第24話 ルカ
蒼天の天秤騎士団・修練場裏の通路。
一人での厳しい鍛錬を終え、沐浴場で汗を流し、食事をとるために兵舎の食堂へと向かって歩いていたクリスの背中に、よく通る元気な声がかけられた。
「あの! クリス先輩!」
振り返ると、そこには見慣れない茶色のショートボブを揺らす、可愛らしい少女が大きな瞳でこちらを見上げていた。
「……君は?」
「初めまして! 本日付で特務部隊に配属になりました、ルカ・ロスティと申します!」
少女は両足をピシッと揃えて正対すると、勢いよく右腕を頭に添え、騎士団の敬礼をして見せた。
「……帽子や兜を被っていない時は、その敬礼はするな」
クリスは表情を一切変えず、淡々と指摘する。
「あ、そうでした! 失礼しました!」
ルカは慌てて腕を下ろすと、正対のまま腰を四十五度に傾け、深くお辞儀をした。被り物をしていない時の、正しい騎士の敬礼だ。
「……で、何か用か?」
「はい! 本日付で特務部隊に配属になりました!」
「……それはさっき聞いた」
「それで、えっと、先輩に挨拶をと思いまして!」
「先輩、か。……そうは言っても、俺も騎士団に入ってまだ数ヶ月だ。君と大して変わらないだろう」
「ルカです!」
「……は?」
「ル・カ! です!」
「ハァ……。ルカ」
「はいっ!」
名前を呼ばれた瞬間、ルカの顔にパッと花が咲いたような、とびきり明るい笑顔が弾けた。
クリスはその屈託のない笑顔に、不意に胸の奥を突かれたような感覚を覚えた。
(……セラ……)
理不尽に追い出し、遠ざけたかつての親友。
セラではないことなど当然わかっている。しかし、どこかセラの面影と重なる純粋な光を放つ彼女と一緒にいると、凍てついていたはずの心がざわつき始めてしまう。
「わざわざ挨拶に来てくれてすまない。これからよろしく頼む。……じゃあな」
クリスは逃げるように踵を返し、その場を離れようとした。だが――。
「あ、待ってください! 先輩、今訓練終わりで、これからご飯ですよね!? ぜひご一緒させてください!」
「え、いや、俺は一人で……」
「行きましょう!!」
有無を言わさぬ満面の笑みで、ルカはクリスの腕を強引に引っ張り、そのまま食堂へと歩き出した。
――数十分後。騎士団の大食堂。
ルカはクリスの隣の席にピタリとくっつき、目を輝かせながら食事をとっていた。
そして、そんな二人の対面の席には、腕を組み、クリスに対して氷のように冷たい白い目を向けているクロエとノアの姿があった。
「……クリス、さいて〜」
「……ホントですね。クロエ、見てください。クリスったらあんな若い子を引っ掛けて、鼻の下が伸びてますよ」
「なっ!? 伸びてない! そんなわけないだろう!」
クリスは顔を真っ赤にし、慌てて手で口元を隠した。
「「本当に最低」」
ノアとクロエの冷ややかな声が、見事にシンクロして食堂に響く。
「あ、あの! スミマセン! 違うんです!」
三人のやり取りを聞いて、ルカが慌てたように両手を振って否定した。
「私、皆さんが冒険者の頃から【正義の剣】を本当に尊敬していて! 皆さんが騎士団に入られて、しかもものすごい早さで合格して、すぐに重要な役職に就かれたのが本当にかっこよくて、憧れているんです! だから、そういう恋愛感情とかは全く無いんです!」
「あら」
「うわ〜……この子、無自覚にエグいこと言うわね。クリス、絶対少しは勘違いしてたでしょ? ハズっ!」
「そ、そんなことあるわけないだろ!」
きっぱりと「恋愛対象外」を宣言されてしまったクリスは、バツが悪そうに視線を逸らし、さらに耳まで真っ赤に染めた。
「「図星」」
またしてもノアとクロエの声が重なる。
からかわれて反論できずにいるクリスを見て、ルカは少しだけ困ったように笑った後、ふと真剣な表情へと変わった。
「……私、小さい時に、住んでいた街が魔族に襲われて……大好きだった家族や友達を、目の前で殺されたんです」
不意に語られた凄惨な過去。
先ほどまでのわちゃわちゃとした空気が一変し、テーブルに静かな緊張が走る。
「だから、絶対に許せなくて。人々の平穏を脅かす『悪』を、この世界から一つ残らず殲滅するために、私は騎士団に入ったんです」
「……そう。つらかったですね」
ノアが痛みを分かち合うように、優しく目を細めた。
その温かい言葉に、ルカは少しだけ目を潤ませる。
ずっと黙って聞いていたクリスは、真っ直ぐな瞳で前を見据える少女の横顔を見つめ、静かに口を開いた。
「……俺と同じだな」
「え……?」
「俺も昔、魔族に家族や友人を殺された。……俺は、魔王を討つために騎士団に入った」
クリスの口から放たれた、重く、果てしなく遠い目標。それを聞いた瞬間、ルカの瞳に再び強い光が宿った。
「そうなんですか!? 魔王を……! スゴい……スゴいです! クリス先輩なら、絶対にできます!」
ルカは身を乗り出し、クリスの瞳を真っ直ぐに覗き込んだ。
「私、先輩のお側で全力でお手伝いします! これからよろしくお願いします、クリス先輩!」
「あぁ。……よろしく頼む」
かつての親友を思わせる真っ直ぐな瞳に見つめられ、クリスは久しぶりに――自分でも驚くほど自然な微笑みを返していた。




