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第11話 黄金草

 子供たちやその母親たちの朗らかな見送りに背中を押されるようにして、二人は村の中央へと向かった。

 そこには、一際大きな――といっても、冒険者の街トーファスにある石造りのギルド支部に比べれば随分とこぢんまりとした、けれど手入れの行き届いた温かみのある木造の家が建っていた。

「ごめんください。ギルドからの届け物を持って参りました」

 セラの控えめな呼びかけに応えて、中からゆっくりと扉が開く。

「おぉ、わざわざ挨拶に来てくれたのかい。こんな辺境の村にまで、礼儀正しい冒険者さんだねぇ」

 出迎えてくれたのは、顔いっぱいに深い刻み皺を蓄え、長い白髭を蓄えた、柔和な表情の村長だった。使い込まれた麻の服からは、どこか日向のような匂いがする。

 セラがギルドから預かってきた重要書類と小さな包みを渡すと、彼は「助かったよ、ありがとう」と細い目をさらに細めて、何度も頷いて喜んでくれた。

「村長さん、明日からはギルドからのもう一つの依頼である、薬草採取のクエストも始めさせていただきますね。……何か、特に注意すべき場所などはありますか?」

 マリーが問いかけると、村長は「あぁ、そんなに急がなくていいんだよ」と、ゆったりとした手つきで丘の方を指差した。

「この村の薬草は、お日様の光をたっぷり浴びて、急がずに育つからねぇ。若いあんたたちも、ここの空気と同じようにのんびりやっておくれ」

 その言葉通り、翌日の朝、セラとマリーが村の裏手に広がる緩やかな丘『陽だまりの丘』へと向かうと、そこには別世界のような光景が広がっていた。

 朝露に濡れて宝石のように輝く色とりどりの野花と、どこまでも続く瑞々しい緑の絨毯。

 かつての戦場に漂っていた、鉄と血の咽せるような匂いはない。耳を劈くモンスターの咆哮も、仲間の悲鳴もない。ただ、穏やかな鳥のさえずりと、爽やかな風が草木を擦れ合わせるサラサラという音だけが、耳に心地よく響いてくる。

「……マリー、見て。これ、依頼書にあった薬草だよね?」

 セラが地面に膝をつき、夢中で土をいじりながら声を弾ませる。

「ええ、大正解。よく見つけたわね、セラ」

 マリーはセラの隣に腰を下ろし、慣れない手つきで薬草を摘む彼の横顔をじっと見つめた。

「ふふ……ねぇセラ。剣を握ってモンスターをなぎ倒すより、こうして土をいじって薬草を摘む方が、貴方は筋がいいんじゃないかしら?」

「あはは、そうかもしれない。……なんだか、ここの土はすごく温かくて、触っているだけで気持ちが落ち着くんだ」

 爪の間に泥を溜めながらも、一生懸命に作業を続けるセラの口元には、久しく見られなかった穏やかな、けれど本物の笑みが浮かんでいた。

 マリーはその姿をすぐ隣で見守りながら、胸の奥で小さく安堵の吐息を漏らした。昨日までの、いつ壊れてもおかしくないほどに張り詰めていたセラの気配が、この村の穏やかな空気の中に少しずつ溶け出している。

「……『黄金草』ってここで収穫されていたのね」

 ふと、マリーが感嘆したように口を開いた。

「『黄金草』?……薬草の元……だよね?」

「えぇ、でも、薬草と言ってもいくつか種類があるのは知ってるわよね?『黄金草』はその中でも上位の、限られた工房でしか扱えないような高級品よ」

「へー、そんな物がこんなにあるのに……なんで、この村はそこまで発展してないんだろう?」

 セラの素朴な疑問に、マリーは周囲ののどかな風景を見渡して少し考え込んだ。

「……そうね。私たちがそうだったように、そもそもこの村を知っている人が少ないのかしら。でも、クエスト依頼に出ているくらいだから、もっと大勢の冒険者たちが来てもおかしくないと思うけれど……」

