラには私がついててあげないとダメなんだから!」
クロエも得意げに胸を張り、セラの腕にギュッと抱きついて離れない。
二人のその言葉と温もりに、セラの瞳がじんわりと熱を帯びた。
「マリー、クロエ……うん、ありがとう。一緒に来てくれるなら、こんなに嬉しいことはないよ」
かつて【正義の剣】で背中を預け合った仲間が、また共に歩んでくれる。その事実が、セラの胸の奥にあった冷たく固まった傷跡を、優しく溶かしていくようだった。
「ちょっとちょっと! 感動の再会はいいけど、私たちのことも忘れないでよね!」
ユリが腰に手を当て、わざとらしくむくれて見せる。
「私とセバスとミーアも、当然一緒に行くわよ。そもそも、聖剣探しは私達の目的だし、セラ達ばかり危険な目には合わせないわ!」
「お嬢様の行くところ、どこへなりとも。私共が、皆様の旅路を完璧にサポートさせていただきます」
セバスが片眼鏡を光らせて優雅に一礼し、ミーアが「セラと旅だ〜」と叫んで嬉しそうにピョンピョン飛び跳ねる。
セラは、自分を囲む賑やかで個性豊かな仲間たちをぐるりと見渡した。
エルフの森で再集結した、かつての仲間。
絶望の淵から自分を救い出し、前を向かせてくれた新しい仲間。
そして、偶然出会った豪快なエルフの戦士。
決して交わるはずのなかった七人の運命が、一つの目的のために今、力強く結びついたのだ。
「みんな……本当に、ありがとう!」
セラの顔に、孤児院の頃から変わらない、太陽のように真っ直ぐで温かい笑顔が咲いた。
(クリス、もう一度会ってしっかり話をしよう。今度こそ僕は君の力になるから!)
魔王を討つため、暗闇に沈んだ親友を助け出すため。そして、世界を救うための『聖剣』を手に入れるため。
大所帯となった新たなパーティーの意思は、深緑の森を抜け、情に厚き戦士たちの国『ジャスティア王国』を越えた先――大いなる本能が息づく黄砂の地、獣都レグルスへと力強く向けられていた。




