第10話 陽だまり
――一方、その頃。
王都へと続く街道を、非情な決意を胸に早馬で駆け抜けるクリスとは対照的に。セラとマリーは、馬車を使えばほんの数時間で着く距離を、あえて自分たちの足で半日かけて、ゆっくりと歩を進めていた。
急ぐ旅ではない。それに、今のセラには、周囲の景色を眺めながら一歩一歩土を踏みしめるこの穏やかな時間が、何よりも必要だった。
「『陽だまりの村』……か。あの冒険者の街にはもう二年もいたけど、こっちの方面は一度も来たことなかったな。……マリーも、知らない村なの?」
セラは立ち止まり、ギルドの受付嬢にもらった依頼書と、少し古びた周辺地図に改めて目を通した。
「ええ。名前も聞いたことないし、私もこっちの方面は初めてね。そもそもこの辺りは、強いモンスターの気配も全くなければ、未踏のダンジョンなんかも存在しないから。……血の気の多い【正義の剣】が受けるような高ランクの依頼なんて、あるはずないもの」
マリーの言う通りだった。街道にはゴブリン一匹の気配すらなく、どこまでも平穏な景色が続いている。時折すれ違うのは、野菜や布を積んだ行商人たちばかりで、彼らと「こんにちは」「気をつけてな」と穏やかな挨拶を交わすだけの、拍子抜けするほど静かな道のりだった。
「……見えたわ。あれが『陽だまりの村』ね」
マリーの澄んだ声に顔を上げると、なだらかな丘を越えた先に、小さな集落が広がっていた。
傾きかけた夕陽が、村全体を黄金色に優しく染め上げている。石造りの無骨な建物が多いトーファスの街とは違い、木とレンガで造られた素朴で温かみのある家々が、身を寄せ合うように並んでいた。
どこからか夕食の支度をしているのだろう。パチパチと薪が燃える懐かしい匂いと、野菜やお肉を甘く煮込んだスープの香ばしい匂いが、そよ風に乗ってふんわりと漂ってくる。
「わあぁぁっ! 待てー!」
「あははっ! 捕まるもんかーっ!」
二人が村の入り口に差し掛かった時だった。
笑い声を上げながら、広場で元気に追いかけっこをしていた泥んこの子供たち。そのうち、鬼から逃げていた小さな男の子が、よそ見をしたまま勢い余ってセラの足元に飛び込んできた。
「おっと……」
ドンッ、と小さな体がぶつかる。セラが反射的に倒れそうになった体を支えると、男の子は武装した見知らぬ青年を見上げても全く警戒する様子を見せなかった。
それどころか、そのままセラの足にギュッと抱きつき、背中に隠れるようにして後から追いかけてきた子供たちに向かって「べーっ!」と舌を出したのだ。
「へへーん! ここは安全地帯だぞー! お兄さんのバリアがあるんだからな!」
「あーっ、ずるいぞレン! お兄さんの後ろから出ろー!」
背負った無銘の長剣や、冒険者特有の革鎧。そんな物騒な身なりをしている自分に対し、一片の恐怖も抱かずに無邪気に笑い合う子供たち。
ここ数日、ギルドで向けられていた「腫れ物を扱うような同情的な視線」とも、戦場で魔物から向けられる「血走った殺意の視線」とも違う。純度百パーセントの、ただただ純粋な無邪気さ。
王国最強と持て囃されたSランク冒険者としてではなく、ただの『通りすがりのお兄さん』として頼られたことに、セラの目はすっかり丸くなっていた。
「あらあら、ごめんなさいね。ほらレン、こっちに来なさい。旅のお兄さんたちに迷惑かけちゃダメでしょ」
慌てた様子で、エプロン姿の母親らしき女性が駆け寄ってくる。だが、その顔にもやはり他所者に対する警戒の色はなく、ただの朗らかで温かい苦笑いが浮かんでいた。
「本当にすみません、冒険者さん。この子たち、夕飯前だってのに元気が有り余ってて」
「い、いえ……全然、大丈夫です。怪我も、してないみたいですし」
セラが戸惑いながらも小さく首を振り、足元に隠れていた男の子の頭をそっと撫でてやると、今度は通りかかった荷車を引く初老の村人が、歩みを止めてにこやかに声をかけてきた。
「見ない顔だねぇ、二人とも。よく来たね。ここは本当に何もない辺境の村だけど、その分静かで空気だけは美味いから、ゆっくりしていきな」
「ありがとうございます。少しの間ですが、お世話になりますね」
マリーが優雅に微笑んで一礼すると、村人は満足そうに頷いて去っていった。
ふと隣を見ると、セラの肩から、ここ数日ずっと彼を縛り付けていた重苦しい強張りが、ほんの少しだけ抜け落ちているように見えた。表情の固さが取れ、子供たちを見つめる横顔には、元の優しさが戻りつつある。
(……温かい、村だな)
ギルドのお姉さんが「街の喧騒から離れて、ゆっくり羽を伸ばせる場所」と言っていた意味が、今のセラには痛いほどよくわかった。
ここは文字通り、凍えた心を優しく溶かしてくれる、柔らかな『陽だまり』のような場所だった。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます! どん底だったセラが、陽だまりの村の温かさに触れてようやく笑顔を少し取り戻せました。 クリスたちが自分たちの心を犠牲にしてまで守りたかったセラの『優しさ』。この平和な村で彼がどう過ごしていくのか、引き続き見守っていただけると嬉しいです! 少しでも『面白い!』『セラ、よかったね!』と思っていただけたら、下部の☆☆☆から評価やブックマークをお願いします!




