第35話 出航前
『龍の爪』作戦がただちに発令され、これに基づき、各部隊が行動を開始した。
1月12日18時。
広島県呉市 海上自衛隊呉基地 潜水艦『はくげい』
『はくげい』では夕食の時間となっていた。
夕食のメニューは、白米、ビーフステーキ、目玉焼き、トマトとレタスのサラダ、オニオンスープ、いちごのショートケーキ。
世界的に見ても、閉鎖的で過酷な環境である潜水艦は比較的豪華な食事がよく出る。海上自衛隊潜水艦において、ステーキは時たま出るメニューであるが、今回のは一段高級なものであった。
「なんか豪華だな!」
「いつものステーキよりも柔らかくて美味しいぞ」
「ショートケーキもんめぇ!」
若い曹士や幹部が喜んで飯を食らう一方、ある種の違和感を感じ、その正体にたどり着いた者たちの表情は暗く、ステーキをもそもそと、味気なく食らうのだった。
「今回の任務は過酷になる」
士官食堂、食事後に副長と航海、水雷などの各科長を集めた『だいけい』艦長、宇佐見二等海佐は言った。
「本艦の任務は亜連本土の海域に深く侵入し、敵の戦略原子力潜水艦を攻撃、核戦力を排除することにある。なお、本艦以外にも複数の潜水艦が参加する」
副長と各科長全員が息を呑んだ。どうも薄々感じていたことだが、正式に言われると、やはり緊張は高まる。
「作戦詳細は後程伝える。各科長は部下に今言ったことを説明し、出航時間までに遺書と遺髪を準備させよ。全員集まったら私に渡せ。地上に預ける。以上だ」
全員がそろって了解と返答すると、起立し、退室する。
航海長はある一士から4通の手紙と遺髪をもらった。航海長は首を捻った。
こいつには弟がいる。両親と弟、あと1通は誰だ?
「お前、確か両親と弟がいたはずだよな。もう1通は誰だ?」
「あの、りももちゃんに」
「誰だ? 幼馴染か?」
「いえ、アイドルです。推しの……」
「……どうやって渡す気だ?」
「死んだら弟に頼んで渡すつもりです。時々握手会にはいってたり、いっしょにツアーイベントとかいってたので、向こうもこっちのこと知ってます」
航海長は一瞬怪訝な顔をしたが、真面目な顔をしたあと、ふふっ、とつい笑ってしまう。
「すまん。俺には推しとかわからんのだ。でも、お互い頑張ろうや」
「はい!」
1月13日午前2時
宇佐見艦長は停泊中の『だいけい』から艦橋から呉港を振り返る。掃海が完了次第、ただちに出港し、任務に就くことになっている。
胸が詰まる感じがしたが、押し殺す。艦長がこれではだめだ。
宇佐見艦長は真っすぐ南を見た。果てにある敵の領海を。
次回更新は6月20日(土)を予定しています。




