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神獣と選ばれし王 【伍國豊穣記】  作者: 盛嵜 柊 @ 『シド』書籍化進行中
~第一部 白き獣と次代の王~

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48/50

〔48〕神獣

 周りの状況を見れば、振り返らずともディアンには何が起こったのかが分かっていた。その考えを肯定するように、続いて頭の中に不機嫌な声が響く。


『悪いが、もうこれ以上は我慢せぬぞ』


 背後から近付いてきた存在へと、ディアンは視線を向ける事なく頷いた。

 肯定の意図を汲んだ神獣はそのまま横を通過し、ディアンの前で足を止めて前方へと顔を向けた。

 それは傾く陽を受けて煌めく大きな純白の豹。その立ち姿は何を告げずとも、これが神に次ぐ崇高な存在であると周囲へと知らしめていた。


 これには流石に周囲が動揺を見せ、馬車近くにいた者までもが一斉に神獣の姿を見ようと遠巻きに集まった。

 隣に立つウォーレンは一早く我を取り戻したらしく、神獣から距離取るように脇に()け、そこで即座に片膝を突いて叩頭した。


 そんなウォーレンを見た目の前の騎士達も脇に下がって膝を突けば、集まった周囲の者は自警団員ですら一斉に膝を突いて頭を下げた。

 ディアン以外の、とある人物を除いて。


 皆が叩頭する中で顔を上げ、真っ先に声を発したのは貴族であるウィルバーティス・ルシェクター伯爵だった。


「神獣様におかれましてはご機嫌麗しゅう存じます。本日は如何様(いかよう)所以(ゆえん)でこちらにお越しにございましょうか」


 その問いは、僅かな期待を含んでいたのかもしれない。しかし木の葉を揺らす風の音が通り過ぎても、その問いに応える声は続かなかった。

 そんな反応のない神獣を見ようとしてか、視線を落としていた周囲の者達が顔を上げる衣擦れが音を立てる。


 そこへ、空気も読まず悠々と神獣へ歩み寄る男がいた。


「おお! 神獣様ではございませんか!!」


 その言葉を発する者の顔は、喜びと興奮で赤らんでいる。そしてまるで出迎えに来たとばかりに両手を広げながら、膝を突く者達の合間を通り神獣へと近付いてくる。


「下がれ! ヴァンモリイ!」


 流石に伯爵もその行為には苦言を呈し叫ぶものの、名を呼ばれた者はその言葉に眉間にシワを寄せて足を止めると、振り返って咎める伯爵へ言い聞かせるように話し始めた。


「ルシェクターよ、私に対してその言葉は無礼であろう? 神獣様が何故ここにいるのかお前には分からんのか?」


 ――?!――


 その言葉に、伯爵の周囲にいる騎士達に殺気が込もったのが分かる。

 それはディアンですら当然だと思えるもので、ヴァンモリイが発したものは、自分よりも身分が上であるはずの伯爵を侮蔑する言葉だったからだ。

 明らかに上から目線の男を、ディアンは呆れた目で見るしかない。

 しかしそれは神獣の心中を分かっているディアンだからこその感覚であって、ディアン以外の者達には神獣の考えなど分かるはずもないのだ。

 故に、ヴァンモリイの発言に動揺を見せたのは、一人や二人ではなかった。


「なんと……それでは……」


 言われたはずの当の伯爵は、ヴァンモリイの言葉を聞き驚いた様子を見せた。

 そんな伯爵をヴァンモリイは冷笑を浮かべて見やると、もう興味が失せたとでも言いたげに背を向けた。そうして今しがた見せた顔とは違い、心底嬉しそうに満面の笑みを浮かべて神獣を見た。


「神獣様は、ここへ王を探しにいらしたのだ! そうですな? 神獣様」

 ヴァンモリイは悦に入ったように目を輝かせて言うと、遠巻きに見守る人々を越え神獣へと進み出た。


 すると突然、その足元に小さな爆発が起こった。

 ――ボンッ!――


 自分の足元で土煙が上がり、慌てて後退したヴァンモリイが瞠目して神獣を凝視する。誰も動いていない状態で、神のような御業を使えるのは目の前にいる神獣しかいない。


「なっ何をする! いかに神獣といえども容赦はせんぞ!」


 肩を怒らせて叫ぶヴァンモリイは、自分が発した言葉の意味を分かっているのだろうか、とディアンは思う。

 それは思い込み以外の何者でもなく、真実を知るディアンは神獣を見て困ったように眉尻を下げた。

 その後姿は明らかに怒っていて、毛が逆立ち唸り声すら聞こえてくる始末である。


「ガルルルッ」


 牙を剥き唸る神獣を、正面から見た者達はたまったものではないだろう。神獣の怒りを見た者達は、再び視線を下げて深く叩頭した。

 一人を除いて。


「『愚か者め。それ以上近付く事は許さぬ』」


 その声はディアンのみならず、ここにいる全ての者へと向けられていたようで、皆がハッとしたように顔を上げて神獣へと視線を注ぐ。その彼らからは怯えと崇敬の念が窺えて、ディアンは吐きたくなるため息を必死に堪える。


