〔4〕ディアンの家族
緩やかな上り坂の途中、南風に乱された髪を押さえて足を止めたディアンは、思い出したように後ろを振り返った。
眼下に見下ろす視界一杯の景色、草原に立つディアンからは雄大な自然に寄り添うソーラムの町が見えていた。
「ここからの見える町は綺麗だね」
ソーラムは町の外周を低い石垣が囲んだ造りで、入り口にはアルメオラ国を象徴する白い旗が掲げられている。
外から見れば木々が途切れたなだらか場所に建物が集まっているだけの町。町からの道沿いには農家が管理する畑が広がり、今は色とりどりの実を付けた植物が風に揺らされ陽に煌めいて見える。
一見無防備に見える町にとって冒険者は周辺の見回り役でもあり、町の近くで魔獣を見掛けた者は速やかに冒険者ギルドへ報告する手筈になっている。勿論、すぐに討伐してしまうのが手っ取り早いが、それは実力を伴った冒険者に限られるだろう。
ソーラムは小さい町が故に、冒険者ギルドは魔獣から住民を守る役割も担っていた。
王の噂話から数日、ギルドで依頼をこなしたディアンは今、町から徒歩で一時間程離れた丘陵地へ来ていた。周りには密集した木々がない為、見晴らしがいい。
ディアンが目指すのはこの丘の上だ。
そこには植樹された数本の常緑樹が立っており、一画にはディアンが暮らしていた小さな孤児院が建っている。
建物が近付いてくると、その周りで遊ぶ子供達が見える。孤児院周辺は障害物が少ない為に先生達も監視しやすく、子供達はのびのび遊ぶことが許されているのだ。
ディアンは追想するように目元を緩めながら、懐かしい景色の中へ歩いていった。
「あっ! ディーだっ!」
「せんせー! ディーがかえってきたよー!」
「ディー! あそぼー!」
子供達のよく通る声は木々の騒めきに負けぬ程のもので、建物の中まで聞こえたのだろう年配の女性が子供二人に手を引かれて表に出てきた。
因みに『ディー』とはディアンの事で、まだうまく発音できない子供達からはそう呼ばれていた。
「ただいま!」
ディアンが微笑んで手を振れば、子供達が一斉に駆け出して来る。
後ろでは、年配の女性のあとに出てきたもう一人の女性も並んでこちらを見つめていた。
年配の女性はこの孤児院の院長で、名前はクランシー・レイット。薄茶が混じる焦げ茶色の髪をキッチリとお団子で纏め、小麦色の目をしたちょっと厳しい先生だ。もう一人は空色の目に瑠璃色の髪をショートカットにした、ソバカスが可愛いケイト・ファンクル先生。クランシー院長は五十代で、ケイト先生は二十代だと聞いている。
変わらない景色と先生達を見ていれば、ディアンはいつの間にか子供達に囲まれていた。
「ねーねーなにしてあそぶ?」
「きょうはおにんぎょうさんでしょ?」
「ちがうよ。ぼくにケンをおしえてくれるっていってた!」
「かくれんぼー」
この孤児院は現在10人の子供がおり、下は2歳から上は16歳までとその年齢は幅広い。その内、今ディアンに纏わりついている4人は5歳から7歳の子供達である。
孤児院の今の最年長は名前をアメリアといい、深い紺青の目にフワフワの長い翠色の髪を三つ編みにしているおっとりした女の子だ。
彼女はディアンと同じ歳という事もありディアンが院を出た今でも一番の友達で、そんなアメリアは今、下の子達に遠慮してか先生達の傍から手を振ってくれている。
いつまでも変わらない風景に、ディアンの心は知らず満たされていった。
ディアンは休む間もなくそれから数時間、子供達の相手をする事に奔走した。
畑仕事や薪割りなど日々の日課を最初に手伝ったあと、次は休憩も兼ねて部屋の中で人形を並べて女の子達の気が済むまで遊び、その後は庭で剣術のまねごとをしたりみんなで鬼ごっこやかくれんぼをして遊んだ。
こうして全力で遊んだ子供達は早めの夕食時には船を漕いでいる子が殆どで、「今夜はみんなぐっすりね」とケイト先生が笑っていた。
そんな食事のあと、ディアンは院長先生と共に小さな応接室に入った。
「院長先生、コレ少ないけど」
ディアンは対面に座る院長との間にあるテーブルの上に、一握りの硬貨が入った袋をそっと置いた。
