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第28話 カウントダウン②

 フラリス王国辺境、陽だまりの村近郊――作戦待機所として設けられた軍用テントの中。

 揺らめくランプの火影に照らされながら、クリス・フィンリードは机上に広げられた周辺地図と一人、睨み合っていた。

 指先で地図の等高線をなぞり、彼は幾度目かわからない溜め息を吐き出す。

(……包囲網の東側を、わざと手薄にする。そこからなら、村人たちを裏手の深い森へ逃がせるはずだ。いくら犯罪集団の拠点という疑いがあろうと、村の住人すべてが反逆者であるはずがない。命令は『殲滅』だが……それはあくまで悪に染まった者たちを指すはずだ)

 クリスの中で、騎士としての義務と、一人の人間としての良心が激しく火花を散らしていた。

 「反逆者の討伐」という重い命令。それを背負いながらも、クリスの脳裏にあるのは、かつて共に笑ったセラの穏やかな瞳だった。もしセラがこの場にいたら、間違いなく村人全員を救おうとするだろう。

 自分も、そうありたい。騎士の泥を被った今でも、その「正義」だけは捨ててはいけない。

 いかにして、一人の犠牲も出さずにこの任務を終えるか。

 クリスが必死に救出の策を練り、羊皮紙に書き込んでいた、その時だった。

 テントの入り口が、乱暴な勢いで跳ね上がるように開け放たれた。

「クリス!! 大変だっ!!」

 血相を変えて飛び込んできたのは、旧【正義の剣】からの戦友であり、今や特務部隊の副官格である大剣使いのシグマだった。その後ろからは、クロエ、ノア、オメガの三人も、一様に焦燥を剥き出しにした表情で雪崩れ込んでくる。

「シグマ? どうした、そんなに慌てて。作戦開始まで、まだ一時間は猶予があるはずだ」

 クリスは冷静を装ってペンを置いたが、彼らの尋常ならざる雰囲気に、胸の奥で嫌な予感が疼き始めた。

「それが……待機所にルカたち他の隊員の姿がないんだ! 装備も、馬も、すべてなくなってる!」

「……なんだと?」

 クリスの動きが、ピタリと凍りついた。

「私もさっき周辺を調べたんだけど……すでに村の方角に向かって、十数人分の足跡が続いていたわ! 間違いなく、ルカちゃんたちが独断で動いたのよ!」

 魔導師のクロエが、震える声で報告を繋ぐ。

 その瞬間、クリスの脳裏に、数時間前のルカの顔がフラッシュバックした。

 一点の曇りもない、純粋すぎて危ういほどの崇拝の笑み。

『先輩の背中を、どこまでも追う覚悟です!』

『心優しい先輩に、悲しい役目を背負わせるわけにはいかない……』

『私たちが全部、綺麗に片付けておきますから!』

(まさか、あいつ……)

 クリスの全身を、凍りつくような悪寒が駆け抜けた。

 ルカはクリスの「優しさ」を「弱さ」だと誤解したのだ。だから、自分の敬愛する隊長が手を汚して傷つく前に、自分たちが「汚れ仕事」をすべて終わらせておこうと考えたに違いない。

 彼女にとっての「綺麗に」とは、すなわち――。

「……ッ!! あいつら、俺が到着する前に、村を殲滅する気か……!!」

 ガタンッ!! と激しい音を立てて椅子が蹴り飛ばされる。

 常に鉄の仮面のような冷静さを保っていたクリスが、旧メンバーたちの前で初めて、理性を失ったような狼狽と焦燥を剥き出しにした。

「急ぐぞ!! シグマ、オメガ、クロエ、ノア! すぐに馬を出せ!!」

「クリス、でもルカちゃんたちは……っ」

「あいつらはあの村が『魔族と繋がった反逆者の巣窟』だと信じ切っている! 俺が、俺が止める前に、あいつらは村人を一人残らず殺す気だ……!!」

 クリスのその絶叫に近い咆哮に、四人の顔色も一気に蒼白になった。

 彼らもまた、クリスを信じて、彼と共に泥を被る覚悟を決めて騎士団という組織に入ったのだ。罪なき人々を手に掛け、愛するリーダーを「人殺しの英雄」にすることなど、万に一つも望んではいない。

「急げ!! 誰一人として死なせるな!! 全員を、救うんだ!!」

 テントを飛び出した五人は、闇が迫り始めた森の中に繋いでいた愛馬に飛び乗った。

 手綱を強く引き、腹を蹴る。

 蹄が土を叩く激しい音が、静まり返った森に爆音となって響き渡った。

「間に合え……っ! 頼む、間に合ってくれ……っ!!」

 夜の冷気を切り裂き、五人の「規格外」の騎士たちは、全速力で『陽だまりの村』へと駆け出した。

 クリスの視線の先、遥か彼方の空が、夕焼けとは違う、不吉な朱色に染まり始めているのが見えた。

 火の手が、上がっている。


 ――。


 だが、彼らが全速力で馬を飛ばせば飛ばすほど、運命という名の残酷な神は、最悪のタイミングでの「すれ違い」を用意していた。

 クリスたちが絶望的な焦燥を抱え、村の西側から接近していたまさにその頃。

 村の反対側――東側の街道からは、車輪の悲鳴を上げながら一台の馬車が、猛スピードで村の入り口へと滑り込もうとしていた。

 御者台で必死に手綱を引く、黒髪の少年。

 その後ろで、祈るように両手を握りしめる、銀髪の女性。

 セラとマリー。

 何も知らずに任務を全うしようとするクリスと、何も知らずに敬愛する人を守ろうとするルカ。

 そして、過ちを犯そうとする親友をとめようとするセラ。

 かつて同じ夢を追いかけた二人の少年が。

 決して交わるはずのなかった二つの「正義」が。

 燃え盛る『陽だまりの村』を舞台に、ついに激突する。

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