第47話 規格外
フラリス王国の辺境に位置する琥珀色の街『アンバーガルド』。その名が示す通り、夕陽を浴びると街全体が黄金色に輝く美しい街だ。その郊外、鬱蒼と木々が茂る東の森の奥深くに、目的の遺跡は口を開けていた。
「ここが東の森の遺跡ね! よーし、お宝目指して出発よ!」
ピンク色の髪を揺らしながら、ユリが先頭に立って宣言する。彼女の背後から続くのは、まるで奇妙な旅団のような光景だった。
まず、180cmはあろうかという長身に、身の丈の1.5倍はありそうな巨大な布包みを軽々と担いだ執事セバス。その隣で、淡い紫色の髪の間から覗く猫耳をぴょこぴょこと動かし、何やら期待に満ちた表情でキョロキョロと周囲を見渡す獣人の少女ミーア。そして、腰に提げた新しい鋼の長剣を確かめるように触れながら、少しだけ緊張した面持ちで歩むセラ。
遺跡内部は、ひんやりとした湿った空気が支配していた。数百年、あるいは数千年も時が止まっていたかのような重苦しい沈黙の中を、四人の足音だけがカツカツと反響する。
「……ねえセラ、怖くない? 大丈夫?」
「う、うん。……平気だよ、ユリさん」
ユリの気遣うような視線を受け、セラは小さく首を振った。
崖から落ち、地獄のような闇を彷徨ったあの日から、戦いに対する恐怖が消えたわけではない。あの真紅の闘気 が去ったあとの虚無感は、今でもセラの心の奥に冷たい棘のように刺さっている。
だが、この愉快で少しお節介な仲間たちと一緒にいると、その棘が少しだけ痛まないような気がしたのだ。
「……グルルル……」
その時、薄暗い通路の奥から、低く地を這うような唸り声が響き渡った。
四人が足を止めると、闇の中から赤い眼光が次々と浮かび上がる。姿を現したのは、大人の人間ほどの大きさがある二足歩行の魔物――『ホブゴブリン』の群れだった。五匹、いや六匹はいる。鋭い牙を剥き出しにし、獲物を狙うようにジリジリと距離を詰めてくる。
「魔物だ……! ユリさん、ミーア、下がって!」
セラは反射的に前に出た。セバスから借りた 鋼の長剣の柄に右手をかけ、いつでも抜けるよう構える。
だが、彼が剣を抜くよりも早く、横からスッと、吸い込まれるような速さで純白の手袋をはめた手が伸びてきた。
「セラ様、ご案じなく。ここは私共にお任せを」
「え? セバスさん……?」
セバスは、担いでいた巨大な布包みをドスッと地面に置くと、懐から真っ黒な革手袋を取り出した。そして、今まではめていた白い手袋と、鮮やかな手つきですげ替える。
手袋が黒に変わったその瞬間、温厚な初老の執事から放たれる空気が、氷のように冷たく、研ぎ澄まされた刃物のように一変した。
「――シッ」
刹那、セバスの姿が視界から消失する。
「ギャッ!?」
次の瞬間、先頭にいたホブゴブリンの巨体が、ゴム毬のように高く宙を舞い、そのまま石壁に激突してぐしゃりと崩れ落ちた。
セバスの動きは、流麗にして無駄がない。一切の表情を変えることなく、彼は次々と襲いかかる魔物の急所を、手刀と蹴りだけで的確に打ち砕いていく。それは『執事』というよりは、古の暗殺術を極めた達人のそれだった。
「な……っ」
セラが唖然と口を開けていると、今度は横から「アタイの番だぞ〜!」という元気な声が飛んできた。
ミーアが、セバスが床に置いた巨大な布包みに勢いよく飛びつく。
バサリと布が解け、中から現れたのは――ミーアの小さな身体の三倍はあろうかという、禍々しいまでに巨大な『鉄の戦鎚』だった。
「えええええっ!? それ、セバスさんの荷物じゃなくて、ミーアの武器だったの!?」
「行くぞー! そぉれっ!!」
セラが驚愕する間もなく、ミーアはその巨大なハンマーを小枝のように軽々と頭上で振り回した。そして、迫り来る魔物たちに向かって真っ直ぐに振り下ろす。
ドゴォォォンッ!! という轟音と共に、遺跡の硬い床石が砕け散り、逃げ遅れたホブゴブリンたちがまとめてミンチのように吹き飛ばされていった。
「……ふふっ、二人とも張り切ってるわね。『探し物』ここにあるといいけど……」
ユリはその後ろで、楽しそうにクスクスと笑っている。
(なんだこれ……。ツッコミどころが多すぎるよ……)
これまでセラが知っていた「パーティーの戦い」とは、あまりにもかけ離れている。張り詰めた殺気も、絶望的な悲壮感もない。ただ、規格外の実力を持った者たちが、日常の延長のように魔物を蹴散らしている。
セラの中で、ずっと張り詰めていた心の糸が、ポロポロと解けていくのを感じた。
「……よし。僕も、負けてられないな」
セラは口元に自然な笑みを浮かべ、腰の長剣を抜いた。
クリスとお揃いだったあの『無銘の長剣』 とは違う、少しずっしりと重みのある新しい刃。けれど、その感触は意外にも手に馴染んだ。
「セバスさん、ミーア! 右側の残りは僕がやります!」
「承知いたしました、セラ様」
「おう! セラ、足引っ張るなよー!」
「ふふ、みんな頑張ってね!」
セラは軽やかなステップで駆け出し、残った魔物たちに向けて、迷いのない白銀の閃光を放った。
過去の記憶が胸を刺すこともある。けれど、今は目の前の賑やかな仲間たちがいる。
新しい場所、新しい武器、そして少しだけ新しい自分。そんな騒がしくて温かい冒険が、今、ここから幕を開けたのだった。




