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第66話 迷子の案内人

「……あー、そうか、うんうん、なるほど……迷ったな」

「えええええっ!!??」

 木漏れ日が差し込む美しい原始林の中で、セラは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 先ほどまで「俺に任せとけ!」と自信満々に長槍を鳴らして前を歩いていた長身のエルフ、グレンは、気まずそうに絹のような金髪をガシガシと掻き乱している。

「いや、違うんだ!違わないけど、 言い訳させろ! エルフの森は外敵の侵入を防ぐために、古の幻術と結界で常に道が変化してるんだ。それに、お前との話が面白くて、つい風の魔力流を読み違えちまったみたいでさ。ハハハ!」

「笑い事じゃないですよ……。この森、僕らがさっきまでいた外の森より、ずっと魔素が濃いですよね。強力な魔物だって出るんじゃ……」

「そこは安心しろ! この辺の魔物は俺の顔を見たら一目散に逃げていくからな。まあ、ちょっと風の匂いを辿ればすぐ正規のルートに戻れるさ!」

 豪快に笑い飛ばすグレンの大きな背中を見つめながら、セラは小さくため息をついた。

 エルフという種族は、人間との関わりを絶ち、排他的で冷徹に森を護っていると聞いていた。だが、目の前のこのガサツでどこか抜けている兄貴肌な男からは、そんな冷たさは微塵も感じられない。

 むしろ、その裏表のない飾らない性格が、今のセラにはとても心地よかった。

(クリスやシグマたちと旅をしてた頃を、少し思い出すな……)

 心の奥がチクリと痛む。だが、その痛みに立ち止まることはもうしない。

 二人は鬱蒼と茂るシダ植物を掻き分け、再び歩き出した。

 グレンは適当に歩いているように見えて、時折立ち止まっては目を閉じ、木々のざわめきや足元の苔が放つ淡い光の明滅に耳を澄ませていた。人間には到底感知できない、自然と完全に調和するエルフ特有の高度な感覚なのだろう。

 やがて、巨木の根を乗り越えた先で、周囲を覆っていた薄靄のような幻術がスッと晴れた。グレンが「おっ、こっちだ」と自信ありげに指を差す。

「幻術の層を一つ抜けた。この獣道をまっすぐ行けば、我が国の首都……『翠都エレンディル』 へ続く正規の街道に出るはずだぜ」

「さすがですね! 迷った時はどうなるかと思いましたけど」

「だろ? 伊達にエルフやってないぜ!」

 得意げに笑うグレンの横顔を見つめながら、セラは無意識に自分の胸に手を当てていた。

 グレンは初対面の、しかもエルフにとって忌むべき存在であるはずの「人間」の自分を、一切の偏見なく受け入れてくれた。それどころか、顔パスで国境を越えられるよう案内までしてくれている。

「……あの、グレンさん」

「ん? どうした、腹でも減ったか?」

「いえ、そうじゃなくて。……さっき、僕が探しているものの話してたじゃないですか?」

 セラがふと足を止め、真剣な声音で切り出すと、グレンもまた歩みを止めて振り返った。

「ん?あー、そういえばしてたな」

「僕がこのエルフの国に探しに来たものって……『聖剣』の手がかりなんです」

「は……?」

 セラの口から出たその単語に、グレンの表情がピタリと凍りついた。

 風の音が止んだかのような錯覚に陥るほど、森の空気が重く沈み込む。

 聖剣。それは神族と魔族の戦いの時代から伝わり、世界を変えうるほどの力を持ったとされる伝説の武器だ。各国が国家機密として秘匿し、抑止力としているほどの代物。

 当然、それを狙う輩は後を絶たない。そのほとんどが、強大な力を渇望する野心家か、金に目が眩んだ強欲な悪党、あるいは他国を侵略しようとする愚か者ばかりだ。

「……なるほどな……聖剣を……」

「あれ?笑ったり、驚いたりしないんですか?」

「ん?あー、まぁ普通なら、そんなものあるわけないだろ!って感じになるか」

「……はい、前にシーレインのギルマスにも驚かれちゃって」

「それでさっきは言い淀んでたのか」

「……まぁ、はい」

「そうかそうか、でも俺は驚かないさ!実際に聖剣は存在するし、実はエルフの国にもあるからな!ま、使い手がいるのかは知らないが」

「え!エルフの国にあるんですか!?」

「おう!あるぞ!1本だけだがな!」

(ミオさんと得た情報は確かだったんだ!良かった、この情報はユリ達もきっと喜ぶぞ!)

