第73話 円卓会議②
隊長たちの間に一瞬にして蔓延した、ヒリヒリとした殺気と疑心暗鬼。
誰もが互いの僅かな仕草すら牽制し合い、円卓の間の空気はまさに爆発寸前の火薬庫と化していた。十番隊隊長のカルラが妖艶な笑みを深め、好戦的なザガンやガンツが剣の柄に手をかける。
その一触即発の空気を強引に押し留めたのは、一番隊隊長レオンの、腹の底に響くような重低音だった。
「……剣を収めろ。確証もなく互いを疑い合えば、それこそ内通者の、いや敵の思う壺だ。今はまず、六番隊が持ち帰ったもう一つの脅威……帝国の『魔力炉』と『宝玉』への対処を決めるべきだ」
レオンの冷静な一喝に、数人の隊長たちが不満げに舌打ちをして殺気を引っ込める。
だが、巨漢の三番隊隊長ガンツが鼻を鳴らして身を乗り出した。
「対処もクソもねェだろ! 敵の親玉である四天王がいようが関係ねェ! 俺たち全員で一斉に帝国に攻め込んで、魔力炉ごとぶっ叩き潰せば済む話じゃねェか!」
「単純な脳みそで羨ましいぜ。全軍を帝国に向けたら、王都の守りはどうなるんだよ。別動隊にガラ空きの王城を落とされて終わりだろ」
十一番隊隊長のシオンが、ガンツを小馬鹿にするように肩をすくめる。
「んだと、チビ殺されてぇのか」
「あ?やれるもんならやってみろよ」
再び口論になりかけた二人の議論を、地を這うような低い笑い声が遮った。
「カッカッカ。血の気の多いことじゃ。だが、ガンツよ。四天王を甘く見るなよ」
前団長にして『剣聖』のランドルフが、杖代わりの剣を床にトン、と突いた。それだけで、円卓の間に満ちていた隊長たちの覇気がピタリと息を潜め、空気がビリリと震える。
「あやつらは、一人一人が一国を滅ぼすほどの化け物揃いじゃ。とりわけ、四天王筆頭である『絶神の剣聖』ヴァルガス……あやつはワシがかつて剣を交え、唯一決着をつけられなかった男じゃからな」
生きた伝説であるランドルフの口から出たその事実に、歴戦の隊長たちの間にさえ、息を呑むような微かなざわめきが走った。
「前団長の仰る通りです。我々が総出でかかろうと、帝国の地の利と四天王の力が合わされば、多大な犠牲は免れません」
その重苦しい空気を縫うように、副団長のエイルが涼やかな声で引き取った。
「それに、魔王復活の鍵となる『六つの宝玉』は、まだすべて帝国に渡ったわけではありません」
エイルが指先で眼鏡の位置を押し上げると、シュウ団長が深く頷いた。
「うむ。我々が確認した限り、帝国が完全に手中に収めているのは、奴らの本国にある『宵闇の珠』。……そして痛恨なことに、辺境の陽だまりの村に眠っていた『陽だまりの珠』も、あの混乱に乗じて魔族の手に落ちてしまった可能性が極めて高い」
その言葉を聞いた瞬間、クリスはテーブルの下で、皮手袋に包まれた両拳をギリッと血が滲むほどに強く握りしめた。
自分の部下の暴走で村を焼き、親友を失っただけでなく、結果として魔族に宝玉を奪われる隙を与えてしまったのだ。その罪の重さが、再びクリスの心臓を冷たく締め付ける。
「……だが、まだ残っている。竜族の『雷鳴の珠』、ドワーフの『地熱の珠』、獣人の『息吹の珠』。そして何より、我が王国に眠るとされる『星霜の珠』だ」
シュウは視線をエイルへと向けた。
「エイル、我が国の『星霜の珠』の手掛かりは見つかったのか?」
「いえ……秘密裏に騎士団を派遣し目星を探してはいますが、未だに在処は。お恥ずかしい限りです」
エイルが申し訳なさそうに目を伏せる。
すると、十二番隊隊長のイリアが、爪を噛みながら不気味な笑い声を漏らした。
「クククッ……ならば、私に研究予算と人員を回してくださいな。宝玉特有の魔力波長……私ならそれを探知する広域魔導具を作れるかもしれませんよぉ……」
「……前向きに検討しておこう。自国の宝玉の確保は最優先事項だ」
シュウの発言に、イリアは「ヒヒッ」と嬉しそうに喉を鳴らした。
シュウは再び円卓全体を見渡す。
