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神獣と選ばれし王 【伍國豊穣記】  作者: 盛嵜 柊 @ 『シド』書籍化進行中
~白き獣と次代の王~

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〔9〕ソーラムの闇

「ふぅ~。緊張した」


 ギルド長から解放され傾く太陽に照らされながら、ディアンは街灯の灯り始めた町中に帰路を求めた。

 初めて会ったにも拘らず、ギルド長に(いわ)れない疑惑を向けられていたと知ったディアンが、冷や汗を流していた事は言うに及ばず。故に、緊張が解かれたディアンは既にグッタリしていた。


「今日はもう帰って寝よ……」


 すれ違う人を避けながら気疲れした体を引きずって歩みを進める。

 食欲はなくなってしまったが何か食べなければと、ディアンは目に付いた露店にフラフラと近付いていった。


「おじさん、包肉(つつみにく)二つ」

「まいどあり!」


 人通りの多い路地の片隅で、腹を空かせて通り過ぎる人々に香ばしい匂いを振りまく店主は、食いついてきたなと言わんばかりに満面の笑みを浮かべ、手際よく手の平サイズの物を二つ手に取った。

 既に焼き色がついた丸めた団子をつぶした形の物を、店主は温め直しも兼ねて鉄板の上に置く。湯気の立つ鉄板の上でジュージューと音を立てる物を見ていると、ディアンの失った食欲が復活しての腹の虫が今にも鳴き出しそうになってくる。


 これは安くて腹の足しになると、ディアンが小腹が空いた時によく食べている物だ。この包肉は甘辛く味付けしたクズ肉を、蒸して潰した粘り芋で包み、香ばしく焼き色を付けただけの手軽な庶民の食べ物である。食べやすいし冷めても美味しいので、冒険者が携帯食として買っていく事も多い。


「待たせたね、銅貨8枚だよ」

「ありがとう」


 ディアンは言われた金額を支払って紙に包まれた包肉を受け取る。温かい包みを胸元に寄せれば、香ばしい匂いが立ちのぼってきて思わず喉を鳴らした。


 ディアンが歩みを進めつつ今すぐかぶりつきたい誘惑に抗っていれば、突然後方からザワザワとした喧騒が近付いてきた。

 振り返ると、人の隙間から誰かがこちらへ走ってくるのが見えた。気付いた者達がうろたえるように道の隅へ移動していく事で、騒ぎの理由に思い当たったディアンの顔が険を帯びる。

 人を突き飛ばしながら走ってくる者は、次第にディアンに近付きハッキリと認識できる距離となる。くたびれた服を着た緑髪の男が桃色のバッグを小脇に抱えて走る姿に、ディアンは「またか」とうんざりした。


「誰かぁっ!! そのスリを捕まえてぇ~!!」


 女性の甲高い声が通りに響き、ディアンの予想が当たっていた事を伝える。

 ディアンはその場で屈みこむと、足元に落ちていた小さなの石を掴む。起き上がりざま、今脇を走り抜けていった男目掛けて渾身の力で腕を振り抜くと、石は一直線に飛んで走っていた男の後頭部へ見事命中した。

 すると男は軽い脳震盪でも起こしたように、カバンを落とし、足をもつれさせて顔面から飛び込むように地面を滑っていった。


 幸いディアンが投げた石に気付かれた様子もなく、ディアンを気にする者は誰もいない。

 倒れた男からバッグを奪い返した女性を確認したあと、ディアンはその場を離れた。


 ―ソーラムは治安が悪い―


 孤児院の院長が、冒険者になって町に住むといったディアンを一番心配したのはその点だった。

 時々食料の買い出しで訪れるソーラムの町は、ここ数年で特に治安が悪化してきたようだと院長は言っていた。それは物価が高くなった事にも比例しており、町の住民に不安の種を落としている。

 ここは田舎町だというのに年々物価は上がる一方で、その原因は高い税にあるのだと囁かれていた。


 地方を任されている領主には年に一度国に税を納める義務があり、住民は領主に管理への返礼として税を納める事が決められている。勿論その税率を設定するのは管理している側だ。

 近年ではここの住民が納める税が四割になったと聞くし、皆が余裕のない生活をしている事はディアンも肌で感じていた。そんな町で暮らす住民達は、それに文句をいう事もできず皆ギリギリの生活をしているのだ。


 もしも税金を払えない場合は造反したとみなされ、強制労働をさせるとして何処かへ連れていかれると聞く。だが、その刑期を終えて戻ってきた者はいないとも噂されている。だから税を支払う為に上がる物価には、誰も異を唱えられないのだろう。ディアンはそんな風に思っていた。


 因みに冒険者が納める税は住民とは別の括りとなっており、冒険者はギルドから出される依頼報酬の二割が初めから引かれていて、冒険者ギルドがそれを纏めて国に納めくれている。その為冒険者は何処の町で生活していても、それ以上の税を取られる事はない。なお、素材の買い取り時に取られる税は一割。素材はその金額の殆どが冒険者の懐に入る仕組みとなっている事は余談である。


 そんな税の高い町ではスリや物取りはよくある事で、今も誰も手を貸そうとしないのは見慣れた光景だった事も理由のひとつだろう。そしてその犯人がまた同じ事を繰り返す事も、皆は分かっているのだ。


 ディアンが我関せずと歩き出した後方で、ドカドカと足音を立てながら集団が近付いて来るのを感じた。その音に、周りで足を止めていた者達が蜘蛛の子を散らすように消えていった。


