〔10〕早朝のギルド
流れる時間は、辺境の町ソーラムにも平等に訪れる。
その暦は暑い盛りの峠を越えたものの、町中に吹く風はまだ熱気を失ってはいない。
早朝から纏わりつく熱にうんざりしながらギルドへ入ったディアンは、そこに居るはずのない面々を見付けて立ち止まった。
「おはよう。ディアンは相変わらず早いんだな」
声がした先にはロセット、フェンス、オルルの三人がいて、入って来たディアンに気付き手を挙げた。
「おはよう。今日はどうしたの? 三人揃ってこの時間に珍しいね」
ディアンはソロ冒険者故に少ない選択肢の中から少しでもよい条件の依頼を選ぶ為、人に取られる前の朝一でギルドに来る必要があって早朝出勤は当たり前だ。その意味で、彼らは3人で“薫風の翼”というパーティーを組んでいる為、同じDランクでも焦ってギルドに早く来る必要がないはずだった。
チョイチョイとオルルに手招きされ、首を傾げつつディアンは彼らの方へと移動する。
「そう言うなら、ディアンはまだ知らないんだな?」
耳打ちするような音量でロセットが話す。
「ん? 何かあったっけ……?」
キョトンとするディアンを見て、三人は顔を見合わせて頷きあった。
「確かにまだここにはなかったしね~」
とオルルが意味不明な事を呟いた時、フェンスが顔を近付けてきた。
「俺達、隣町で噂を聞いたんだよ」
また噂か、とディアンは口をへの字に結ぶ。
「僕は知らなくてもいいよ。別に天から月が降ってくる訳でもないし」
「にゃはは。ディアンは面白いこと言うね~。そんな事になったら噂をする前に死んじゃうね~」
とオルルが笑う。
「いいや、ディアンも知っていて損はないだろう」
ロセットの真面目な視線を受け、ディアンは渋々頷いた。
「……わかった」
「―――中央方面の冒険者ギルドの噂だ」
「え? 中央って王都のほうって事?」
「そうだ」
想定外の話に、ディアンは驚きに目を見開く。
ギルドに関する噂であれば、確かにディアンが知らなくていいとは言えない。
「……ギルドがどうかしたの?」
ディアンは眉根を寄せた。
「俺達は昨日まで、依頼で隣町に行っていた」
「昨日の夜中に戻ったんだよ~」
ロセットとオルルの言葉に頷いたディアンは、彼らが十日間程町を出ていた事を知っていた。
「そこで聞いた噂だが、最近中央の貴族達が冒険者ギルドに妙な依頼を出しているというものだ」
「――今までも貴族が上位ランクに依頼を出す事はあったし、それが妙な依頼でも僕には関係ないよね?」
「そうそう、今までも時々貼ってあったよね~。でも今回はちょっと面白そうだったよ~」
「ふ~ん………」
正直、ディアンは関係ないしどうでもいいと思った。
しかし……。
「ランクを問わず、とある物を探すだけで金貨10枚くれるんだって」
フェンスが耳元で紡ぐ言葉に、流石のディアンも目を見張る。
金貨10枚といえばAランクの報酬に相当するが、それをランク問わずと言われれば、誰もがその依頼に殺到するのは間違いない。
「その依頼は今、王都から辺境に向けて拡大しているとも聞いた」
フェンスの言葉を肯定するように、ロセットが情報を追加する。
「え? その依頼があちこちのギルドに貼りだされてるって事?」
「そうそう、同じ貴族だけじゃないけどね~。でも貴族達がこぞって同じ依頼を出すって変だよね~? 多少報酬の違いはあるっぽいけど、内容はほぼ一緒だってさ~」
「……で、とある物ってなに?」
ディアンはそこで一番知りたい事を訊ねたが、三人ともが揃って首を振った。
「噂では目的の物までは伝わっていなかった。俺達も調べたが、それは結局分からず仕舞いだ」
「そっか………」
ディアンの思考は空回りする。
同じ依頼というならば、何かの素材を探してほしいという依頼は今も沢山あるし何も珍しい事ではない。
しかし、いくら貴族と言えどもランクを問わずに出す依頼に金貨10枚を出し、それが王都から地方ギルドにまで依頼が広がっているというのは違和感しかない。
