第34話 正義
夜空を焦がす爆炎と、大地を震わせる衝撃波。
『入ってはいけない場所』の古代遺跡は、真紅の闘気を纏った二人の少年の戦いによって、文字通り原型を留めないほどに破壊し尽くされようとしていた。
「ハァァァァァッ!!」
「オオオオオオッ!!」
セラとクリス、互いの口から迸る咆哮。
二人の肉体を奔る真紅の闘気はさらに密度を増し、周囲の空間を熱さで歪ませていた。すでに数十回、数百回と交わされた刃。天賦の剣才を持つセラの峻烈な一撃を、騎士としての無駄のない洗練された剣技でクリスが迎撃する。
実力は完全に互角。一歩も引かぬ攻防の中で、二人は無意識のうちに、自らの全闘気を手にした刃へと集中させていった。
握りしめているのは、かつて二人でこれからの未来を誓い、お揃いで買った唯一の贅沢品――『無銘の長剣』。
主たちの限界を超えた異形の力に当てられ、二本の鉄の剣は悲鳴を上げるようにキィィィンと甲高い音を立てて激しく振動していた。
そして、運命の瞬間が訪れる。
二人は同時に地を蹴り、互いの命を刈り取るべく、最大の一撃を正面から真っ向からぶつけ合った。
ガギィィィィィィィィィィンッ!!!!!
これまでとは比較にならない、世界が引き裂かれるような爆音が遺跡に炸裂する。
あまりの衝撃に、ぶつかり合った刃の隙間から、凄まじい真紅の火花と衝撃波が同心円状に広がった。
ミシ、ミシシ……と、二本の剣が噛み合ったまま動かない。
だが、限界は唐突に訪れた。
パキィィィンッ!!!
セラの手にあった無銘の長剣が、クリスの圧倒的な魔力に耐えかねて、まるでガラス細工のように根元から「粉々に」砕け散った。無数の鉄の破片が、月光を反射して美しく、そして残酷に夜空へと舞い散る。
それとほぼ同時に、クリスの無銘の長剣もまた、セラの凄まじい闘気の質量に圧し折られ、刃の半ばから凄まじい音を立ててへし折れた。
「――っ!?」
手元に残ったのは、へし折れて短くなった、不完全な鈍色の刃。
武器を完全に失い、一瞬だけセラの動きに決定的な隙が生じた。覚醒したセラの圧倒的な力は、確かにクリスを凌駕しかけていた。だが、大切なものを踏みにじられた怒りに任せた彼の剣閃は、その一瞬だけ、あまりにも単調で、無防備だった。
クリスの身体が、反射的に動いた。
理性を失い、怒りに呑まれていながらも、その肉体に深く刻み込まれた騎士としての冷徹な戦闘本能が、親友のその一瞬の隙を絶対に見逃さなかった。
クリスは折れて短くなった刃を、迷うことなく、渾身の力で前方へと突き出した。
ザシュッ!!!!
肉を裂き、骨を削る生々しい音が、静まり返った遺跡に冷たく響く。
「が、は……ッ!!」
クリスの折れた刃は、セラの胸元を深く、容赦なく斜めに斬り裂いていた。
夜空に、鮮血のカーテンが鮮やかに舞い上がる。
どっと溢れ出た大量の血が、セラの衣服を、そしてクリスの蒼い鎧を赤く染めていく。
凄まじい衝撃を受け、セラの身体が大きくバランスを崩した。たたらを踏み、ずるずると後退するセラの足が、遺跡の端――切り立った崖の境界線を越える。
足元の感覚が消え、セラの身体が、ふわりと宙に浮いた。
背後に広がるのは、凶悪なモンスターが巣食い、一度落ちれば二度と戻れないとされる暗黒の『巨大なダンジョン』の崖下。
セラは重力に引かれるまま、真っ逆さまにその漆黒の深淵へと落下していった。
落ちていくセラの視界の中で、自分を切り裂いた親友の姿が、急速に遠ざかっていく。
その瞬間、セラの身体を包んでいた禍々しい真紅の闘気が、嘘のように霧散して消えていった。瞳の色が元の薄い茶色へと戻り、燃えるようだった髪も、いつもの漆黒の頭髪へと戻っていく。
胸の激痛の向こう側で、セラは遠ざかっていく親友の姿を見つめていた。
怒りでも、恨みでもない。ただ、胸を支配していたのは途方もない絶望と、空洞のような虚無感だった。僕の大切な人たちを奪ったのは君で、君を本気で殺そうとしたのは、僕だ。
お互いの譲れない「正義」をぶつけ合った結果が、血に塗れたこの惨状だというのか。
(結局……僕の剣は、誰も護れなかった……。君の心すらも……)
(間違っていたのは……僕だったのかな……クリス……)
答えの出ない痛みを抱えたまま、少年の意識は途切れ、底なしの闇の中へと静かに飲み込まれていった。




