第3話 議論
11月末
東京都新宿区市ヶ谷の防衛省に、自衛隊制服組の首脳陣が集結していた。
彼らが地下5階の幹部会議室に集結した理由は、極秘の会合を行うためである。
議論は『亜連の、日本侵攻の具体的予測について』
出席者の皆さんのおかれましては、と司会役の統幕の二等空佐が言った。
「亜連が、もし日本に侵攻した場合、具体的にどう攻めるか、また自衛隊はどう守るかも議論していただきたいと思います」
数瞬の間の後に、発言があった。陸上幕僚監部防衛部の一等陸佐だった。
「個人的推測ですが、亜連の陸上戦力のみでは日本全土は不可能だと思う。強大な海軍力を主力にして侵攻してくると思う」
統幕の三佐が大きいホワイトボードに板書していく。
「なら」と議論をはじめたのは、海上幕僚監部防衛部の一等海佐だった。
「考えられるのは、日本の海上封鎖、通商破壊、海上戦力への攻撃となるか」
「そのためには航空戦力に後ろ盾が必要だな」
航空幕僚監部防衛部のの一等空佐が言った。
「恐らく島嶼部への攻撃、奪還も考えられます」
陸上幕僚監部運用部の一等陸佐が言った。
「可能ならば、前もって部隊を展開させた方がいいと思います。そのためには防衛出動待機命令が必要ですが……」
防衛出動待機命令は、防衛出動命令―――自衛隊が武力攻撃を排除するため、武力の行使を命じる行動命令―――を下す前に、武力攻撃が懸念される場合、防衛出動待機命令が発令されれば、防御陣地の構築などができる。
なお、防衛出動待機命令が出せるのは総理大臣の承認が必要となる。
「例えば演習目的で展開したり、駐屯地や基地のなかで陣地を構築したりするのは可能ではないか」
海上幕僚監部運用部の一佐が答えた、
「うん」
統幕長が頷いた。
「駐屯地や基地内で準備できることはしよう。可能ならば演習目的の展開も考えよう」
「しかし、それでは亜連を戦勝に持ち込むことは難しいですな」
勝利条件にもよるがね、と付け足しながら海上幕僚長。
「恐らくですが、核戦力による恫喝を中心に行うのでは」
統合幕僚監部運用部の一等陸佐が言った。
「日本のどこかを攻撃し、その後核戦力の使用を示唆し、日本に降伏を迫るのでは」
「理解はできる」
陸上幕僚監部運用部の一佐がまずは頷き、そのまま続ける。
「しかしそれなら通常戦力による攻撃の効果が弱すぎる。また、核戦力による示唆がそれだけは弱い」
「では、洋上での核攻撃はどうでしょう?」
航空幕僚長が周囲に視線を目を走らせながら言った。
「それでも弱いな。具体的な被害がない限り、核兵器の使用も効果はない」
陸上幕僚長が背もたれに寄り掛かって言った、
「まさか、日本本土都市部における核兵器の使用……」
統幕運用部の一佐が絶句したかのようにぼやいた。
「それもないな。逆に使用すれば、日本政府および日本国民は報復として戦闘を望むと思う」
否定したのは統合幕僚長の服部陸将だった。
「そういえば、米軍の介入はどうするんだろう」
陸上幕僚長が言った。
「核戦力による恫喝で、介入も難しいのではないでしょうか。アメリカは核保有国との戦闘を恐れています。そのまま核戦争に突入するのを恐れて、です」
海上幕僚監部運用部の一等海佐が言いたくなさげに話した。
「米軍は頼りにならない。となれば、我々の力のみで何とかするしかないようだな」
服部統幕長が言った。
「我々の力のみであっても、何とかしてこの国を守るのだ」
12月初旬
閣議。官邸閣議室には各大臣が出席していた。
「内閣情報官や他省庁から報告があった通り―――」
そう言ったのは副総理の緒方だった。
緒方は与党の重鎮で、役職も党顧問の地位についている。
しわの目立った顔にしかめっ面をして、話をしている。
「亜連の最近の行動は、近く大規模な軍事的行動を起こす可能性が高まっています」
緒方は穏やかな声色と言葉づかいで、鈴木総理を見た。
表情は硬く、考え込んでいるようだった。
「ここは我が国も、亜連も何らかの防衛準備行動を起こすべきかと考えます」
鈴木総理は黙り込んだ。
「しかし、来月には友好団体が1800名、来日します」
そう言ったのは外務大臣の飯村だった。黒縁メガネの初老の男だった。
「かえって刺激しない方がよいのでは」
「その事実は把握しています」
副総理は言った。
「しかし、事実として、彼らは様々な行動が信頼できる情報筋から伝えられ、その情報を総合するに大規模な軍事行動を近々起こそうとしている可能性が高いという評価は出ています。大規模な友好団体が来るときにこの行動は確かに違和感はありますが、これは見逃せません」
鈴木総理が口を開く。
「亜連の演習のある1月初旬にかけ、自衛官らの外出禁止令を出しましょう。同時期の亜連近海に護衛艦を出動させ、情報収集を。不測の事態に備え、ミサイル防衛部隊を各地に配備させて、破壊措置命令を下します。名目は―――北朝鮮のミサイルが発射の可能性があるとしましょう。また、我が国の民間企業に防衛省経由で武器弾薬の増産体制を」
「わかりました」
二宮防衛大臣は頷いた。
数瞬の間の後に、鈴木総理は言った。
「あとは」
言葉を詰まらせ、ため息をついた後、鈴木総理は続けた。
「あと、現段階で我々のすべきことは、ないと思います」
閣僚全員が黙った。
そうだろうな、と緒方副総理兼外務大臣は目を細めた。
いや、総理はよくやってる。亜連を挑発しないようにしている。あえて北のミサイル防衛を目的としているのは、そのためだ。
そしてこうも思った。これでは、亜連の侵攻を食い止められない。
いや、日本だけではあらゆる手立てを打ってもだめだろう。
亜連はやる気だ。それを挫く手立ては、我々にはない。
その面映ゆさを全閣僚が抱えた。
鈴木総理が全員を見渡した。
「もし、亜連の情勢で何かあれば、小さなことでも私に報告をお願いします」
はい、閣僚たちは頷いた。