どうして噂が流れる期間に誰もその依頼を受けなかったのだろうと疑問が湧くものの、しかしそれは確実にないなとディアンは首を振る。ディアンがもしその依頼を見付ければ、迷わず飛びつく自信があるからだ。
という事はつまり、入手しても同じ物を何度も探させていると考える方が自然だろう。――もしくは、まだ誰も達成できていないが故に、依頼地域を拡大させているか……だ。
どちらにせよそれは余程貴族にとって価値のあるもので、貴族同士で取り合いになっている可能性に思い至れば、ディアンは無意識に顔を歪めてしまう。
貴族が目くじらを立てて探す物など、きっと碌なものじゃないはずだ。それが仮令金貨10枚の報酬であろうとも、あとで何か起こるのではと考えれば簡単に気持ちは萎む。
ただこれはあくまでも噂話であり、今深く考えても仕方がない事だとディアンは我に返った。
「……でもこれってただの噂なんだよね?」
「俺も眉唾だとは思ったんだが、どうも噂は嘘とも言い切れない。隣町のギルド職員へ婉曲に聞いてみた結果、他のギルドの話をお答えする事はできませんと、否定はされなかった」
「そうなんだ……」
という事は、その噂は嘘ではない可能性が大。
しかし話の全容が今ひとつ掴めず、これは実際に依頼を見てみない事には何とも言えないなと思う。
―あっ―
その時ピンときたディアンが彼らをまじまじと見るが、三人とも残念そうに首を振っただけだった。
「そういう事か……」
「ああ。そういう事で、無駄足だったという訳だな」
苦虫を噛み潰したようなロセットを見て、ディアンは「なるほど」と苦笑する。
どうして帰ってきたばかりの疲れている彼らが、出る必要のないこんな早朝からギルドに居たのか。今の話を聞いてディアンは彼らの行動を理解した。
「隣町のギルドにはあった?」
「なかったよ。けど、もしかしてこっちにはあるかもって考えるでしょ?」
フェンスが口を尖らせて答えた。
「まあ、その考えはしなくもない……」
「だよね~? もしあったとしたら、出遅れる訳にはいかないじゃ~ん?」
「なのに期待外れだし眠いしで、どっと疲れちゃった」
頑張って早起きしたのにと、フェンスがディアンの肩にズシリと重い頭を乗せた。
「気持ちはわかるけど、フェンスの頭が重い」
「だって俺の気力はもう空っぽだよ? 今すぐ寝たい」
「だからって、ここで寝るなよ」
「あ~オレも混ぜて~」
「ぐえっ、オルルまで……」
「おい二人とも、ディアンが潰れるだろうが」
「え~いいじゃん、ちょっとくらいぃ~」
「駄目だ。ほら、俺達はもう帰るぞ」
やいのやいのと言いあう中、二人を引き剝がしてくれたロセットの発言にディアンは目を瞬かせた。
「え? 三人とも帰るの?」
「ああ、確認は済んだからな。結果も結果だし、流石に今日は休みにする予定だ」
「まあ、そうだよね」
隣町から戻った翌朝、それも朝一にわざわざ出てきたのに当ても外れたのだ。それに二人とも寝たいとぐずりだしているのだから、帰ってゆっくり休んだほうがいいだろう。
「そういう事で、そっちも何か分かったら教えてくれ」
「わかった。何かあったら言うよ」
じゃあね~とロセットに引きずられて行く二人に手を振って、ディアンは自分の目的の為に足を動かす。
噂の件で思いのほか話し込んでしまった為、既にギルドには冒険者が集まり始めてしまっていた。ぐずぐずしていると、ディアンは今日の依頼を受けられなくなってしまうだろう。
足早に掲示板の前に滑り込み、目に付いた掲示物を手に取った。
それはEランクと書かれていたが、これ以上は奥に割り込めそうもないので致し方ない。
「今日は初心に返るつもりでやるか」
まるで自分に言い聞かせているかのように聞こえてしまい、ディアンの独り言には苦笑が伴った。
ここのところ魔獣にばかり目が行っていた事もあり、たまにはいいかとディアンは踵を返して受付へと向かった。




