表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

63/81

第63話 オメガ

「……」

 冒険者の街『トーファス』のギルド。

 昼夜を問わず酒と汗の匂いが入り混じり、荒くれ者たちの怒声や笑い声で満ち溢れるその場所で、ひときわ異彩を放つ男がいた。

 全身を分厚く武骨な鋼の鎧で覆い、背中には己の身の丈の半分以上はある巨大な鉄盾を担ぐ巨漢。漆黒の短髪と、歴戦の猛者のような鋭い三白眼。

 男は、クエストが貼り出されている木製の掲示板の前に仁王立ちし、微動だにせず一枚の依頼書と睨み合っていた。

【討伐依頼:トーファス近郊の森にビッグボア出没。複数体確認。Bランク以上のパーティー限定】

(……ここを抜ければ、ようやくCランクの壁を越えられる。実力は足りているはずだ。だが……)

 男の名はオメガ。

 個人でCランクに到達するほど、その実力はギルド内でも屈指のものだった。特に、前線で敵のヘイトを集め、仲間の盾となるタンクとしての才能は、どのパーティーも喉から手が出るほど欲しがる逸材である。

 だが、彼には唯一にして致命的な欠点があった。

 ――極度のコミュ障なのである。

 本人の意思に関わらず、その威風堂々たる体格と寡黙すぎる雰囲気が、周りの冒険者たちにすさまじい威圧感を与えてしまっているのだ。結果として、誰も彼に恐れをなして声をかけられず、彼自身もどう声をかけていいか分からずに、常に孤立していた。

(うむ、どうしたものか……。ランクを上げるには、どうしてもBランク以上のパーティークエストに参加しなければならない。募集の貼り紙を出すか? いや、そもそもあんな気の利いた文章の書き方など分からん。いっそ受付に聞くか……? しかし、俺が急に話しかけて受付嬢を怖がらせてしまっては申し訳ない……。困ったな)

 掲示板の前で腕を組むオメガの周りには、まるでそこだけ重力が違うかのような異様なオーラが漂っていた。他の冒険者たちは「おい、あのオメガが殺気立ってるぞ」「やめろ、ぶっ飛ばされるぞ……」と遠巻きにヒソヒソと囁き合っている。

 当の本人は、ただ純粋に「どうやって笑顔で仲間に加えてもらうか」という作戦を必死に練っていただけなのだが。

「どうしたんですか?」

 ふと、背後から声をかけられた。

 しかし、オメガは考え事にリソースを割かれすぎており、完全に聞き流していた。そもそも、こんなに恐れられている自分に気安く声をかける者などいるはずがないという、長年の悲しい諦めがあった。

「お兄さん、お兄さん」

 トントン、と。分厚い鎧の上から、遠慮のない手つきで肩を叩かれる。

 オメガはハッとして、ゆっくりと振り返った。

 そこには、二人の青年が自分を見上げて、屈託のない笑顔を浮かべて立っていた。

 一人は、陽光を思わせるような美しい銀髪の青年。もう一人は、真っ直ぐで汚れのない瞳をした黒髪の青年だった。

 二人の顔を見た瞬間、オメガの心臓が大きく跳ねた。ギルドで彼らの顔を知らない者などいないからだ。

(……【正義の剣】。異例のスピードでランクを駆け上がり、今やこの街で最も勢いのあるトップパーティーのリーダー、クリス。そして相棒のセラ……。なぜ、そんな雲の上の存在が俺に?)

「そのクエスト、受けるんですか?」

 銀髪のリーダー、クリスが、オメガが先ほどまで穴があくほど見つめていたビッグボアの討伐依頼を指差した。

「……」

 オメガは喉を鳴らした。どう返事をすればいい。ここで無愛想に答えれば、彼らもまた自分を恐れて去っていくだろう。

(笑え。笑顔を作るんだ、オメガ。……いや駄目だ、先月無理に笑顔を作ったら、すれ違った子供に「ゴブリンより怖い」と泣かれたばかりじゃないか……っ!)

 脳内で凄まじい葛藤を繰り広げた末、オメガの口から出たのは、ひどく低く、掠れた地声だった。

「……あぁ。……その、つもりだ」

「なら丁度いい!」

 怯えられるかと身構えたオメガの予想に反し、黒髪の青年――セラが、パッと花が咲いたような眩しい笑顔を見せた。

「僕たちも、そのクエストを受けようと思ってたところなんです! 追加メンバーを探してたとこなんだけど……お兄さん、良かったら一緒に行きませんか?」

「……は?」

 オメガは思わず、間抜けな声を漏らしてしまった。

 一緒に? この、飛ぶ鳥を落とす勢いの大人気パーティーが、万年ぼっちのこの俺を?

