第31話 世界動向と日本世論
他国による介入があった場合、日本への核攻撃を実施する―――亜連はそう言い、アメリカ合衆国は介入を避けたが、かといってアメリカを含め各国に動きがないということはなかった。
まず浜松市に対して核攻撃が行われたことについて世界各国、期間は深い哀悼の意を表し、これを大量の、無辜の市民に対する虐殺行為として非難した。
各国は極めて慎重だったが、浜松市に対し、救援活動と物資の援助を行った。これに対し、亜連は特に反応を示さなかった、
国連は緊急の安全保障理事会を実施すると発表した。
日本の国連大使は「極めて遺憾。ただちに停戦したい」と述べる一方、亜連の国連大使は「真のアジア、太平洋の平和と発展のためには必要不可欠な行動である」と停戦案を拒絶した。
ただ、国連以外にも講和の場を設ける動きはいくつもあった。
欧州では、イギリス、フランス、ドイツが停戦交渉の場を設けると発表があった。
ASEAN、台湾も積極的に亜連政府に停戦交渉を呼びかけていた。
また、中国も亜連政府に講和を呼びかける交渉を行っていると発表があった。
意外に思われるかもしれないが、このまま亜連の大亜細亜太平洋主義に基づく戦渦が拡大した場合、中国にも戦渦が及ぶことは確実であった。無策というわけにはいかない。
これは台湾、ASEANにもいえることであった。台湾、ASEANもそれぞれ停戦交渉の用意があると発表した。
またインドも停戦を呼びかけると発表があった。
これは日本と強い同盟関係を示したいインド側の意向を示した形でもあった。
しかし、亜連はいかなる講和交渉を拒絶した。
介入した場合は核攻撃すると脅迫され、介入する予定もないアメリカ合衆国は非難された。
同盟国が大きな被害を受けているのだ。いくら他国から恫喝を受けているとはいえ、不介入は各国の不安を煽った。
より具体的に言えば、他のアメリカの同盟国で同様の事態が起きた場合、アメリカは介入してくれないのではないか、という不安である。
強硬な挑発的な言動で知られるシルヴァーランド大統領―――憲法を変え、大統領3期目に入った―――は「日本には深く同情する。亜連政府はイカれている」とSNSに投稿したが、その姿勢がすでに弱腰と非難された。
ただ何もしないというわけではなく……海軍太平洋艦隊が西太平洋に展開し、太平洋に戦略爆撃機が警戒をはじめた。
ホワイトハウスの報道官は「これは演習の一環である」と述べたが、誰の目から見ても亜連へのけん制であることは明らかであった。
ユーロタイムス ティティリン支局 アルドール・ニルソン記者 現地時間1月12日午前11時30分発信
亜細亜太平洋島嶼連邦共和国の首都ティティリンは首都防衛の目的で軍隊が展開しているものの、比較的平穏を保っている。
開戦の報をきき、朝8時頃には、数百名近い群衆が大統領官邸前に集結し、国旗を振って応援をする姿も見られた。
開戦直後、当局より発せられた物資統制令、情報統制令にも国民は目立った動揺は見られない。
しかし国家保安省による国民監視の目が行き届いていることを考えると、多くの国民は感情を見せていないだけかもしれない。
また、数名の亜連国民が匿名を条件に取材したところによると―――いまいちピンときていないのかもしれない。
核攻撃、東京襲撃も日常の範囲外で何も影響はない。
ただし、戦争の勃発とともに身内に軍人がいる者、動員令の発動により、予備役招集等を受けた者はやはり不安だと漏らすものもいた。
また、配給制もまだ何も具体的な情報がもたらされていないものの、漠然とした不安はあると話した。
国家保安省報道局はプレスセンターに対し、当局や軍を通じての取材を原則とする旨の通知を出した。
亜細亜太平洋島嶼連邦共和国は急速に戦時体制を整えようとしているが、配給制の具体的報知がなく、報道統制もまだ行き届いていないことからも、確立できていないのは明らかである。
日本は一方でどうだったか。
内閣官房は早い段階で、速報的に各報道機関の報道や世論調査などをまとめた。
敵の核戦力を取り除き。核の第二撃を阻止すべきである。
そのような世論が多かった。
なかには島嶼部の奪還により、焦った敵が核攻撃をするのではないか。
それを考慮した場合、戦線は一旦こう着し、交渉を進めたほうがよいのではないか、という案すらあった。
なかにはそれとは正反対に―――叶うことなら―――日本は米国に積極的に参戦することをすすめ、亜連本土を核で焦土にしてもいいので、核戦力を完全に排除すべきだという意見もあり、こちらは極論ながら、一定の支持を得ていた。
「日米安保は核の報復で実施を!」
「アジアと太平洋の平和は亜連に対する核攻撃によってのみ実現される!」
「亜連を海に戻してしまえ!!」
といった世論がSNSではやった。
このなかにおいても「戦争反対」「亜連にも言い分はある」「戦いではなく、対話を」と述べる者もいた。
しかし、テレビ局から出た、かのような識者を暴漢が殺害してしまう事件も発生した。
警察庁長官と国家公安委員長はただちに会見を開き、無辜の者に対する暴力、犯罪は断じて許さず、取り締まると発表した。
このような極端な事例は日本国民の片隅に追いやられた。
また、行動力ある市民のなかには戦火に焼かれた東京や放射線の残る浜松に向かい―――当局は浜松への進入その放射線の影響から引き返すように訴えたが、それでもなお、浜松市の周辺地域には―――いつも大きな自然災害が起こったときのように、自分に何かできることはないかとやってきては、救護や復興支援活動に従事するのだった。
そして、何より多くの国民は、次の核攻撃を恐れていた。




