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神獣と選ばれし王 【伍國豊穣記】  作者: 盛嵜 柊 @ 『シド』書籍化進行中
~白き獣と次代の王~

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11/24

〔11〕雨と絶望

「ディアンさん、今日はごゆっくりですね」


 目の前にいるのは、いつも早朝から受付を担当しているキャリイさんだ。

 年齢は二十一歳。若草色の目に桃色の髪をポニーテールで纏めた可愛らしい女性で、ギルドの制服である焦げ茶色のベストと赤いタイがよく似合っている。

 毎朝訪れるディアンを気に掛けて、よく声を掛けてくれる優しい女性である。


 ディアンはキャリイの対面から、手にする依頼書を差し出した。

「ああ、ちょっとロセット達と話していて出遅れたんだ」

 苦笑気味に言えば、ニコリとキャリイさんに笑われる。

「薫風の翼パーティーと、仲がよろしいですもんね」

「そうだね。よくしてもらってるよ」

 と、ディアンも笑みを添えてキャリイに返事をした。


 ソロ冒険者で人の少ない早朝に顔を出すディアンは、友人と呼べるまでに話せる者が少ない。

 そのロセット達三人とは依頼終わりの時によく居合わせ、ランクも年も近いという事で話すようになった仲だ。

 早朝出勤のディアンと帰りが同じくらいになる彼らに思うところがない訳ではないが、ソロというのはそういうものだと諦めるしかない。仮令秘密があるとはいえ、ソロを選んだディアンの自業自得なのだから。


「それでEランクなんですね。この時間だと……確かに吟味している暇はなさそうですもんね」

 ランクが上がってからずっとDランクの依頼を受けているディアンに、掲示板へと顔を向けたキャリイが言った。ディアンが振り返ってキャリイの視線を追えば、掲示板の前はさらに密集地帯となっていた。


「僕はあの中に割り込んでいく勇気はないよ」

 ディアンが肩を竦めて言うと、キャリイに苦笑される。

「それでは、今日はこちらの依頼を受付いたしますね。少々お待ちください」

「よろしく、キャリイさん」


 受付の列も長くなり始めた事もあり、ディアンは手早く処理を済ませたキャリイに礼を言い、足早に冒険者ギルドをあとにした。


 ディアンが今日受けた依頼は、ララビットと呼ばれるウサギの素材採集。

 ウサギといえば一般的なものは小型だが、このララビットは大型で一抱え程の大きさがある。そのせいか、通常、ウサギは10匹程度の群れを作っているのに対し、ララビットは2匹程度の少数で暮らしている。

 そして一番特徴的なのは、その見た目だ。

 獣は住環境に馴染む色合いが多いと言えるが、ララビットは草木の中で目立つ綺麗な薄紅色の毛を纏っている。その毛皮は金持ち達に人気らしく、ララビットの毛皮採取は掲示板によく貼り出されている依頼書だった。

 ララビットの相場は一匹が銅貨50枚とEランクの中では高額で、ディアンもこれまでに何度か受けた事がある。生息場所も町から然程遠くない場所にある事も分かっており、今日の依頼はディアンにとって時間も掛からない簡単な依頼だといえた。


「さてと。今日はサクッと終わらせよう」

 気合を入れ、屋台で蒸しパンを一つ買ってからディアンは北へと足を向けた。



 ソーラムは、北側の山を背にして続く森の一画を切り開いて作られた町だ。そして(うずたか)い隔壁もない為、北へ向かう時は南にある門を通らずとも町中を抜けて外へ出る事ができた。


 密集する建物の合間を通り過ぎて低い壁を越えると、緩やかに上る広い草原へと繋がっている。

 そして草原の向こう側に、青々とした森を抱える雄大な山々が視界いっぱいに広がっていた。

 その裾野である北の山の浅い場所に、ララビットの生息地はあった。


 ディアンはこれまでに何度かこの北の山に足を踏み入れていたが、山の中腹より先へ行った事がない。それはこの山の森が深く、山頂付近では強い魔獣が出ると言われているからだ。

 そんな場所でも上位冒険者ならば躊躇なく進めるかも知れないが、それでなくてもディアンはソロだ。仮令途中まではすんなり行く事ができたとしても、奥に進んで何かあった場合、ディアンは自力で戻れなくなると分かっていた。


 草原に吹き降ろす風がディアンの藍色の髪を撫でていく。頭上に続く何処までも青い空の遠方には、朝陽に輝く大きく分厚い雲が既に存在感を見せつけていた。

 今日も暑い一日になりそうだ。

 そんな思考を切り上げて乱れた髪に外套のフードを被せると、ディアンは視線を山へと向けて木陰の中に足を踏み入れていった。



 それから昼を過ぎた頃、梢から覗く空に変化が訪れる。

 現在ディアンはララビットを三匹仕留めていて、あと一匹で切り上げる予定にしていた。しかしどうやら雲行きが怪しくなってきたなと、影が薄くなった足元に気付いたディアンは頭上を見上げた。