 愚か者と言われたのが己の事だとわかったのか、ヴァンモリイは驚愕の表情を浮かべて叫ぶ。

「なっ何を言うか! 私が王だ! その為にお前は迎えに来たのだろう!!」


 そんなヴァンモリイに、もう付き合いきれぬと云わんばかりに何の反応も示さない神獣は、男をいないものとして扱う事にしたらしい。目の前の男から視線を外して、その先にいる伯爵を見た。


「『ウィルバーティス・ルシェクターとやら』」

「はい……」

 叩頭する伯爵の表情は見えないものの、神獣の怒りに触れぬよう、明らかに緊張しているのが分かる。

 神獣はそんな伯爵に、言葉を続ける。


「『吾は今日ここでの事を一部始終見聞していた。故に、これらを悪にするのは納得がゆかぬ。これらを賊徒というならば、何を根拠にしての事かハッキリと申してみよ』」

「――?!――」

 ハッとしたように顔を上げた伯爵は、戸惑ったようにヴァンモリイを見た。しかしヴァンモリイは伯爵に背を向けたまま、神獣を睨み付け肩を震わせている。


「…………申し訳ございません。私はここでの事を何も知らず、その者が申した事を鵜呑みにいたしました」

 頭を深々と下げ、伯爵は弁解の言葉を口にする。


「『―――人の上に立つ者が、他の言を鵜呑みにするとは無様な事よ。この状況を以てしてもなお、どちらに非があるかが分からぬとは申すまい?』」

 神獣の言葉に、伯爵と騎士達がヴァンモリイへと視線を注いだ。


 その注目を集めているヴァンモリイは、しかし何を思ったのか、足元で蹲っていた自警団員の剣を手に取ると、突如として神獣へと向かって走り出した。


「王は私だぁーーーー!」


 それは咄嗟の出来事であり、ヴァンモリイを注視していた騎士者達ですら動き出せなかった。それは膝をついていたからというよりも、神獣の前で迂闊に動いていいのかと躊躇したせいだと思えた。

 しかしその神獣の前に進み出て、振り下ろされる剣を弾き返した者がいた。


 ――カキィーンッ!!――

 弾かれた剣は宙を舞い、弧を描いて地に突き刺さる。

 ――ザクッ――


 神獣の前に立ったディアンは、目の前の男を睨む。

 この男には言いたい事も訊きたい事もあったはずだった。しかしその全てが無意味であると気付き、ディアンが抱いていた怒りさえも一気に萎んでいく。言葉が通じなければ、何を言っても伝わるはずはないのだと、この男の愚かさに辟易していた。


 そんなディアンの隣に、神獣は並び立った。


「『痴れ者が。――既に王の選定は済んでおる。今更何をしようと無駄だ』」

「なっなに?!」


 そんな神獣の発言に動揺を見せたのはヴァンモリイ只一人。その他一帯は喧騒が渦を巻き、そしてそれらの視線は神獣の隣に立つディアンへと注がれた。


「『吾は今日(こんにち)まで、次代の王と行動を共にしていた。故に吾が今ここにいる理由をも悪とするか?』」

 皆に向けられた神獣の言葉に、伯爵達は(こうべ)を垂れる。

「いいえ。そのような事は考えるまでもございません」

「『ならば何をすればよいかわかろうな。そなたへの処罰は、それを以て沙汰を待て』」

「――かしこまりました」


 神獣の言葉に、伯爵は改めて深く叩頭した。

 そして再び顔を上げると、己に仕える騎士に向けて声を発する。


「スタンリー・コッカー」

「はっ」

「ブラギール・ヴァンモリイと、それに従っていた者達全員の拘束を命ずる。そしてそれらの罪を詳らかにするため、建物内の捜索を開始する」

「ははっ!」


 そして伯爵達は「御前を失礼いたします」と言って、騎士達がここにいる者達を次々に拘束していった。


「無礼者! 私に触るな!」

「やめろぉー!」

「俺は関係ねえっ」

「うわー!」


 抵抗する者や逃げる者達も、ルシェクター伯爵が連れてきた精鋭達によって次々に拘束される。


 それらは広い庭へと連れていかれ、伯爵達も証拠を集める為に慌ただしく建物の中へと入っていけば、ディアン達の周辺は次第に静けさを取り戻していった。


46話・合流について。

前ページにも記載いたしましたが、アメリア達の事を書きもらしていた為

アメリア達に関する文言を追記し、修正しております。

失礼いたしました。

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