「ところで、セラ」

 グレンの声は低く、地を這うような重みがあった。

 先ほどまでの陽気で気さくな空気は完全に消え去り、そこにあるのは一流の戦士だけが放つ、肌を刺すような鋭い殺気だった。

 彼が背負っていた長槍にスッと手をかけると、その穂先から淡い緑色の魔力が漏れ出す。

「……え」

 反射的にセラも自身の剣に手をかける

「お前はなぜ聖剣を求めている?そして、それをどうするつもりだ?」

 一触即発の緊張感が走る。グレンの瞳は、返答次第によっては即座にその命を刈り取る覚悟を決めているようだった。

「聖剣を求める理由と、それをどうするか……ですか」

 セラは腰の長剣にかけた手を離し、ただ静かに、真っ直ぐにグレンの目を見つめ返した。

「……僕は自分が聖剣の力を使いたいわけでも、ましてやエルフの国にある聖剣を奪い取りたいわけでもないんです。……僕を絶望から救ってくれた恩人が、ある目的のためにそれを探している。僕はただ、彼女の力になりたいだけなんです」

「恩人のため、だと?」

「はい。僕は……自分の未熟さのせいで、大切な親友を傷つけ、護りたかった居場所も失いました。崖の底に落ちて、命も、希望も、全部失ったと思っていた時に、彼女たちが僕を助けてくれた」

 セラの脳裏に、クリスの憎悪に満ちた瞳と、真っ逆さまに落ちていった暗闇の記憶が蘇る。

「……その恩人の目的は?」

「詳しくはわからないですけど、彼女は世界を救うための手掛かりだと言っていました。大切な人たちを理不尽な暴力で悲しませない世界にするために。だから、僕は僕が出来ること、やりたい事を……僕自身の足で、その手がかりを絶対に見つけ出したいんです。」

 セラの言葉には、一切の飾りがなかった。

 薄い茶色の瞳に宿っているのは、権力への執着でも、強さへの渇望でもない。ただ純粋な「大切な人達を護りたい」という、痛いほどの祈りだけだ。

 グレンは、長槍に手をかけたまま、彼特有の高度な魔力探知の眼で、セラの魂の揺らぎをじっと観察していた。

 嘘をつく人間は、魔力の波長が必ず乱れる。欲にまみれた人間は、魔力が黒く濁る。

 だが、目の前の少年の内側に眠る、あの天を衝くような極大の魔力は、波一つない湖面のように澄み切ったままだった。こんなにも純粋で、悲しいほどに優しい魂を持った人間を、グレンは今まで見たことがなかった。

(……こんな人間もいるだな)

 数十秒の息が詰まるような沈黙の後。

 グレンは構えていた長槍から手を離し、ふっと肩の力を抜いて、やれやれと大げさに首を横に振った。

「……お前、本当にスゴいヤツだな」

「え?」

「俺が本気で殺しにかかるかもしれないってのに、自分から聖剣なんていう厄介な代物を探し回ってるって白状する人間、お前くらいだぜ……普通ならエルフの国の聖剣を取りに来たって受け取られても仕方ないぞ?」

「あー、確かに……」

「……ふっ、ホントに変なヤツ。まぁ、エルフの国の聖剣を狙ってたとしても、俺が止めるか、それが無理でも聖剣は持ち主を選ぶ。選ばれなければ、ただの重たい鉄の棒だしな」

「はい、それは恩人からも聞いてます。でも、見つけないことには始まりませんから」

 セラが苦笑交じりに答えると、グレンは先ほどまでの威圧感を完全に消し去り、再び森に響き渡るほど豪快に笑い飛ばした。

「あっははははっ! それはそう! ああ、すまなかったなセラ。お前があまりにもヤバい単語を口にするから、少しだけ試させてもらった」

「えっ?」

「エルフの国は、嘘と欲にまみれた人間を徹底的に嫌う。だが……お前みたいな不器用で誠実なヤツを、俺は嫌いじゃない」

 グレンはセラに歩み寄ると、ポンと力強くその背中を叩いた。

「お前の恩人が探してる聖剣が、この国の聖剣かどうかは俺も知らねぇが、『翠都エレンディル』 の長老たちなら、古い伝承を知ってるかもしれない。俺が責任を持って、お前をそこまで案内してやるよ」

「本当ですか!? ありがとうございます!」

 セラがパッと顔を輝かせると、グレンは照れくさそうに鼻の頭を擦った。

「……もう迷わないですよ、ね?」

「あー!その事は忘れてくれ!それより、セラの用事が終わったら、俺の『探し人』の手伝い、絶対にしてくれよな?」

「はい! もちろんです!」

 木漏れ日の下、二人はしっかりと拳を突き合わせた。

 種族の壁を越え、確かな信頼で結ばれた黒髪の少年とエルフの戦士。

 深緑の風に背中を押されながら、二人は伝承の眠るエルフの首都へと、再び力強い歩みを進めるのだった。



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