第51話 捜索
陽だまりの村は、完全に焦土と化していた。
かつてののどかな風景――子供たちの無邪気な笑い声や、香ばしいパンの匂い、風に揺れる黄金草の輝きは跡形もない。今や、そこにあるのは死の静寂と、鼻を突く冷たい焦げ臭さだけだった。
焼け落ちた村長の家の跡地で、マリーとクロエは煤に汚れながら立ち尽くしていた。
「……何もない」
マリーの表情は、氷のように冷たく硬い。彼女たちは村長の家、広場、そして村の裏手にある『禁忌の崖』の底へと続く裂け目までを徹底的に調べ上げた。クロエが探知魔法の網を限界まで広げても、見つかるのは冷たい岩肌と、深淵から這い上がる魔物の気配ばかりだった。
マリーは頭ではわかっている。セラはクリスと互いの刃を交え、あの中空から暗黒の崖下へと落ちていった。生きて戻れるはずのない巨大な奈落の底に、彼が生きている痕跡などあるはずもない。それでも、ここに来ればあるいは何かあるのではと、僅かな奇跡にすがりついていた。
しかし、現実は彼女たちの予想通り残酷だった。セラが確かに生きているという痕跡――あの真紅の闘気の独特な魔力の残滓すら、何一つ見つからなかった。
セラが落ちていった崖の深淵はあまりにも深く、光さえも飲み込んでいる。ただ、ここから落ちれば間違いなく助からないという絶望的な事実だけを、無情にも証明していた。
「……ダメだ……マリー姉ぇ、何も……何も見つからないよぅ」
クロエが愛用の杖を握りしめ、悔しさでギリッと唇を噛む。彼女の大きな瞳からは、せき止めていた大粒の涙がとめどなく溢れ落ちていた。
クロエは魔術学校を首席で卒業した、類まれなる秀才だ。マリーと同様に、こんなところを探しても無駄なことくらい、十分すぎるほど理解している。だが、少しでもいい、何でもいいから希望の欠片が欲しかった。
「……セラ……セラぁ……っ」
服が煤と泥で汚れることも構わず、クロエはその場にへたり込んで泣きじゃくった。マリーは静かに歩み寄り、震える彼女の小さな肩に優しく触れる。
「諦めちゃダメよ、クロエ。セラは……アタシたちが思っているよりも、ずっと強いわ」
マリーの声は震えていなかった。むしろ、その瞳の奥には静かで力強い炎が宿っている。
「……それにね、セラは何より運がいいのよ!」
クロエを慰めるように、そして、今にも崩れそうな自分自身の心に言い聞かせるように、あえて明るく言い放つ。
「だから、ね。諦めたりなんか、絶対しないわ!」
彼女の瞳には、かつてないほど強い決意が宿っていた。
マリーの力強い言葉と揺るぎない表情は、クロエの折れかかった心に再び温かい火を灯した。
「うん……うん! 私、絶対マリー姉と一緒にセラを見つける!」
クロエは乱暴に涙を拭い、しっかりと両足で立ち上がった。
村での情報収集は、予想通り徒労に終わった。
二人はフラリス王国の冒険者の街『トーファス』を経由し、当てのないまま足を南へと向けた。向かう先は、セラが以前一時的に身を寄せていた活気ある港町『シーレイン』。
「シーレインなら、色んな国の船乗りや旅の商人が集まるわ。セラの目撃情報や、何か噂が拾えるかもしれない」
「うん……そうだね!セラならきっと、またどこかの街で冒険者をやっているはずだよね。あんなに強いんだもん!」
彼女の心にあるのは、トーファスの広場でセラと出会った時の、あの眩しい笑顔の記憶。不器用で、優しくて、いつでも自分たちを庇ってくれた温かい背中。
「ねえ、マリー姉。セラに会えたら……なんて声をかけるの?」
不意の問いに、マリーは一瞬言葉を詰まらせた。
クリスが親友を崖底へ突き落としたという残酷な事実。自分が村の名前を知らせなかったせいで起きてしまった惨劇。その罪悪感と、セラへの謝罪、そして彼に伝えたい真実。それらがぐちゃぐちゃに混ざり合い、彼女の心は常に限界まで張り詰めていた。
「……まずは『生きていてくれてよかった』って、力いっぱい抱きしめるわね。その後に……全てを話さなくちゃいけないでしょうね。クリスのこと、騎士団のこと……そして、セラを追放した本当の理由をね」
それは、今のクリスたちが『蒼天の天秤騎士団』という修羅の道で、血に塗れた戦いを続けているからこそ、これ以上セラには関わらせたくない、彼女なりの苦しい愛の形だった。彼には、戦いのない温かい場所で笑っていてほしい。
二人の心は、潮風の香りが近づくシーレインへの旅路の中で、少しずつ、けれど確実に――セラという少年が自分たちにとってどれほど大きく、かけがえのない存在だったかを再認識していくのだった。




