第80話 工作の結果
1月20日 朝 8時
「本日5時30分ごろ、亜細亜太平洋島嶼連邦共和国で政権交代があった模様です。また国内、国外向けの放送として産業大臣スルン氏と外務大臣リー氏の名前で、スルン氏が亜連の大統領職を暫定的に代行すること、全亜連軍の戦闘停止、また諸外国に対して降伏の用意がある、と発表しました。これに対し、日本政府は――」
対外情報庁第1課課長にして特別チームリーダーの佐々木は執務机から、自室の液晶テレビで流れる情報に興奮に似た複雑な感情を抱いた。
何せ彼が仕組んだことなのだ。それにしても、これほどまでうまくいくとは。いや、うまく行き過ぎた。
まず、彼はCIAと協力して、日本大使館にパイプを持つリー外相と在亜連大使館でCIAに接触してきたアー少将が、現状に不満をもっているという情報をもとに、協同させることに成功した。
すると、リー外相の同志であるスルン産業大臣とも共同することになる。
役者はこれでよい。あとは舞台を作るのだ。
元々、アメリカは介入したがっていた。正確に言えば(亜連の恫喝があったとはいえ)同盟国が核攻撃を受けたのに、核攻撃はおろか、通常攻撃もしないアメリカの態度は国際社会の地位を著しく失墜させた。
この態度は内政にも響き、やがて経済にも大きな悪影響を落とした。
アメリカ大統領は西太平洋に軍隊を派遣していた。
もう一つの大国、中国がここで出てくる。東アジアが不安定になっていくなか、アメリカという手綱を失った日本が防衛行動のもとに敵本土へのミサイル、そして敵本土への上陸もやってのけた。
このまま拡大すれば日本という国は亜連全土を制圧するのではないか。そうなれば、日本は亜連全土を基地化し、西太平洋に巨大な軍事基地をもつことになる。
誇大妄想じみた考えにも聞こえるが、どちらにせよ、日本が軍事的に活躍する事態は避けたかった。
佐々木はアメリカのCIAと中国の国家安全部の、それぞれ協力者にメッセージを送った。
日本は亜連国内に有力な反乱分子とつながっており、環境さえ整えば決起できることを伝えた。
この間にも、日本大使館にいる亜連のスパイに米中が動くかもしれないという情報を与え、大使館職員の皮を被った情報機関職員を通じて、追い詰めていった。
やがてCIAと国家安全部が極秘裏に接触し、それは両国政府中枢を通じて、軍事や外交の形で現れた。
亜連大統領は地下シェルターに避難したが、そこに警備していたのはアー少将の部隊だった。見事な配置。かくて役者は揃い、政権は打倒され、そして亜連は和平の道へとすすんだ。
「なんだかなぁ」
佐々木は白髪をかいた。
米中共同による亜連への核戦争、それも想定した。いや、むしろそうなると一時は思った。
確かに閣僚2名と高級軍人の協同だったが、それでも亜連の情報機関にマークされてとん挫される危険性すらあった。
そして、米中の共同作戦はうまく行き過ぎた。米軍はともかく、まさか中国軍が示威飛行を行い、軍を集結させるなどとは思わなかった。
アメリカが主体となり、行動を起こすことになるだろうと思っていたが、思ったよりアメリカの出方が悪く、そして中国側の動きが早かった。
「よっぽど日帝が怖かったのかねぇ」
佐々木はぼやいた。
しかし、中国の見方もあながち間違いではない。
今回の動きで国際政治におけるアメリカの権威は失墜した。
アメリカ大統領は職権乱用、議会妨害と侮辱、合衆国憲法修正第22条の改憲に伴う過程で不正があったことで弾劾を受けようとしている、しかし、アメリカ大統領が一人やめたところで簡単に失墜したものが取り戻せるとは思えない。
(そして、この弾劾は、アメリカの、国際社会の失墜に関するものではない。弾劾の理由を見れば明らかだ)
もはや日本はアメリカに全面的に寄り添って国防を考えることはできなくなった。
日本は自力で国を守ることになるだろう。
(今度はこのようなことにならないようにする必要がある)
佐々木は思った。
もっと日本のインテリジェンスにやれることはなかっただろうか。
何せ数百万の犠牲者が出たのだ。
もっと見直す必要があるだろう。
今後もCIAとの関係はあるだろうが、それだけでなく、より自国で色々と行う必要があるだろう。
今回は目に見えないところで支援をしてくれたが、いつまでも米国に頼っていられないことは今回わかったのだ。
そのために、日本のインテリジェンスは変わる必要がある。当然、そのための労力も必要だ。
佐々木は深いため息をついた。
(気が滅入るな)
彼は立ち上がって、部屋の端に行き、マグカップにインスタントコーヒーの粉末を入れた。
(それにしても)
正直、米中が共同で核戦争になりかけるとは思いもしなんだ、と佐々木はポットを押してマグカップにお湯を入れながら思った。
そうなれば、亜連全土は(自衛隊のいるイケブンブロク島をのぞけば)ほぼ全土が核攻撃を受けていたはずだ。
そうなっていたらどうなっていただろう。そう考える飛びに背筋が凍る思いがする。
風に乗って、死の灰などが日本に飛んできただろうか。いや、イケブンブロク島の自衛官たちも放射線被害を受けていたかもな。
佐々木はマグカップの中をミニスプーンでかき回したあと、コーヒーを一口飲んだ。
もし本当に米中共同の核戦争になることがあれば、政府に警報を出してイケブンブロク島にいる自衛隊員たちを撤退させるつもりように促すしかなかった。
また、国民にも放射性降下物に関する警報を出すように促すしかできなかった。
佐々木は思った。
亜連全土が核の炎で焼かれたとき、日本人はどういう被害を受けていたのか……そう思うと、やはり自分の今回の作戦も振り返る必要があるな。
佐々木は、常に、日本と日本人の平和について考えていた。
そのためなら亜連をはじめ、どこが劫火に焼かれようとも構わなかった。