「おいおい、またスリか? ああ?」


 聞こえてきた野太い声には、嫌悪感ではなく嘲笑が含まれている。

 その声は振り返るまでもなく、この町の自警団員であるとディアンは知っている。


「は……はいっ……」


 バッグを奪い返した女性が怯えたように答える傍らで、倒れた男を拘束している自警団員が「目を覚ませ」と男を蹴飛ばす音が続く。

 聞こえてくる音を耳から排除し、ディアンは一定の歩みを保って小さくため息を吐いた。

 ディアンも住民達と同じで、その場に長居をするつもりは毛頭ない。自警団に目を付けられれば事あるごとに因縁を付けられ、もうこの町には居られないだろう事は目に見えていた。


 この町の自警団は領主が雇っている傭兵の集団で、町の治安維持を目的に配備していると云われている。

 しかしディアンが見た事のある自警団員は、まるで破落戸(ごろつき)が揃いの衣装を着ているようにしか見えず、粗野な言動で闊歩する彼らからは、住民に対する配慮など皆無である印象を受けた。


 それに……。


 自警団に捕まった犯罪者は直ぐに釈放されて町に戻ってくるというし、ディアンもこれまでに何度か、今の男が自警団に拘束されているのを目撃した事があった。

 どうして捕まった者が直ぐに町中にいるのかは知らないが、少なくとも刑罰を受けたようには見受けられず、再び先程のように犯罪を繰り返しているのだ。

 過去には暴力を振るって捕まったはずの男が、後日自警団員の制服を着て町中にいた事もあるらしく、それらを知った住民達はただ自警団に関わらぬよう、静かに息を潜めた生活を余儀なくされているという状況だった。


 ―罪を犯しても、重い刑罰は受けない。故に税金を払えない事よりも、罪を犯した方が罰は軽いらしい―


 そういった歪んだ認識が一部の者に広がっていった結果、この町の治安はどんどん悪くなったという噂も聞くが、ディアンには本当のところなど分かろうはずもない。


 ただそれを考える時にいつも思う事は、『この国は何をしているのか』とう事だった。

 確かに戦争もなく平和に見える国に在って、それだけで恵まれている国民だといえるのだろう。しかし国土の片隅で肩身の狭い想いをしながら暮らす民を、偉い奴らはどう考えているのかと問いただしたくもなってくる。とはいえ、ディアンがそんな事を思ったところで何も変わるはずがない。


 思考に歩調が遅くなっていたディアンは頭を振って思考を止めた。

 ディアンが向かう居住区は、街灯もなく夜空と影の境があいまいな場所にある。そこに裕福な家はなく物取りすら現れない場所であり、気は抜けないがある意味安全地帯ともいえるだろう。その為夕陽が落ちる時間において、完全に闇が来る前に辿り着きたいと、ディアンは冷めてきた包肉の温もりを抱え直して足を早めた。


 それから間もなく家までもう少しというところで、視界前方に白く小さなものが横切った。


「……?」


 もう町の端まで来ているディアンの周りに道行く人の姿はなく、家々が落とす薄闇が物の影を作っているだけだ。目の錯覚かと思ったものの、ディアンの行く先にあるそれは道の端で留まっているように見える。

 嫌な気配もないしどうせ進まねばならないのだからと、ディアンはゆっくりと白いものを視界に入れながら近付いていった。


「ニャー」

 緊張していたディアンは、聞こえた鳴き声にホッと息を吐いた。

「なんだ……猫か」

 別にオバケが怖い訳ではないが、もしも危険な生き物であればと無意識に警戒してしまっていたのだ。

 更に近付くと、それは小さな白っぽい猫であると分かった。薄闇でハッキリとした色は認識できないが、その猫がこちらを向いて大人しく座っていた。


「ニャァ~ン」

 ディアンが見詰めていれば、猫が何かを訴えるようにまた鳴いた。

「ん、どうした? ―――ああ、お腹が空いてるんだね?」

 ディアンは胸に抱えた包みを下ろし、猫の前で(しゃが)みこむ。

「君は運がいいね。今あげるからちょっと待ってて」

 食べながら帰らなくてよかったよ、と独り言ちるディアンの言葉が猫に通じているかは分からないが、猫は尻尾をゆらゆらと振りながら大人しく座っている。

 きっとディアンが抱えた食べ物の匂いに遠くから気が付いたのだろう。ディアンは紙袋から包肉ひとつを取り出して指で小さく切り分ける。


「はい、どうぞ」

 猫は差し出されたディアンの指先に視点を合せると、顔を近付けて匂いを嗅いだ。

「ふふふ。もう熱くはないから大丈夫だと思うよ?」

 ディアンの声で促されたように猫は小さな口を開き、ディアンの指から包肉だけを器用に抜き取っていく。

 目を細めて咀嚼する猫に、ディアンは相好を崩す。


「ニャア~」

「ふふ、お代わりだね?」


 ディアンは猫が満足するまで手ずから包肉を与え、猫が顔を洗い出したところでゆっくりと立ち上がった。


「お腹が一杯になったみたいだし、じゃあ僕はもう行くね」

 忙しく毛繕いする猫にバイバイと手を振って、ディアンは家路を急いだ。


「結局ひとつ、食べちゃったか……」


 軽くなった包みに苦笑しているが、ディアンの足取りはその表情とは裏腹に随分と軽やかなものになっていた。


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