第22話 報告
王都、白亜の城の最奥。
歴代の騎士団長のみがその立ち入りを許される、蒼天の天秤騎士団・団長室。重厚なマホガニーの執務机には山のような書類が積まれており、当代随一の天才剣士と謳われる男、シュウが静かにペンを走らせていた。
コンコンコン、と。
静寂を破る、控えめだが規則正しいノックの音が室内に響いた。
「どうぞ」
シュウが顔を上げずに応じると、ギィッと重い音を立てて扉が開いた。
入ってきたのは、長身で線の細い、色白の美しい男。蒼天の天秤騎士団副団長であり、冷徹な戦術眼で知られるエイルだった。
「失礼します、シュウ。……あまり良くない報告が入りました」
エイルの抑揚のない冷ややかな声に、シュウは苦笑しながらペンを置いた。
「君がわざわざ直接持ってくる報告で、良かった試しはあまりないがね。……今度はどこで何が起きた?」
「『陽だまりの村』という辺境の村をご存知ですか?」
「あぁ……トーファスの街からさらに奥へ入ったところにある集落だろう? 直接行ったことはないが、風光明媚で、とてものどかな良い村だと噂には聞いているな。そこがどうかしたのかい?」
シュウが穏やかに問い返すと、エイルの形の良い眉が微かにひそめられた。
「その『のどかな村』で、違法薬物の売人が拠点を構えている……という報告です」
「違法薬物、だと?」
シュウの表情から笑みが消え、鋭い騎士の顔つきへと変わる。
「ええ。いわゆる『魔力増強薬』です」
「……最近、帝国や他国でも深刻な問題になっている禁忌の薬か。一時的に魔力や身体能力を爆発的に引き上げる効果の代償として、精神を激しく蝕み、やがては自我を持たない狂戦士へと変貌させてしまうという……」
「ご明察の通りです。報告によれば、あの陽だまりの村の裏手にある深い森を利用して大規模な栽培と精製を行い、密売していると。さらに厄介なことに、背後には魔族や帝国との繋がりがある可能性も示唆されています」
エイルの口から語られる凶悪な実態に、シュウは信じられないといった様子で深く眉間を揉み込んだ。
「魔族と帝国の影……。ただの噂しか知らない私でも、あそこは本当に心優しい人々が住む良い村だと聞いている。……万が一にも、情報の間違いでは済まされないぞ、エイル」
「確かな筋からの、信憑性の高い情報です。すでに裏も取れています」
エイルは涼しい顔で、淡々と、だが決定的な声で言い切った。
「それに、事前調査として派遣した我が方の密偵が、その村に潜伏していた密売人の用心棒らしき凄腕の剣士と遭遇し、戦闘になっています」
「戦闘!? こちらから手を出したのか!?」
「いえ、密偵が姿を見られた瞬間、問答無用で殺意を持って襲いかかってきたそうです。幸い、密偵に大きな怪我はありませんでしたが……相手は相当な手練れとのこと。これでもまだ、あの村が『のどかで良い村』だと言い切れますか?」
エイルの言葉に、シュウはギリッと奥歯を噛み締め、苦渋に満ちた表情で深く、重いため息を吐いた。
「……すぐに部隊を編成し、派遣しよう。早急に調査にあたらせる必要がある」
「調査、ですか? シュウ。魔族や帝国と繋がりがあるとなれば、これは明確な国家反逆罪です。証拠隠滅を図られる前に、強襲部隊を送り込み、村ごと完全に殲滅するべきかと進言します」
冷徹に皆殺しを提案するエイルに対し、シュウはバンッ! と強く机を叩き、激しい怒気を込めて立ち上がった。
「馬鹿なことを言うな!!」
「……っ」
「たとえ密売人が潜んでいたとしても、それ以外の罪なき村人たちまで巻き込む気か! 何も知らない子供たちもいるのだぞ。その者たちを無差別に傷つけ、血で染めるような真似……騎士団の誇りにかけて、私が絶対に許さん!!」
普段の温厚な彼からは想像もつかない烈火の如き怒りに、さしものエイルもわずかに気圧され、目を伏せた。
「……失言でした。申し訳ありません。……では、シュウの意向通りに。どの部隊を向かわせますか?」
シュウはゆっくりと息を吐き、昂った感情を鎮めるように再び椅子に腰を下ろした。そして、しばらく沈黙した後、静かに、けれど確かな信頼を込めた声で告げた。
「クリスに行かせよう。彼が率いる、特務部隊に」
「……クリス隊長、ですか」
「あぁ。彼ならば、どれほど危険な状況であろうと、確証もなく無抵抗の村人を手に掛けるような真似は絶対にしないはずだ。慎重に、かつ確実に真実だけを炙り出してくれるだろう」
「……なるほど。よほど信用されているのですね」
「私の、自慢の弟子だからな。彼以上にこの難しい任務を任せられる適任者はいない」
シュウの瞳には、愛弟子を心から信じ抜く、師としての真っ直ぐな光が宿っていた。
エイルは小さく一礼する。
「……承知いたしました。では、至急派遣の手続きを進めます。クリスには、私から直接伝令を出しておきましょう」
「あぁ。……よろしく頼む」
エイルが踵を返し、静かに団長室から退室していく。
重厚な扉が閉まり、再び部屋に完全な静寂が訪れた。
シュウは一人、誰もいなくなった執務室の窓辺に立ち、眼下に広がる王都の街並みを見下ろした。
「……クリス。頼んだぞ」
ポツリとこぼれ落ちたその呟きには、過酷な任務へと向かう愛弟子を心から案じる、恩師としての深い祈りが込められていた。




