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第21話 シーレイン

 陽だまりの村に別れを告げてから、二日の道のりを歩き続けたセラとマリーは、王国でも有数の港町『シーレイン』へと辿り着いていた。

 漁業と交易が盛んなこの街は、絶えず潮の香りと活気に満ち溢れ、大通りには様々な品物を積んだ荷馬車や、威勢のいい商人たちの声が響き渡っている。

「まずは、ギルドに行きましょうか。当面の拠点になるんだし、挨拶も兼ねてね」

「……うん、そうだね」

 マリーに促され、セラは小さく頷いた。

 だが、その表情はどこか暗く、幾度となく歩いてきた道を振り返ろうとしてしまう。

(……せっかく、セラにとって心から安心できる場所だったのに)

 マリーは少しだけ胸を痛めながら、隣を歩くセラの横顔を見つめた。

 村人たちにこれ以上の災厄を招かないため、自ら進んで村を離れる決断をしたセラ。だが、本当はあの温かい『陽だまり』から離れたくなかったという切実な思いが、隠しきれずに表情に滲み出てしまっていたのだ。

「ここね」

 やがて二人は、港の近くに建つ大きな煉瓦造りの建物の前に到着した。

「マリーは、ここのギルドに来たことはあるの?」

「いいえ、初めてよ。」

「そうなんだ」

 王都や冒険者の街トーファスのギルド本部に比べれば小規模だが、それでも港町特有の荒々しさと活気を感じさせる立派な佇まいだった。

 マリーがゆっくりと重厚な木製の扉を押し開ける。

 ギルド内は酒と潮の匂いが混じり合い、昼間から大勢の屈強な冒険者や船乗りたちで賑わっていた。

 二人は周囲の喧騒を抜け、受付カウンターへと向かう。

「こんにちは! 本日はどのようなご要件ですか?」

 受付嬢の若い女性が、にこやかな笑顔で丁寧な挨拶をしてくれた。

「……こんにちは」

 セラが少し元気なくボソッと答えると、マリーが一歩前に出て、凛とした、しかし優しい口調で告げた。

「こんにちは。クエストを受注したいのだけれど」

「かしこまりました! クエストの受注ですね。では、お二人の冒険者カードを確認させていただきます!」

「「はい」」

 セラとマリーは声を合わせ、懐からそれぞれ自分の冒険者カードを取り出し、カウンターに提示した。

「ありがとうございます! では、確認しますね! ……えっ」

 それまで満面の笑みで対応してくれていた受付嬢の顔が、カードを見た瞬間、文字通り完全にフリーズした。

 カードの表面に刻印された、特別な階級を示す輝かしい紋章。

「え……ええええええ!? え、Sランクぅぅぅぅぅ!!?」

 思わずセラとマリーが耳を塞ぎたくなるほどの、凄まじい悲鳴のような大声。

 それが静まり返る暇もなくギルド中に響き渡り、酒を飲んだり談笑したりしていた他の冒険者たちが、一斉に水を打ったように静まり返った。

「……え、おい。今、受付の姉ちゃん何て言った?」

「S、Sランクって言わなかったか!?」

「ウソだろ!? なんでそんな生きた伝説がこんな港町に……!」

 たちまち広がるどよめきと、遠慮のない視線の集中砲火。

 マリーは「ハァ」と短く、心底面倒くさそうに息を吐いた。

「隠すつもりも、誤魔化すつもりもないけれど……私たち、あまり目立ちたくないのよ」

「あ、あわわわっ! す、スミマセン!!」

 受付嬢は慌てて口元を両手で覆い、目を白黒させている。

(ある程度騒ぎになることは予想してたけど。ま、普通はビックリするわよね)

 マリーが「いいのよ」と優しく微笑んで受付嬢を落ち着かせようとした、その時だった。

「おいおい! Sランクってホントかよ!?」

 背後から、酒臭い息と共にガサツな男の声がかけられた。

 振り返ると、身の丈が二メートル近くある、顔に大きな傷を持った大男が、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべながら立っていた。