「帝国と全面戦争を始める前に、我々はこれら四つの宝玉を他国と連携し、確実に回収・保護しなければならない。一つでも我々の手元にあれば、魔王の完全復活は阻止できる。……だが、帝国が本格的に動き始めた以上、時間はあまり残されていないぞ」
その方針に、隊長たちは次々と納得の表情を浮かべた。敵の急所を直接叩く前に、まずは相手の目的を物理的に頓挫させる。戦略としてはるかに理にかなっている。
だが、歴戦の老兵である九番隊隊長ダグラスが、白髭を撫でながら苦言を呈した。
「そうは言うがのぅ、団長。竜族が治める『天穹の都ドラグヴァン』や、獣人の『獣都レグルス』は、極めて排他的で縄張り意識が強い。人間の騎士団がおいそれと出向いて、はいそうですかと宝玉を渡すとは思えんがの」
「だったら、言うこと聞くまで俺が全員ブチのめしてやるよ。獣人の血の匂い、嫌いじゃねぇしな」
八番隊隊長ザガンが、野生の獣のように目を血走らせて舌舐めずりをする。
「やめとけよ、ザガン。雷竜王相手じゃ、君の首が何本あっても足りないぜ? それに、これ以上無用な敵を増やしてどうするんだい」
四番隊隊長ファルクが、椅子の背もたれに座って足をブラブラさせながら呆れたように言う。
「ファルクの言う通りですわ。ドワーフの『鋼都ガルドム』も、頑固な職人ばかりで交渉には骨が折れます」
五番隊隊長のオリヴィアが、優雅に扇で口元を隠してため息をついた。
各国の難情が次々と挙げられる中、七番隊隊長のアーサーが冷静な声で発言する。
「ならば、同盟国であるジャステイア王国に協力を仰いではどうでしょうか。あそこの『暁光の勇剣騎士団』は我々以上に血気盛んですが、義理堅い。我々のみで各国を回るより、彼らと連携した方が話は早い」
「良い案だ。彼らとは過去の戦役でも連携の実績がある。俺が直接出向いて話をつけよう」
一番隊隊長レオンが、腕を組みながら力強く頷いた。
シュウは隊長たちの意見をまとめ、一つ深く頷いた。
「よし。レオンとアーサーは、直ちにジャステイア王国へ向かい連携の確約を取り付けろ。ダグラスとファルクは獣人および竜族への接触を。オリヴィアとガンツはドワーフの国へ向かえ。……その他の隊は、王都の防衛と『星霜の珠』の探索に全力を注ぐのだ。よいな」
「「「ハッ!!」」」
隊長たちの力強い返事が、円卓の間に響き渡る。
宝玉を巡る大陸全土を巻き込んだ壮大な作戦が、今ここに決定した。
そして、作戦の方針が定まり、一息ついた空間を切り裂くように、六番目の席に座るクリスが静かに、だが鋭い殺気を込めて口を開いた。
「……方針が決まったところで、先程の『内通者』の話に戻らせていただきます」
クリスの氷のように冷たい声が、円卓に響き渡る。
隊長たちの視線が一斉に、若き六番隊隊長へと集まった。
「……陽だまりの村は、トーファスのギルドによって意図的に依頼が隠蔽されていた、ただの辺境の寒村だったはずだ」
クリスの真っ直ぐな視線は、一切のブレなくエイルの横顔へと突き刺さっていた。
「それなのに、帝国はあの村の正確な場所だけでなく、おそらく、『宝玉』が眠っている事実まで正確に把握していた。まるで……最初から『完璧な案内図』を持っていたかのように」
それは明らかな牽制であり、明確な告発だった。
円卓の空気が再び凍りつく。他の隊長たちが息を呑む中、エイルは表情一つ変えることなく、涼やかな瞳でクリスを見つめ返した。
「本当に、何も知らないのですか?エイル副団長」
「恐ろしい話ですね、クリス隊長。帝国がそこまで情報網を広げているとなれば……我々もより一層、気を引き締めねばなりません。……みだりに身内を疑って組織を腐敗させることこそ、敵の思う壺だとは思いませんか?」
二人の視線が空中で激しくぶつかり合い、見えない火花を散らす。これ以上踏み込めば、証拠のないまま組織が内部崩壊を起こす。
「……そこまでだ」