「……からかっているのか? あんたたちのパーティーには、すでに優秀なメンバーが揃っていると聞く。それに俺は……人付き合いが、その……得意ではない。足手まといになる」

 オメガが視線を逸らしながら不器用に断ろうとすると、クリスが呆れたように笑い声を上げた。

「人付き合いが苦手なんて、気にする必要ないさ! 俺たちのパーティーなんて、変人の集まりみたいなもんだからな。魔法をぶっ放すのが大好きな子に、俺よりデカくてガサツな大剣使い、笑顔で毒を吐く治癒術師に、おっかないサブリーダー……。毎日お祭り騒ぎで、まとめるこっちの身にもなってほしいくらいさ」

 クリスの言葉に、セラも苦笑しながら頷く。

「そうなんだ。みんなすっごく強くて頼もしいんだけど……攻撃に特化しすぎてたり、前線に突っ込みすぎたりして、いつも陣形が崩れちゃうんだよね。だから俺たちには、どんな時でも絶対に揺るがない、仲間を護る『絶対的な盾』が必要なんだ」

「……盾」

「それに、僕、知ってるよ」

 セラは一歩前に出て、オメガの鋭い三白眼を真っ直ぐに見つめ返した。その薄い茶色の瞳には、オメガの分厚い鎧の奥にある「本当の姿」を見透かすような、深い温かさがあった。

「先週、西の森で初心者パーティーがウルフに襲われそうになってた時、お兄さん、無言で間に割って入って護ってあげてたでしょ? 僕、たまたま見てたんだ。……お兄さんの盾は、誰かを護るための、すっごく優しくて強い盾だよね」

「――――ッ」

 オメガは息を呑んだ。

 誰も見ていないと思っていた。誰も、自分のことなどただの不気味な男だとしか思っていないと。

 だが、目の前の少年は、自分の不器用な行動を拾い上げ、あまつさえ「優しい」と言ってくれたのだ。

「名前、教えてくれないかな?」

 セラが、迷いなくその手を差し出してくる。

「……オメガ」

 震えそうになる声を必死に抑え込み、オメガはその小さな、けれど何よりも温かい手を、自分の大きな手でそっと握り返した。

「俺は、オメガ。……俺の盾で、お前たちの大切なものを護れるというのなら。……命を懸けて、お前たちの盾になろう」

「オメガか! いい名前だな! よし、これで俺たちのパーティーはついに完成だ!」

 クリスが嬉しそうにオメガの背中をバンバンと叩く。オメガは不器用に、けれど確かに、長年忘れていた「微笑み」を口元に浮かべていた。

「さぁ行こう、オメガ! みんな待ってるんだ!」

 セラとクリスに手を引かれるようにして、オメガはギルドの奥へと歩き出す。

 二人が案内した先にある大きなテーブルには、すでに四人の男女が賑やかに陣取っていた。

「おーっ! なんだなんだリーダー、すっげぇデカい奴連れてきたな! ガハハハ! ようやく俺よりデカい奴が入って嬉しいぜ!」

 身の丈ほどの大剣を背負った黒髪の巨漢――シグマが、ジョッキを片手に大声で笑う。

「わぁー! ほんとに大きな盾! これなら私の魔法に巻き込まれても安心だね!」

 水色のふわふわ髪を揺らして、魔術師のクロエが無邪気に喜ぶ。

「クロエ、最初から彼を巻き込む気ですか……。初めまして、私はノアです。お怪我をされたら、遠慮なく私に言ってくださいね」

 金髪の三つ編みを揺らす治癒術師のノアが、聖母のように微笑む。

「……まったく、クリスもセラも、また面白そうな人を連れてきたわね」

 銀髪をかき上げながら、サブリーダーのマリーが呆れたように、けれど歓迎の笑みを浮かべてオメガを見上げた。

「ようこそ、【正義の剣】へ。騒がしいメンバーだけど、これからよろしくね、オメガ」

 テーブルを囲む、眩しいほどの笑顔、笑顔、笑顔。

 オメガは背中の巨大な盾を下ろし、生まれて初めて、心からの安心と共に深く頭を下げた。

「……あぁ。よろしく頼む」

 それは、後にギルド最強と謳われる伝説のパーティーが、最後のピースである「絶対的防壁」を手に入れた瞬間だった。


 ***


「ガハハハハ! 上等だァ! 誇りごと塵になれェェッ!!」

 四天王ガラルドの、容赦のない処刑の一撃が振り下ろされる。

 オメガの気高い誓いは、地下の魔力炉の轟音と、鋼が粉々に砕け散る絶望の音にかき消されていった。

(……そうか、これが走馬灯と言うやつか……クリス、ノア、シグマ逃げ切ってくれよ……マリー、クロエ、セラはきっと生きている、絶対見つけてくれ……後は、任せた)

 薄れ行く意識の中でオメガはただ正義の剣メンバーの事を想った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