〔5〕残された想い
孤児院の帰り際に見送りに出てくれたアメリアは、「ちゃんと話せなかったわね」と残念がっていた。
二人がゆっくり話せるのはディアンが孤児院に泊まっていく時くらいなのだが、それも最近はディアンが依頼を詰め込んでいるが故に、殆ど泊まる事はなくなっていた。
「怪我しないように気をつけてね?」
「うん、ありがと。アメリアも風邪引かないようにね」
「ええ、引いてる暇もないしね」
「またね」と手を振って歩き出したディアンは、黄色く染まる町を視界にいれつつも、瞳は遥か遠くを見詰めていた。
ディアンの両親は、ディアンが5歳の時に事故で亡くなった。
それはディアンの心に、『不幸な事故だった』とは言い切れぬ想いを残してしまっていた。
商いを営んでいたディアンの両親は物品の買い付けに国内を度々馬車で巡っており、それには当然一人娘のディアンも同行していた。しかし当時のディアンは正直、親が営んでいた商売の内容までは理解していなかった。
ディアンは小さい頃から活発で、馬車の中でも目に映る景色に手を叩いてはしゃぎ、馬車を停めれば帯同する護衛達にせがんで剣術のまねごとの相手をしてもらっていた。母親にはよく『ディアンはお転婆ね』と笑われたものだ。
そしてディアンが5歳になった年の晩夏、ソーラム近くの街道を進んでいた夕方にそれは起こった。
突如、街道に魔獣が現れたのだ。
しかし当初はそれが群れであるとは気付いておらず、いつもの言葉が飛ぶ。
「近くに魔獣が居ます! 皆さんはまた、馬車の中に隠れていてください!」
父親の所有していた荷馬車は木枠で覆われた頑丈な作りであった為、異変を察知した護衛達に言われるまま積んでいた荷物に紛れ、ディアンは両親に抱きしめられて震えながらその時が過ぎるのを待った。旅をすればこんな事はよくある事で、その為に護衛を雇うと言ってもいい。
しかしその時はいつもと何かが違っていた。
突如として始まった喧騒は一向に止む気配もないまま、馬の嘶きと獣の唸り声、怒号と悲鳴が馬車の中に響き続けた。
その後目に見えぬ不安と恐怖に包まれたまま馬車はギシッと軋む音を立てたあと、ガンッガンッと馬車を揺さぶるような衝撃が何度も続き、ディアン達は耐えきれずに馬車の中で転がった。
父親は起き上がり、恐怖の中にも冷静さを失わぬ紫紺色の瞳で家族を見た。
「これでは馬車がもたない」
「あなたっ……」
「私達も外へ。お前達は私が守る」
ディアンを抱き上げ馬車の後方扉を蹴破るように開けた父親は、しかし馬車を飛び降りた途端そこで足を止めてしまった。ディアンが父親の顔を見上げれば、驚愕に見開かれた父親の瞳が飛び込んで来る。
どうしたのかと視線の先を辿り振り返れば、ディアン達の目の前に大きな四つ脚の獣が立ち塞がっていた。その姿は狼に似た全身が真っ黒な獣で、胸元だけにある血のような赤がやけに目についた。
「魔獣……ガルム……」
父親の小さな声は絶望に濡れていた。
その時のディアンは魔獣がどのような物かを知らず、ただ父親の言葉を受け入れただけだった。だがそれが目の前にいる恐ろしいものだと瞬時に理解して、助けを求めるようにディアンは護衛のおじさん達を探して懸命に顔を動かした。
しかし、最早ディアンの視界で立っていたのは魔獣に剣を向けている護衛が一人だけで、それもあちこちが血に染まり肩で息をしていた。あとの三人は倒れた魔獣に混じり四肢を投げだしたままピクリとも動いていなかった。倒れた黒い獣は十匹以上いたかも知れない。
「おじ……さん……?」
ディアンの声に気付いたのか、戦っていた護衛が焦ったように声を投げた。
「逃げろぉーー!!」
その声で、両親は弾かれたように魔獣のいない方向へと走り出した。父親の服を握り締めて目を瞑ったディアンは、そんな両親の息遣いと自分の早い鼓動だけを聞いていた。
―ディアンにはそこからの記憶がない―
次に残る記憶は、血にまみれた護衛に抱えられて夕陽の中を走っていた時だった。ふと見上げたおじさんの顔は痛みを我慢しているように歪んでいて、ディアンはぼんやりとその顔を見詰めていた。
あとから聞いた話では、最後に残った護衛が三人の下へ駆け付けたところで時既に遅く、両親は重なり合うように倒れていたそうだ。二人の息はすでになく、しかしその体の下に隠されていたディアンだけが生きていて、護衛はディアンを連れて近くの町ソーラムに駆け込んだのだという。
