第76話 大統領公邸の日章旗
1月19日午前10時
大統領公邸の屋上に向かう階段には、強力な火器をもった亜連の兵士たちが構えた。
今も、踊り場から、下階にいる高木小隊にむけ、ロケットランチャーをぶっ放し、機関銃を撃ちまくっている。
「うわぁああああああああ!!!!!」
隊員が絶叫する。右足がない。隣には意識がない隊員。
「後送しろ!」
高木二尉が叫んだ。担架を持った衛生隊員が2人を運んでいく。
「仇をとってやる。マルヒトだ!」
01式軽対戦車誘導弾を持った隊員が高木に接近する。
「あいつらを撃て」
了解、隊員はそう言って、タイミングを見計らい、弾頭を撃つ。
爆発。爆風が収まった後、敵が沈黙したのを確認して前進する。
高木二尉たちは踊り場に前進する。
敵兵の遺体。いや、一人若い兵隊が瀕死の呼吸をしている。
弱弱しく何かを喋っていたが、亜連語なので高木には何を意味するかわからない。
高木はこの兵士を見つめた。右手がなく、右足も消し飛んでいた。出血がひどく、顔に生気がない。
高木はホルスターにしまってあったSFP9拳銃を取り出し、彼の頭に突き付け、引き金を引いた。
突然の銃声に驚く隊員たちだったが、状況を理解した隊員たちはまた正面を見た。
上階からまた機関銃が放たれている。
「手榴弾を投げつけて、制圧しよう」
高木小隊は大統領公邸屋上にようやく到達した。
少数の兵士が抵抗していたが、大きく三角や丸い形をした屋根をしていたことから、集団で展開することが難しく、高木小隊は難なく正面頂上の国旗掲揚ポールにたどり着いた。
ポールには弾痕などが見える。
他の隊員が周囲を包囲し、高木二尉が亜細亜太平洋島嶼連邦共和国の国旗を降ろした。
気が付くと、自衛隊の広報班が横で写真をとり、動画を撮影している。さらに周辺には他の小隊が警備に当たっていた。銃声がきこえる。
高木は日章旗をポールに取り付け、掲揚を行った。
大統領公邸にかかる日章旗をみた亜連軍人たちは信じられぬほどに一気に士気を喪失した。
首都ティティリンの首都警備師団の8割は自発的に降伏し、それと同時に橋頭保にいた自衛隊が一気に進撃したことで、混乱していた敵の戦線が総崩れとなった。
大統領公邸をはじめイケブンブロク島各所で戦闘はしばらく続いていたが、午後には自衛隊の勝利は確実となっていた。
高木二尉はがれきにまみれた大統領公邸のなかにいた。うつろな顔をして、廊下の壁に座っている。
大統領公邸の戦闘は終了した。
当然罠には気をつかねればならないし、施設科が今その確認と除去に当たっているが、突入した隊員たちはなんともいえぬ休止を味わっていた。
高木二尉は立ち上がり、20式小銃をもって廊下を歩き、しばらく階段を降りると、ある階の一室で隊員たちが集まっていることに気が付いた。
「なんだ?」
高木二尉がそういった。内部で爆発があったのだろう、部屋の中はがれきで酷いことになっている。自衛隊の衛生隊員に手当される亜連陸軍軍人が横たわっていた。
亜連陸軍軍人は迷彩服を着ている。恐らく将校だろう。
目はうつろで、口元と鼻から血が垂れている。両足はありえぬ方向に曲がっている。
「それが、その……この……今、影で倒れていたこいつを発見したんですが」
部下が歯切れが悪く説明する。
「……あんた、将校か」
亜連軍が流ちょうな日本語で話した。声は弱弱しく、枯れていた。もう長くはないとわかる声と顔色だった。
「……きいてくれ、日本人。わたしには、戦う理由がわからない、たたかう理由が、わからない……たたかう、りゆう……が……」
「やめろ! やめてくれ。こいつ、何故日本語を喋るんだ」
ひとりの隊員が怯えに近い困惑の表情でつぶやいた、
周りにいた隊員たちも同じ表情をしていた。
なかには両手にまみれた敵兵の血を呆然してみる者や、涙を流す者もいた。
「……死にました……」
衛生隊員が苦し気に言った。
「わかった。ありがとう。遺体の処理は他の隊員も手伝ってやってくれ」
高木二尉は一瞬間を置いて続けた。
「みんな忠実に任務の遂行に当たったのだ。立ちはだかるものがあれば撃つ、それでなれけばやられていた。本土では大勢の犠牲者が出ていたことも忘れるな。みんな十分にやった。先ほどもいったが、警備は他の部隊に任せて、遺体の処理が終わったら、今日は休め」
みんな、本当にご苦労だった、高木小隊長はそういって、その場をあとにした。
彼は階段を下りた。施設科が確認を終えた、瓦礫だらけの部屋に入った。
部屋は暗かった。何の部屋だったのか、本棚やソファーが並んでいる。とはいっても本棚は崩れ、本は散乱し、ソファーも半分以上が使えなくなっている。
彼はそのうち、まだ使えるソファーにどっかりと座る。
高木二尉は上を仰いで、しばらく天井を見つめていた。
彼は突然嗚咽した。
涙が止まらない。前のめりになる。腕で拭っても拭っても涙が流れてくる。右手で口を力強く覆い、声を殺すにも声がどうしても漏れてしまう。
高木二尉はついに両手で顔を覆って、すすり泣くことしかできなかった。
イケブンブロク島を守備していた第1軍団総司令部はこの日の夕方に降伏した。
イケブンブロク島は自衛隊によって占領された。