「これは一雨くるな……」


 山の天気は変わりやすい。出掛けは晴天に恵まれていたこの辺りにも、どうやら分厚い雲がやってきたようだった。

 今から町に戻るまでの猶予はなさそうだ。そう結論を出しディアンは周辺を見回してため息を吐く。ここまでの道中で、雨が凌げる場所を見掛けてはいない。


「もう少し先まで行ってみるか」


 上に希望を求めたディアンは、フードを被り直して足早に山を登り始める。

 もうララビットを気にする時間はない。


 ザクザク音を立てるディアンの足音だけが辺りに響く。どうせ雨が降ってしまえば足場が悪くなり、逃げ回るララビットを追いかける事もできなくなってしまうのだ。

 早々に思考を切り替えて、今は雨を凌げる場所を探し始めたディアンだった。


「あった」


 何とかまだ雨には追い付かれぬうち、ディアンは視界に影を作る突き出した大岩を見付けた。

 近付いて見ると岩陰は人が二人入れる程度の浅い(うろ)で、多少苔むしているが、表土は草もなく押し固められており障害物もない。

 こうしてディアンも目に付いたくらいの大岩だ。他にも誰かが雨宿りに使っているのだろうと、ディアンもありがたく場所を借りる事にする。


 担いでいたララビットを洞の前に置いて、ディアンは剣を背負ったまま風に煽られる外套を体に巻き付ける。洞の奥で膝を抱えて腰を下ろす頃には、森も暗くなり葉を叩く雨音が徐々に近付いてきていた。


「ギリギリだったな」


 今日はまだ休憩らしい休憩を取っていなかった事もあって、ディアンは水袋を出して喉を潤す。

 そうこうしている内に目の前は滝のような雨が打ち付け、遠くに響く雷鳴を耳にしてディアンは身を乗り出し空を見やった。


「これはすぐに止まない雨かも知れない。早まったかな……」


 先程の位置から町までは、二時間もあれば着く距離だったはず。多少ずぶ濡れになってでも下山すればよかったかなと、ディアンは洞に背中を預けた。それに、簡単に済むと思った今日の依頼も、思い通りには行かなかったとディアンの口からため息が漏れた。


 今日は裏目裏目に出ている気もするが、たまにはこんな日もあるのだろう。

 そんな事を考えながら、ディアンは雨に打たれているララビットに視線を向ける。三匹ともすぐに血抜きをしてあるものの、それはあくまでも応急処置の範囲だ。だからこの雨で血を洗い流してもらえばいいと、思考をプラスに変え、ディアンは頬杖をついてララビットに落ちる雨を見詰めた。



 雨音の子守歌に、ディアンはいつの間にか目を瞑っていた。

 どれくらいそうしていたのか。ポチャンという雫の音で目を開けたディアンは、自分が眠っていた事に頭を抱えた。

「森の中で居眠りしてるとか、あり得ない……」

 今日はとことん上手くいかない日で、ディアンが寝ている間に雨も上がっていたようだった。


「…………もう、このまま素直に帰ろう」


 ディアンは立ち上がって洞から出る。

 陽が戻ってきた森の中はキラキラと輝き、籠っていた熱もなくなって風が通れば涼しいと感じるくらいになっていた。

 グーッと伸びをしてから、ディアンは足元にあるララビットを縛った縄に手を掛けた。


 その時、ディアンの体にチリチリと覚えのある感覚が走り抜けた。


 ディアンは手から縄を落とし、咄嗟に正面へと視線を向けて腰を落とす。

 すると、視界の奥にある低木の間から、一匹の大きな黒い獣が姿を現した。眼光鋭くディアンを見据える獣の胸元には、血のような鮮やかな赤が浮かんでいる。


「ガ、ルム…………」


 目を見開いたディアンの動きが不自然に止まり、そのまま全身が硬直したように動かなくなる。


 冒険者になってから知ったのは、ガルムは群れで人を襲う獰猛なAランクの魔獣という事。そして単体でもCランクに相当し、やっとDランクになったばかりのディアンでは遭遇してはいけない魔獣という事だった。


 しかしそれ以前に、忘れていた恐怖がディアンを襲っていた。

 全身の毛が逆立つような感覚の中、ディアンの口からカチカチと歯の当たる音が鳴る。

 自分の体ですら思うように動かせず、ディアンは悠々と近付いてくる赤色をただ見ているしかできなかった。


「ガルルルルッ」


 喉の奥から鳴らす威嚇音を立てながら、ガルムは前足を屈めて重心を落とし捕食行動に入った。

 それを正面に見つめながらも、ディアンは逃げる事も剣を握る事すらできなかった。

 そんな視界の中では次の瞬間、ガルムが弾みをつけて地を蹴り、ディアンに飛び掛かる様子がゆっくりと映し出されていた。


 ディアンの体から血の気が引いていく。

 奇しくも両親と同じ魔獣に殺されるのかと、ディアンは最期の衝撃に耐えるように顔を伏せ強く目を瞑った。



「ギャウンッ!!」



 長いように感じたその一瞬に風が吹き抜けたあと、悲鳴のようなガルムの声が響いてディアンは恐る恐る目を開けた。

 薄眼に見える自分の手は細かく震えているが、その手の何処にも傷ひとつ付いていなかった。それに、受けたはずの激痛もない。


 全てを疑問に思ったディアンが顔を上げると、目の前に居るガルムは地に斃れて既に動きを止めていた。その首は食いちぎられたように裂けており、流れ出る血が胸にある赤い毛を艶やかに染め上げている。


 一体何があったのかと慌てて周辺に視線を巡らせれば、陽に煌めく木々の向こうへと白い何かが消えていくのが見えた。

 だが周囲にはそれ以外に動く物がないと分かり、ディアンの体に再び血が巡り始めて思考が再び動き出す。


 それらの状況を理解して“助かったのだ”と判断した途端、全身の力が抜けたディアンはその場に崩れ落ちていた。


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