「おっ! 近くで見りゃあ、お前……あの【正義の剣】のサブリーダーじゃねぇか! 本物か!?」

 大男がズカズカと距離を詰めてくるが、マリーは表情一つ変えず、彼を一瞥すらせずに完全に無視を決め込んだ。

「……マリー、知り合い?」

 セラが困惑しながらマリーの耳元でコソコソと尋ねる。

「知らないわ。……やっぱり私、意外と人気あるみたいね」

 さらりと自画自賛するマリーを見て、セラはトーファスの街で彼女が『私、意外と人気あるのよ』と言っていたのを思い出し、思わず苦笑した。

「ねぇ、ここじゃゆっくり手続きもできなさそうだし、どこか静かに話せるところないかしら?」

 マリーは背後で喚いている大男を「存在しないもの」として扱いながら、受付嬢に尋ねる。

「あ、あ、じゃ、じゃあ二階の応接室へ……!」

 受付嬢がワタワタと案内しようとした、まさにその瞬間だった。

 完全に虚仮こけにされた大男が、顔を真っ赤にして怒号を上げた。

「テメェ!! さっきからこの俺様を無視しやがって! Sランクだか何だか知らねぇが、女のくせにふざけんな!!」

 怒り狂う大男に対し、マリーは冷ややかな流し目で彼を捉え、一切の感情を持たない声で淡々と告げた。

「ごめんなさいね、『俺様』さん。あなたには用はないの」

(あーあ……マリー、完全に煽ってるな……)

 セラは呆れたように額に手を当てた。

「少しばかり綺麗な顔してるからって、お高くとまりやがって! ナメんじゃねえぞ!!」

 完全に逆上した男が、腰に携えた大剣の柄を乱暴に握りしめ、力任せに引き抜こうとした。

 ――だが、次の瞬間。

「……あ?」

 男は驚愕に目を見開いた。

 剣が抜けない。鞘に引っかかっているわけではない。文字通り、ピクリとも動かないのだ。

 男が視線を落とすと、いつの間にかマリーの隣から移動していたセラが、男の大剣の柄頭つかがしらを、上から片手でそっと押さえていた。

「な、なんだ!? ぬ、抜けねぇ……っ!!」

 男は腕の血管を浮き上がらせて必死に剣を抜こうとするが、大男の半分の厚みもないような線の細いセラの手は、万力のように剣を押さえつけ、微動だにしない。

 まるで大人と子供のような体格差を完全に覆す、異常なまでの身体能力。その信じられない光景に、ギルド内が更なるざわめきに包まれる。

 そんな中、セラは怒るわけでもなく、穏やかで、けれど絶対的な力を持った静かな声で男を諭した。

「……やめよう。それを抜いたら、僕たちも相応の対応をすることになる。あなたも冒険者なら、相手の『力量』はある程度わかるよね?」

「ヒッ……!」

 セラの波一つない凪いだ瞳に見つめられ、男は全身から一気に冷や汗を噴き出した。

 自分が全力で抜こうとしている剣を、息一つ乱さず、表情すら変えずに片手で完全に制圧しているという絶対的な事実。それが、相手との圧倒的すぎる次元の差を、男の生存本能に叩き込んでいた。

「――そこまでよ!!」

 不意に、決して大きくはないが、ギルド全体に通る凛とした声が響いた。

 マリーとセラ、そしてギルドにいる全員が声の方向――二階の吹き抜けのバルコニーへと視線を向ける。

 そこには、一人の女性が立っていた。

 夜の海のように艶やかな黒髪のロングヘアーが、微かに揺れている。堂々とした姿勢で腰に手を当てるその姿は、整った美しい顔立ちも相まって、周囲を威圧するような冷たい風格を漂わせていた。

「私はこのシーレインのギルドマスター、ミオと申します。【正義の剣】のマリーさんと、セラさんですね。……うちの冒険者が失礼をいたしました。改めてお話を伺いしますので、どうぞこちらへ」

 ミオは一切の隙を見せない、品のある完璧な所作で、二階のVIP用応接室へと二人を案内した。

 セラとマリーは固まったままの受付嬢と大男に軽く会釈を残し、ミオの入っていった部屋へと続く階段を上る。

「失礼します」

 マリーが応接室の扉を開け、二人が部屋に入り、重い扉がカチャリと閉まった――その瞬間だった。

「キャアアアアアッ!! マリー様に、セラ様ぁっ!? ウソでしょ、本物!? ようこそ我がギルドへ!! 私、ずっとお会いしたかったんですぅぅぅ!!」

 さっきまでの氷のような凛とした態度は何処へ行ったのか。

 ミオは突然、顔を真っ赤にして瞳をキラキラと輝かせながら、両手をぶんぶんと振って大騒ぎし始めたのだ。

「「……え?」」

 外の態度とのあまりの変貌ぶりに、セラとマリーは完全にキョトンとして顔を見合わせる。

「あ……っ、コ、コホン。……大変、失礼いたしました」

 二人の呆然とした顔を見て我に返ったミオは、わざとらしく一つ咳払いをし、必死に赤くなった頬を隠しながら平静を装うとした。

 何を隠そう。

 この冷徹で厳格と噂されるギルドマスターのミオは、冒険者の頂点に君臨する【正義の剣】の、誰よりも熱狂的な大ファンだったのである。

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