第25話 盲信
――王都、蒼天の天秤騎士団本部。
副団長からの招集を受け、クリスは執務室を訪れていた。エイルは手にした一枚の羊皮紙を、机越しにクリスへと差し出す。
「クリス。シュウ団長から、直々の特命です」
エイルの言葉遣いは丁寧だが、その声色には氷のような冷たさが張り付いていた。
「団長直々……。どのような任務……ですか」
「王都から遠く離れた辺境の村が、禁忌とされる薬物を密造し、流通させる一大拠点になっているという報告が上がりました。しかも厄介なことに、彼らは裏で魔族や帝国とも通じていることが分かっています。明確な国家反逆罪です」
エイルは眼鏡の奥の目を細め、淡々と告げる。
「状況を打開するため、村に潜伏している犯罪集団を殲滅し、危険な薬物もろとも『村をすべて焼き払え』とのことです」
「……村ごと、ですか」
「ええ。それが団長の命令です。相手は国家反逆者。王国の平和を守るために不可欠な任務です。……騎士団として、この重要な任務を団長は君に任せたいと仰せです。やりますよね?」
クリスは表情の筋肉を石のように固め、ただ静かに頷いた。
「村の名前は――『陽だまりの村』です」
陽だまりの村。聞いたことのない辺境の寒村だった。
「……村人は保護でいいのですね? 犯罪集団の拠点とはいえ、全員が犯罪者なわけがない」
「……ええ、シュウ団長もそれを気にかけておいででした。助けられる民は救うのも、騎士団の務めです」
クリスは静かに膝をつき、深く頭を下げた。
「……御意。ただちに部隊を動かします」
「頼みましたよ。あぁ、それから……今回の任務には、君の元のパーティーメンバーも連れて行きなさい。これも、団長のご意向です」
「かしこまりました」
エイルのどこか冷めきった視線を背に受けながら、クリスは副団長室を後にした。
重い扉を閉め、薄暗い廊下に出た瞬間、クリスは一度だけ苦悩に顔を歪めた。そこへ、タタタッと軽い足音と共に若い女性隊員が駆け寄ってくる。
「クリス先輩っ! 特命が下ったそうですね!」
いつもの様に、花が咲いたような明るい笑顔を向けてきたのはルカだった。
「ああ。……辺境の村に潜む、犯罪集団の殲滅作戦だ。裏で魔族と結託しているらしい」
「魔族と……っ!」
その単語を聞いた瞬間、ルカの笑顔がスッと消え、瞳孔がわずかに収縮した。
「騎士団に入ってからこんな短期間に特命を受けるなんて……! 私、先輩の背中をどこまでも追う覚悟です! 罪無き人々を脅かす反逆者たちから、憎き魔族の影から、絶対に国を守ってみせます!」
血気盛んに胸を張るルカに、クリスは鋭く、だがどこか疲労の滲む視線を向けた。
「気合が入るのは良いが、早まるなよ、ルカ。……俺の指示があるまで、村人には『絶対に』手を出すな。いいな? 俺達は人殺しに行くわけじゃない。まずは状況の調査と確認からだ。魔族に脅されて従わされているだけの可能性もある」
極力無駄な犠牲を出さず、村人たちを保護する。そのための厳しい念押しだった。
しかし、過去のトラウマで魔族を激しく憎み、かつクリスを神聖視しているルカは、その言葉をまったく別の、歪んだ形で受け取ってしまう。
「はっ! 承知いたしました!」
ルカは元気よく、完璧な敬礼をして見せた。
だが、伏せられた彼女の瞳の奥には、純粋ゆえの恐ろしく冷たい決意が渦巻いていた。
(魔族に脅されている? ……いいえ。魔族と関わった時点で、その者たちはもう人間ではありません。魂まで腐りきった魔族の同類です。……ああ、先輩は本当に心がお優しい方だ。相手が国に仇なす者でも、ご自身で手を下すことに心を痛めていらっしゃるんだわ)
ルカは、目の前に立つ尊敬する隊長の背中を、うっとりとした目で見つめた。
(大丈夫です。心優しい先輩に、そんな悲しい役目を背負わせるわけにはいきません。先輩の美しい手が汚れる前に……私たちが、村の悪をすべて『浄化』しておきますから!)
クリスの「守るため」の決断と、ルカの「隊長を傷つけたくない」という盲信。
決して交わってはいけない二つの優しさが、最悪の悲劇へ向けて静かに動き出していた。