満身創痍の護衛から話を聞いた者達が、その後ディアンの親族を探すために暮らしていた町へ問い合わせてくれたというが、返事は梨の礫だったらしくディアンも両親の親族は知らないと首を振った。
そうしてディアンは身寄りのない者として、ソーラムの町に寄り添う高台の孤児院に預けられる事になったのだ。
両親がいなくなった現実を受け入れられず、暫くは口も開かず心を閉ざしていたディアンだったが、幸いにも両親が襲われていた時の記憶がなかった事もあり、次第に孤児院の環境に馴染み持ち前の明るさを取り戻していった。
ディアンが入った頃の孤児院には年上の男の子が多く、元々活発な子供だったディアンが彼らと木登りや駆けっこをするようになったのは自然の流れだった。時に屋根の上まで登っては、院長先生に怒られた事はよい思い出だ。
その後、成長したディアンが「冒険者になる」と言い出した時に強く反対されなかったのは、そんな経緯もあったからだろうとディアンは思っている。
◇ ◇ ◇
孤児院へ行ってから数日後、朝から照り付ける太陽に汗を流しながら、ディアンは町の外にある畑に来ていた。勿論それはギルドで受けた依頼の為で、今は依頼主から詳しく話を聞いているところである。
「それでな、コッコを攫った奴を見つけて、できれば捕まえてもらいたいんじゃ」
この畑ではコッコと呼ばれる白いトサカをもつ飛べない赤い鶏を放し飼いにし、農作物を食い荒らす害虫を食べてもらっているそうだ。当然夜には小屋に入れて獣に襲われないようにしていたらしいが、それがここ数日、放し飼いにしている日中に一羽ずつ数を減らしており、小屋に入れる夕方になって気付くのだという。
「日中は儂も畑におるが、コッコを連れていった奴を見た事がねえ。誰が何のために攫って行くのかは知らねえが、そんな事をされちゃあこっちは仕事になんねえよ」
「おじさんは獣ではなく、人間が犯人だと思ってるんですね?」
「そうさ。獣や魔獣だったら明るい時間よりも暗い時間に狙うじゃろ? それに姿も見えないとくりゃあ小柄な奴に限られる。じゃから儂は、何処かのガキがやってるんじゃねえかと考えた。コッコを売れば、多少は金になるしな?」
確かにコッコの肉は食用の素材として流通しており、ディアンが通う『たんぽぽ』でも、オルルとフェンスがいつも頼むのは“コッコの揚げフライ”だ。
だがコッコが高額取引かと言われればそうでもなく、買い取り価格は一羽で食事二回分程度と安いはず。それは食用に養鶏している専門の者がいるからで、安定して肉屋などに供給しているからだ。仮令一羽を売ったとしても、生活する為には少なすぎる金額である。
「じゃが、お前さんもまだ子供じゃな……」
農家のおじさんは、依頼を受ける者が子供だとは思っていなかったような口ぶりだ。子供が子供を捕まえるというのは想像していなかったに違いない。とはいえ、まだ誰がやったとは決まってはいない。
「御心配なく。こんな僕でも武器は使えるので、依頼をこなす事は不可能ではありません」
ディアンは体を傾けて背負う剣を見せる。
「それもそうじゃな。お前さんも立派な冒険者なんじゃろうからな?」
期待半分、と言ったところで諦めた笑みを浮かべる農家のおじさんは、「それじゃあ頼んだぞ」と早々に作業に戻っていった。「昼飯はこっちで用意するからな」という嬉しいお誘い付きで。
おじさんの背中を見送ったディアンは、そこで大きく息を吐いて気を引き締める。そもそも犯人がいつ現れるかも分からず、今日は一日掛かりになるだろうと広い畑を見渡していった。
町から続く道沿いに連なる広い畑は、道を境に、片側がおじさん一家の管理する畑だと聞いた。その中の一画に六人程が作業している姿を認め、ディアンは遠くから彼らの風体を記憶する。その他に畑のあちこちで赤いものが動いており、コッコは広い畑に散らばっているのだと理解する。
注視する場所は広いものの見晴らしはよく、畑の奥には少しの空き地を経て木々が生い茂っているだけ。
そんな場所で姿を見せずにコッコを攫っていくものとは、一体何なのだろうか。
ディアンは首を傾けつつも監視場所を探す為、足を進めるのだった。




