〔49〕王になるという事
周囲に人がいなくなると、神獣と隣に立つディアン、そして未だ膝を突いているウォーレンがその場に残された。
「ウォーレン?」
「はい」
ディアンが名を呼んだウォーレンは視線を下げたまま、まるで仕える主に返答するかのような態度をとった。そのウォーレンは赤味を帯びた陽に照らされ、空色の髪が薄紫に染まっていて、まるで知らない者のようにも見える。
そんな姿を見て、ディアンの心にズキンと痛みが走る。
「ウォーレン、その態度はないだろう?」
「そうおっしゃられましても、王となられるお方にこれまでと同じ態度を取る訳には参りません」
「…………」
ウォーレンとは視線を合わせる事もできず、見下ろすディアンは渋い顔をする。
ディアンが王になるのを渋ったのは、自分が王として相応しくないのは前提としても、こういう事になるのを危惧していた面もあったからだった。
孤児院の皆やロセット達しかり、これまで親しく言葉を交わしていたはずの人達が、王になった途端ディアンから離れていくのではという思いが、決断を抑止していたともいえるだろう。
それが現実ともなれば、ディアンは早々に王というものを辞退したくなってくる。
「それは嫌がらせだぞ? 僕はこれからも、ウォーレンの友達を辞めるつもりはないからな」
そんな拙い言葉でもディアンの気持ちを汲み取ったのか、ウォーレンは顔を上げて困ったように微笑んだ。
そして立ち上がり、ディアンへ近付きながら言う。
「私はいつの間に、ディアンの友達に昇格していたのかな?」
ディアンは平時に戻ったウォーレンの態度に、安堵の息と笑みを送る。
「さっきだな。ウォーレンが途中で戻ってきてくれた時」
「う………それまでどう思われていたかは、わざわざ聞かないでおくよ」
ディアンの前で立ち止まったウォーレンは、顔を見合わせてこれまでと変わらぬ笑みを向けた。
とはいえ、ウォーレンの態度が全て戻った訳でもない。
改めて神獣へ向き直ると、ウォーレンは膝を突いて言葉を発した。
「私はコープランド子爵家次男、ウォーレン・コープランドと申します。神獣様のこれまでのお力添えに、心より感謝をお伝えしたく存じます」
ウォーレンがリヒトにする挨拶に、ディアンは首を傾げた。その言いようは、まるでウォーレンがリヒトの存在を知っていたと聞こえたからだ。
「ウォーレン?」
どういう事かという意味を込め、ディアンは名前を呼ぶ。
ウォーレンはそんなディアンに顔を向け、苦笑を浮かべただけだった。
「『そなたは分かっていたようだな?』」
リヒトの問いかけに、ウォーレンは視線を戻し目礼した。
「はい。とはいえ、正直なところ神獣様だという確信はございませんでした。元々ディアンの様子から察するに、少なからず誰かの助力があるのではと思っておりましたが、先程のディアンの傷の回復具合を見て、神獣様がお傍にいらっしゃるのだと確信いたしました」
ディアンの目が大きく開く。
確かにウォーレンには薄々感づかれているだろうとは思っていたが、それが神獣にまで辿り着いていたとは、流石のディアンも思っていなかった。
「やっぱり凄いな、ウォーレンは……」
それはディアンの素直な感想であり、嘘偽りない言葉だ。
「ありがとうディアン。でもそれは、ディアンよりも私が年の分だけ経験を積んだからだよ。ディアンも私の年になれば……いいや、王になるのであれば私の年になるよりも前に、ディアンも色々な事を理解するはずだよ?」
そう言って微笑むウォーレンには少しばかりの陰りも見えたが、ディアンは頷くだけに留めた。
ウォーレンは、そんなディアンから視線を神獣へと戻す。
「王の選定を済まされたとなれば、すぐに中央へお戻りですか?」
その問いに、神獣はチラリとディアンへ視線を向けて首を振る。
「『その王となるものが存外頑固でな。まだまだ話し合う必要があるらしい。城へはそれが済んだあとになるだろう』」
言われてウォーレンがディアンへ視線を向ければ、ディアンは困ったように眉を下げた。
「だってそんな重大な事を、すぐに決められるはずがないだろう?」
それはただのディアンの我が儘だと本人も重々承知している。だが先程の事があってやっと立場というものを理解し、こんな自分でもできる事があるのならと思えるようになったばかりなのだ。
そんなディアンに、ウォーレンが眩しいものでも見るように目を細めた。
「そんな重大な決心をしてくれたのならば、折角だから黙っていないで何か言えばよかったのに」
ウォーレンは、先程の場でずっとディアンが黙っていた事を言っているのだ。あそこで王として発言すれば、言いたい事が言えたはずだとも。
けれどディアンは首を振った。
「僕はまだ正式な立場になった訳じゃない。そんな仮の立場の者が何かを言ったって、余計な波風を立てるだけだろう? まあ言わせてもらえたなら僕の気は済んだかもしれないけど、あの煩いのを煽るのは避けたかったんだ」
とディアンが心中を伝えれば、ディアンもリヒトも苦笑した。
反論がないところをみれば、それが容易に想像できたのだろうと思えた。
「それに僕はまだここでやり残した事もある。騒がれるより、まだただのディアンでいたいんだ」
ポロリと本音を漏らせば、リヒトが心配そうな目を向けてくる。
「大丈夫、ちゃんとリヒトには付いていく。でもアメリア達の無事も確かめたいし、この町の事もちゃんと見届けたい。………あの伯爵は、ちゃんと罪を認めてくれるのか?」
ディアンがリヒトへ視線を向ければ、答えたのはウォーレンだった。
「先程の伯爵の態度を見た限り、どうやら彼は町の状況を何も知らなかったようだね」
「え? じゃあ全部アイツが……」
ディアンは領地運営の事など何も分からないが、普通ならば領主がこの町を管理していたと考えるのが筋だ。だからディアンはずっと領主が住民達を苦しめていたと思っていたが、どうやらそれは違っていたらしい。
「そうみたいだね。伯爵が町の調査をし始めたようだけど、あの男がしていた事を知ったら伯爵がどう思うかという関心はある。とはいえ、領主である伯爵が何も知らなかったでは済まされないよ。あの男に町の管理を一任していたのは純然たる事実。少なくとも伯爵にその罪はあるからね」
「それじゃあ、ウォーレンが言ってた人身売買も……?」
ディアンの問いに、ウォーレンが頷いた。
「あの男が絡んでいるのは確実だろう。まあ、伯爵がその罪も明らかにしてくれるだろうと、私は期待しているよ」
「『これから色々と明らかになるであろう』」
リヒトはディアンへ視線を向けて言う。
「『しかしその報告には多少時間が掛かろう。そこまでは待てぬぞ?』」
「……分かってる」
ディアンはリヒトに向け、苦笑を零した。
「それでは、私のほうが先にお暇させていただく事になりそうですね」
「『――――主の下へ帰るのか?』」
「………はい。そろそろ痺れを切らしている頃でしょうし、早く戻って報告しなければ、遊んでいたと怒られてしまいそうです」
と、困ったようにリヒトへ返したウォーレンの横顔を見るディアン。
「ウォーレン?」
「ん? ああ、『私の勘はよくあたるだろう?』という事だよ」
そう言ってウォーレンはいたずらっぽく笑った。
リヒトはウォーレンについて何かを知っているようだが、ディアンにはその会話が意図するところは分からない。
先程ウォーレンが貴族だと明かした事といい、この人も謎だらけだなぁと、そんな風に呑気に考えていたディアンだった。
次回……。




