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第48話 規格外②

 フラリス王国の辺境、琥珀の都『アンバーガルド』の郊外。

 上層のホブゴブリンの群れを難なく突破したセラたちは、地下へと続く長い螺旋階段を下り、遺跡の中層へと足を踏み入れていた。

 階層が変わった途端、空気が明確に変わる。

 上層のむせ返るような湿気は消え失せ、代わりに肌を刺すような冷たく濃密な魔力の粒子が辺りを漂い始めた。長年放置された地下特有の埃っぽさと、魔物が発する独特の淀んだ空気が入り混じり、鼻腔を突く。

 壁のあちこちに刻まれた古代の文様が、まるで脈打つように淡い青光りを放ち、通路を不気味に照らし出していた。

「ん! 足元! なんか嫌な匂いがする!」

 迷宮特有の罠が張り巡らされたエリアに入った途端、獣人の鋭い感覚を持つミーアがピクリと猫耳を動かして警告した。彼女は自分の身長の三倍はあろうかという巨大な戦鎚ハンマーを肩に担ぎながらも、その足取りは羽のように軽い。

「お見事です、ミーア様。皆様、この先の石畳は踏むと毒矢が射出される仕掛けや、落とし穴が複雑に絡み合っております。私の歩いた後を、正確にトレースしてください」

 セバスが優雅な足取りで、床の僅かな沈み込みや壁の傷からトラップを完璧に見切り、安全なルートを先導していく。その動きは淀みなく、まるで王城の回廊を散歩しているかのようだった。

「すごい……二人とも、迷宮探索にすごく慣れてるんですね」

 セラが感心しながら慎重に後ろを歩いていると、ユリがふふっと自慢げに胸を張った。

「伊達に色んな遺跡を渡り歩いてないわよ! といっても、いつも罠の解除はこの二人に頼りっきりなんだけどね。……っと、お喋りはここまでみたい」

 長い通路を抜け、広大な石造りの広間に出た瞬間、空気が一気に凍りついた。

 そこに群れを成していたのは、半透明の身体を持つ悪霊『レイス』と、重厚な鎧を纏った『デスナイト』の混成部隊だった。その数、ざっと三十体は下らない。

「ゲ〜、アンデット〜! アタイアイツ嫌いだ!」

 ミーアが嫌そうに顔をしかめる。物理攻撃を透過するレイスと、強固な物理防御を持つデスナイトの組み合わせは、冒険者にとって最悪の陣形だ。

 セラはすぐさまセバスから借りた鋼の長剣 に手をかけた。陽だまりの村でフォレストウルフの群れと戦った時のように、自分が前に出てヘイトを稼ごうと足に力を込める。

 だが、それより早くユリが一歩前に出た。

「ミーア、セバス。それにセラも、下がってて!」

 ユリは武器を持たず、ただ両手を広げて深く、静かに息を吸い込んだ。

 ――瞬間、遺跡の中層全体を揺るがすほどの、莫大な魔力がユリの華奢な身体から立ち昇った。

「えっ……!?」

 セラは思わず息を呑み、足をとめた。

(すごい魔力密度だ……! クロエの規格外の火力とも違う。もっと洗練されていて、淀みが一切ない……!)

 クロエの魔術が感情のままに燃え盛る爆炎だとするなら、ユリの魔術は、一寸の狂いもなく計算し尽くされた絶対的な法則そのものだった。その背中から放たれる気高さは、彼女がただの冒険者ではないことを無言で証明していた。

「《極光・星群アウローラ・メテオ》!!」

 ユリの澄んだ声が広間に響き渡った刹那、薄暗い遺跡の天井付近に、無数の『光の球体』が顕現した。

 それはただの光魔法ではない。極限まで圧縮された超高熱の魔力弾が、まるで一つ一つが意志を持っているかのように正確な軌道を描き、レイスとデスナイトの群れに容赦なく降り注いだのだ。

 轟音。そして、視界を奪うほどの眩い閃光。

 まるで白昼の太陽が地下遺跡に落ちてきたかのような圧倒的な暴力の前に、三十体以上いた魔物の群れは、悲鳴を上げる間もなく一瞬で光の中に溶けて消え去った。

「……ちょっとやり過ぎちゃったかも」

 ピンク色の髪をサラリと払いユリは、テヘっと舌を出して見せた。その常軌を逸した大魔術に、セラはただただ圧倒されていた。

 マリーの風の魔術のような一点突破の鋭さとも違う、空間そのものを制圧する魔法使いの真骨頂。

 だが――。

「ユリ! 上だ!!」

 セラの叫びと同時だった。

 先ほどの強烈な光の魔術が生み出した濃い影――その死角となっていた天井の暗がりから、一体の『シャドウアサシン』が音もなくユリの背後へ向かって落下してきたのだ。

 大魔術を放った直後のわずかな硬直。ユリは完全に隙を突かれていた。

「えっ!?」

 振り向くユリの瞳に、凶悪な短剣の刃が迫る。

 セバスが動くには遠い。ミーアのハンマーでは間に合わない。

 セラは、すでに地を蹴っていた。

 頭の中は極めて冷静だった。陽だまりの村で薪を割り、畑を耕し続けた日々。あそこで培った強靭な足腰のバネが、ぬかるんだ土とは違う硬い石畳を完璧に捉え、無駄な予備動作を一切削ぎ落とした神速の踏み込みを実現させていた。

(彼女に、指一本触れさせない……!)

 かつてのように、自分が未熟だと卑下して剣を置いた少年の迷いはない。

 セラは迫り来るシャドウアサシンの動きを、薄い茶色の瞳 でスローモーションのように捉えていた。

 幽体に近い魔物でも、必ず物理的な『核(魔石)』 が体内に存在する。魔術が使えないセラにとって、そこを正確に斬り抜くことだけが唯一の対抗手段だ。

「シッ!」

 鋭い呼気と共に、セラはセバスから借りた鋼の剣を、下から上へとすくい上げるように振り抜いた。

 魔力も、闘気も一切乗っていない、純度百パーセントの物理的な斬撃。

 だが、その一振りは、シャドウアサシンの影の身体を透過し――その奥深くに隠されていた親指ほどの魔石を、寸分の狂いもなく真っ二つに両断した。

 カキンッ、と硬質な音が響く。

 核を破壊された魔物は、悲鳴を上げることもなく黒い霧となって霧散し、セラの足元には二つに割れた魔石だけが転がった。

「……ふぅ。怪我はないですか、ユリさん」

 セラは静かに残心を取り、剣の血振るいをしてから鞘に納めた。

「セ、セラ……今の一撃……すごい……!」

 ユリは目を丸くしてセラを見つめていた。

 ただ闇雲に斬ったのではない。魔力を持たない物理の剣で、幽体の弱点だけをピンポイントで打ち抜いたその洗練された剣技。それは、長い実戦経験と天賦の才がなければ絶対に不可能な神業だった。

「お見事です、セラ様。魔力を使わず、あそこまで精密に核を捉えるとは。ただの剣士ではございませんな」

「お〜! セラ、やるな〜! アタイがぶっ飛ばすより速かったぞ!」

 セバスとミーアも、セラの技術を手放しで称賛する。

「いや、そんな……たまたま、ですよ」

 照れて顔をかきながら苦笑するセラだったが、その胸の奥には、確かな温かさが広がっていた。

 かつての親友と殺し合った傷が、完全に癒えたわけではない。

 それでも、ユリの圧倒的な魔術と、それを支える規格外の従者たち。

 この騒がしくて温かい新しいパーティーの中で、傷ついていた少年の心は、少しずつ、けれど確実に前へ向かって歩み始めていた。

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