 夕暮れ時、籠いっぱいに収穫した薬草を背負って二人が村に戻ると、広場では村人たちが総出で何やら慌ただしく準備を進めていた。

「さぁさぁ、旅の人! 歓迎会の準備ができたよ!」

 村長の声が朗らかに響き渡ると同時に、大きな焚き火を囲んで、質素だけれど心のこもった宴が始まった。

 大皿に山盛りにされた、採れたての温野菜や素朴な手料理。竈から取り出したばかりの焼きたてのパンの芳醇な香り。そして、村の青年たちが奏でる楽しげな音楽。

 昼間に出会ったレンという男の子も、大きなスープ皿を持ってセラの元へ駆け寄ってきた。

「お兄ちゃん、となり座っていーい?」

 レンはセラの返事も待たずに、膝の上へと臆することなく座り込んだ。

「お兄ちゃん、このスープ、僕の母ちゃんが作ったんだぞ! 美味しい?」

「うん……っ。すごく、温かくて……美味しいよ、レン」

 村人たちの屈託のない笑顔。他所者である自分たちを家族のように迎え入れてくれるその温かさに包まれて、セラの目から不意に一筋の涙が伝った。

 それは絶望の涙ではなく、凍りついていた心が陽だまりに触れて、静かに溶け出した証の涙だった。

 そんなセラの様子を、マリーは少し離れた場所から、焚き火の炎に照らされながら見守っていた。

 ふと視線を上げれば、空には降り注ぐような満天の星。この空のどこか遠くで、愛する恋人であるクリスもまた、かつての仲間たちと共に「修羅の道」を戦っているはずだ。

(クリス……あなたにも見せたいわ。セラは、今夜はもう泣き止んで、ちゃんと笑っているわよ)

 マリーは手元にあった木製のグラスを静かに口に運び、隣にやってきた村長に、夜風に混じるような小さな声で語りかけた。

「村長さん、この村では『黄金草』を栽培しているんですね」

「ほぅ、お嬢さんは『黄金草』を知っているんだね」

「はい、少しだけ薬学に触れていて……。市場では相当な価格で取引されている物だと思うんですけど……失礼ですが、この村はそれほど裕福には……」

「ホホホ、お嬢さんは正直だねぇ」

 村長は優しく破顔した。

「その通り、アレは『黄金草』。いわゆるレア素材と呼ばれる物だ。栽培するにはたっぷりの日の光と、澄んだ空気、澄み切った水……そして何より、生育するまでに長い時間が必要なんじゃよ。それがこの村には溢れておってな。わしらはただ、その恩恵を受けているだけなんじゃ」

「でも、それならもっと商売を大きくするとか、他の冒険者たちが押し寄せてきたりはしないのですか?」

「ふむ、普通ならな。だが、儂らはこの村の貴重な環境と平和を守るために、トーファスのギルドマスターにお願いしておる。まず、依頼書には単純に『薬草採取』とだけ記載してもらう。そうすると、たかだか薬草採取のためだけに、この辺境まで来る者はそうそうおらん。さらに、この村の空気に相応しいと思われる冒険者にしか、依頼を出さんようにしてもらっておるんじゃよ」

「じゃあ、皆さんが私たちに全く警戒心がないのは……」

「うむ。ギルドマスターが安心して寄越してくれた人たちじゃからな。それに、最初に渡してくれた手紙に君たちのことが詳しく書かれておった。あれはいわゆる、最上級の推薦状みたいなもんじゃよ」

 村長はホホホと楽しげに笑う。マリーはその深い計らいに、トーファスで出会った受付嬢やギルドの面々の顔を思い出した。

「……そうですか……村長さん。私たち、この村にしばらく滞在させていただいてもいいでしょうか? あの子……セラの顔を見ていると、もう少しここでゆっくりさせてあげたいと思って」

「おぉ、もちろんだとも。村の東側に空いている『青い屋根の家』がある。掃除は必要だが、自由に使っておくれ。何もない不便な村だが、お日様と時間はたっぷりあるからねぇ」

 マリーは静かに頷き、再びレンたちと笑い合っているセラの元へと歩み寄った。

 この穏やかな時間が、ずっと続いてほしい。そんな願いを胸に、彼女はセラの隣に腰を下ろした。

「セラ、美味しい?」

「うん!」

 周りを取り囲む子供たちと同じ、純粋な笑顔を見せるセラ。それにつられて、マリーもまた久しぶりに心からの笑顔を浮かべた。

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