第4話 一緒
大通りを行き交う人々の楽しげな笑い声。空を舞う鳥のさえずり。そして、網膜を刺すほどに眩しい、黄金色の陽射し。
それらすべてが、今のセラにはただひどく暴力的なものに感じられた。
(……なんで、みんな笑っているんだろう)
つい数時間前まで、自分もその「幸せな日常」の一部だったはずだ。街の人々に挨拶を返し、希望に満ちた足取りでギルドの扉を叩いた。
あの日差しは、あんなに温かかったはずなのに。
今のセラを照らす光は、まるで「お前の居場所はもうどこにもない」と突きつけてくる無慈悲な刃のようだった。
何もわからない。
何があったのだろうか。自分の何かが、彼らを失望させたのだろうか。それとも、自分が気づかないうちに、取り返しのつかない過ちを犯してしまったのか。
それとも、あの優しかった師匠が言った「優しさ」なんてものは、本当はただの「弱さ」でしかなかったのか。
頭の中がぐちゃぐちゃで、まともな思考は一つも形を結ばない。埋まることのない喪失感が、胸の奥で重く沈殿していた。
「……僕はもう、皆の仲間じゃなくなったんだ」
その言葉を口にした瞬間、心に空いた穴から、これまでクリスと積み上げてきた十二年間のすべてがこぼれ落ちていく感覚に襲われた。
眩しい光から逃げるように、セラは吸い込まれるように薄暗い路地裏へと足を踏み入れた。
大通りの喧騒が遠のき、代わりに湿ったカビの匂いと、冷え切った石畳の空気がセラを包み込む。
泥で服が汚れるのも構わず、セラは冷たい石壁に背を預けてズルズルと座り込んだ。
ずっと、あの部屋でサインをした時から。
扉を開けて、一人で外に出た時から。
必死に笑顔の下に押さえ込んでいた感情のダムが、ついに決壊した。
「……っ……ぅ、ぁ……」
とめどない涙が次々と頬を伝って落ちていく。一度溢れ出した嗚咽はもう止まらなかった。
石壁に頭をぶつけ、自分の愚かさを、無力さを、そして何よりも「全てを失った」という寂しさを、激しい震えと共に吐き出していく。
「……雨でも、降ってくれたら良かったのにな……」
両手で顔を覆いながら、セラは掠れた声でポツリと呟いた。
「これじゃ……誤魔化せないじゃないか……っ。クリス……なんで……。マリー……みんな……っ!」
誰に聞かれるわけでもない路地裏の暗がり。
つい昨日まで、王国の英雄と持て囃されたSランクパーティーの一員だった少年は、ただの傷ついた一人の子供に戻って、声を殺して泣き続けた。
背負っている『無銘の長剣』が、まるで彼を嘲笑うかのように、鈍く冷たく背中に当たっていた。
どれほどの時間が経っただろうか。
泣き疲れて、感覚が麻痺し始めたセラの耳に、微かな足音が届いた。
タッタッタッ、と。
石畳を叩くその音は、何かを必死に探しているように、ひどく焦っているように聞こえた。
「……セラ。こんなところにいたのね」
不意に頭上から降ってきたのは、聞き慣れた、けれど今は何よりも聞くのが辛い女性の声だった。
セラはビクッと肩を揺らし、咄嗟に顔を伏せた。
恐る恐る視線を上げると、そこには逆光を背負って立つマリーの姿があった。
銀糸のような長い髪が乱れ、肩が微かに上下している。
心なしか、彼女の瞳も赤く腫れているように見えたのは、気のせいだろうか。
「もう、こんな所に座ったら服が泥だらけになっちゃうじゃない……。ホラ、立って。とりあえず宿に行って、落ち着きましょう」
マリーの声は震えていたが、いつものように優しかった。
彼女は泥にまみれたセラの前に、スッと白く細い手を差し出した。
その手は、かつて魔物に襲われた時、何度もセラの背中を支えてくれた、大好きな仲間の手だった。
「マリー……なん、で……?」
その問いに、マリーは答えない。ただ、悲しそうに目を細めてセラを見つめている。
大好きな仲間を前にすると、セラの瞳からはさらに熱いものが溢れ出した。
「今は何を話しても、まともに頭に入らないでしょ? とにかく、ここから離れましょう」
マリーはセラの震える手を取り、壊れ物を扱うような手つきで、けれど拒絶を許さない力強さで彼を立たせた。
そして、ポンッと軽く頭に手を置くと、自分が羽織っていた薄手のマントを脱ぎ、セラの頭からすっぽりと被せた。
「……マリー……?」
「街の人達に泣き顔を見られたくないなら、ずっと下を向いてていいから。私の背中だけ見て歩きなさい」
その不器用で、どこまでも温かい気遣いに、セラの心はさらに激しく揺さぶられた。
マリーも、『脱退勧告書』に同意した一人のはずだ。
それなのに、どうしてこんなに優しいのか。
セラは今度こそ、嗚咽を堪えるのを諦めた。
被せられたマントの中で、顔をクシャクシャにして深く俯く。
マリーは何も言わず、ただしっかりとセラの繋いだ手を離さないように握りしめ、眩しい光が溢れる大通りへと続く路地裏を歩き出した。
セラの小さな肩はマントの下で震え続け、マリーはその振動を自分の手首に感じながら、前だけを見据えて進んでいく。