その一触即発の空気を断ち切るように、シュウが重々しく宣言した。
「確たる証拠がない以上、この件は保留とする。だが、各隊は引き続き、周囲の警戒を絶対に怠るな。……本日の円卓会議は、これまでとする。カルラ、後で団長室に来てくれ」
「かしこまりました」
会議は、最悪の疑念と重苦しい空気を残したまま散会となった。
***
重厚な扉が開き、薄暗い廊下へと歩み出たクリス。
その足取りは、鉛のように重かった。会議中ずっと張り詰めていた気を緩めた瞬間、エイルへのやり場のない憎悪と、胸の奥底に封じ込めていた喪失感と絶望が、冷たい泥のように一気に押し寄せてくる。
「リーダー……お疲れ」
ふと、廊下の先から声がした。
そこには、六番隊の副官格であるシグマ、ノア、そしてルカの三人が待機していた。
彼らの顔には深い疲労と悲しみが刻まれている。そして、いつもなら必ずシグマの隣に無言で立っていたはずの、巨大な盾を背負った男――オメガの姿は、そこにはない。
帝国での絶望的な死闘。四天王ガラルドの圧倒的な暴力の前に、オメガは自らの命を盾にして仲間を逃がした。彼の気高い犠牲の上に、今の自分たちは立っている。
その事実が、クリスの心を千の刃で切り刻むように痛めつけていた。
「顔色が良くありませんね、クリス。少し、休まれた方が……」
ノアが慈愛に満ちた瞳で歩み寄り、治癒の魔力を込めようと手を伸ばす。
「隊長! お荷物をお持ちします!」
ルカもまた、必死に明るい笑顔を作ってクリスの側に寄り添おうとした。
だが。
「……触るな」
クリスの口から放たれたのは、絶対零度の冷気を含んだ、明確な拒絶の言葉だった。
ノアの手が空中でピタリと止まり、ルカの肩がビクッと跳ねる。
「クリス……?」
「俺に構うな。……少し、一人にしてくれ」
クリスは彼らと目を合わせることもなく、ただすれ違って歩き去ろうとした。
そのあまりにも冷たい態度に、シグマがたまらず大声を上げた。
「おい、待てよクリス! 水臭えぞ! 俺たちは仲間だろ!?」
シグマがクリスの肩を力強く掴む。
「オメガのことは……お前一人の責任じゃねえ! 俺たち全員が弱かったからだ! だから、お前一人で抱え込もうとすんなよ!」
シグマの叫びは、血を吐くような悲痛なものだった。彼だって、共に前線を張った最高の相棒を失い、心が張り裂けそうになっているのだ。
だが、クリスはゆっくりと振り返り、シグマの腕を力任せに振り払った。
「仲間、だからだ」
クリスの空っぽの瞳が、シグマたち三人を順番に見据える。
そこに宿っていたのは、修羅の道を往くことを決めた者特有の、底なしの孤独と絶望だった。
「俺のそばにいれば……俺の未熟さのせいで、お前たちまで死ぬことになる」
「そんなこと……!」
「セラは俺が斬った。オメガは俺が死なせた。これ以上、俺のせいで仲間が散っていくのを見たくないんだよッ!」
クリスの叫びが、冷たい石造りの廊下に悲しく響き渡る。
それは、彼が初めて彼らの前で見せた弱音であり、同時に彼らを永遠に遠ざけるための決定的な拒絶だった。
すべては自分が泥を被る。だから、お前たちだけは生きていてくれ。
不器用すぎる彼の優しさは、自分自身を徹底的に孤独な暗闇の中へと追い込んでいく。
「……っ」
シグマはそれ以上、何も言えなかった。クリスの瞳の奥にある痛みが、痛いほどに伝わってきたからだ。ノアも両手で口を覆い、ルカは俯いてギリッと唇を噛み締めている。
「……勝手なことを言ってすまない。次の任務が決まり次第伝える、それまで休んでくれ」
クリスはそれだけを言い残すと、再び背を向け、薄暗い廊下の奥へと一人で消えていった。
残された三人は、冷たい静寂の中でただ立ち尽くしていた。
強くなるために騎士団を選んだはずだった。だが、彼らが手にしたのは、大切な仲間を次々と失い、リーダーの心が壊れていくのをただ見守ることしかできないという、残酷すぎる現実だった。