これはディアンが冒険者になってから度々行っている事で、数か月に一度ではあるが、少しずつ貯めたお金を持参して院長に渡している。ここに顔を出すのは皆の顔を見たいという理由もあるが、お金を渡す為でもあった。
「……いつもありがとう、ディアン。とても助かるわ……」
「あ、これからはもう少し渡せると思うから、頼りにしてて」
ディアンは胸を叩いてみせる。
「でも――無理はしていない?」
「うん、勿論してないよ。最近EランクからDランクに上がれたから、今までよりも報酬が多くなったんだ」
「あら、凄いじゃないの。昇級おめでとう、ディアン」
褒められてくすぐったくて、ディアンは照れ笑いを浮かべる。
「ありがとう院長先生。昇級してからは獣だけじゃなくて、魔獣の討伐も受けられるようになったんだよ?」
ディアンの言葉に院長の笑みがスーッと引いたが、ディアンは気付かず言葉を続ける。
「受けられるのはまだ小さな魔獣ばかりだけど、今までとは報酬の桁が違うからやりがいもあるんだ。これからはもっと強くなって、大きな魔獣も倒せるように頑張るからね」
拳を握って気合を入れるディアンは、そこでやっと院長の表情が曇っている事に気が付いた。
「あれ? 院長先生どうしたの? 僕が何かした……?」
ディアンの戸惑った視線を受けとめた院長は、少しだけ瞼を下ろして真正面からディアンを見据えた。
「―――ディアンジェリー。よくお聞きなさい」
呼び名ではなく、正式な名前で呼ばれたディアンがビクリと体を強張らせて姿勢を正す。
昔から院長にこの名前で呼ばれる時は、怒られるかお小言を言われる時と決まっていた。それ故にディアンが居住まいを正すのは最早条件反射だった。
「あなたが私達の事を案じて頑張ってくれている事は知っていますし、それはとても嬉しく有難い事だと思っています」
「はい」
「ですが―――――あなたは女の子なのですよ?」
院長の眼差しが愁いを帯びる。
「…………」
「それは冒険者になると言った貴女に、男の子として振舞う事を進言したのは私です。ソーラムの町は治安がよいとはいえませんし、女の子が一人で冒険者になっては色々な面で不都合が生じると思ったからです。―――それは理解していますね?」
「……はい……」
「ですがそれはそれ、これはこれです。いくら男の子の振りをしていても、貴女は男の子ではないのです。そして、いくら小さい魔獣と言えども魔獣は魔獣です。違いますか?」
「………いいえ」
「ならば私の言いたい事は理解してもらえたと思います。お金の為にこれ以上、貴女が危険を冒す必要はありません」
真っ直ぐに見つめてくる院長の瞳は揺るぎなく、それは心からディアンの身を案じてくれていると分かるものだった。
「……心配してくれてありがとうございます、院長先生」
「それでは―」
「でも」
とディアンは院長の言葉に被せる。
「院長先生の気持ちはとっても嬉しいし、心配してくれて感謝してます。でも僕は――私は、魔獣討伐を止めません。それは誰の為でもなく、私の為に強くなりたいからです」
「……ディアン……」
「これまで通りに弱い獣だけだと、私は強くなれない。だから魔獣と戦って戦い方を覚えて強くなりたい。―――強くならなければ、誰も護れないんです」
その瞳は強い意志が宿るもので、揺るぎない光を纏っていた。
瞠目しディアンを見つめ返した院長が、何かに気付いたようにポツリと言う。
「ディアンも大人になってしまったのね……」
「えっ? ごめんなさい、聞こえませんでした」
院長は軽く息を吐き、力なく首を振った。
「いいの、なんでもないわ」
「そうですか」と首を傾けるディアンの顔には、まだ幼さが残っている。
暫くディアンを見詰めていた院長は、一度目を瞑ったあと視線をディアンに戻し微笑んだ。
「怪我をしないように………本当に無理はしないと約束できますか?」
「約束する。自分の力を過信しないで、慎重に行動するよ」
「ふふふ、そうね。そうして頂戴ね」
「うんっ!」
屈託なく笑うディアンがこの時、数日後に待ち受ける出来事を知る術はなかったのである。
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