〔47〕ディアンの怒り
前ページ、46話・合流で、アメリア達の事を書き忘れていた為
アメリア達に関する文言を追記し、修正しております。失礼いたしました。
「うぉりゃー!!」
館から出てきた男に触発されてか、男達はディアン達を斬り捨てようと、先程よりも息まいて迫ってきた。
金属が当たる音と怒声が入り混じる中にディアンは埋もれる。
重い剣ばかり受け止めていた為に腕が痺れてきたディアンは、男達の勢いもあって傷が増えているものの、それを何とか気力で繋いでいる状態だ。
背後から矢を射ていたはずのウォーレンも、いつのまにかディアンに背を預ける形でその手に短剣を握り接近戦を行っていた。
「弓は?」
「矢が尽きた」
ディアンは頷く。
ウォーレンは今朝、かなりの数の矢を用意してきたと言っていた。それなのに、その矢が尽きるまで戦ってくれているのだと、ディアンは心の中で感謝する。
とはいえ、この状況は余り芳しくない事態であり、ディアンは唇を噛み締めた。
ウォーレンも接近戦ともなれば、リーチの違いから少なからず相手の長い剣を身に受けており、チラリとディアンの視界に入った彼は既に傷を負って体に赤い染みを作っていた。
まだディアン達を取り囲む奴らは20人近くいる。
このままでは時間が経てば経つほど、二人が動けなくなる事は結果として見えていた。
「ウォーレン。隙を突いて、逃げろ」
「冗談、言うねっ」
男を切り捨て、肩で息をしつつもウォーレンの言葉は軽い。それが仮令虚勢であったとしても、ディアンはそんな態度が嬉しかった。
しかし。
「まだ余力のあるウォーレンならできるはずだ。僕が注意を引くから、その間に逃げてくれ」
ディアンが振り下ろされる剣を弾き返しながら背中越しに話せば、その背がビクリと強張った。
「私を舐めないでくれるかな……」
低い声は彼が怒っているのだと告げている。続けて荒々しい金属音が続いたので相当なのだろう。
だが仮令彼を怒らせても、ディアンは言い続けた。
「僕は何があっても死ぬ事はない。だからウォーレンは逃げろ」
「――拒否する」
二人とも頑固だなと平時ならば笑い合うところではあるが、今はそんな余裕はすら二人にはない。
そんなやり取りの最中、避けた先でディアンの足元がふらつき、体勢を崩したところに剣が迫った。
――グサッ!――
「ぐぅっ……」
いくらディアンでも痛覚はある。刺さった剣で腹部に激痛が走った。次いで、無遠慮に引き抜かれた剣が撒き散らすディアンの血が、ビシャリと辺りに散った。
「んくっ……」
「ディアン!」
流石に深い傷は一瞬で消えるという訳にもいかないようで、続くドクドクとした痛みを、ディアンは奥歯を噛みしめて耐えるしかない。しかし脇腹を押さえる姿は無防備といえて、そんな隙を狙って男達はディアンへと襲い掛かった。
――ギーーンッ!――
ハッと顔を上げれば、ディアンへ向けられた刃を前に出たウォーレンが庇うように弾き返していた。
「大丈夫か!」
切羽詰まった声でウォーレンが背中越しに言った。
収まってきた痛みに当てていた手を離し、消えゆく傷を確認したディアンは体勢を戻して即座に剣を構え直す。
「ああ。もう大丈夫だ」
しっかりと立ち上がり、言葉通りに構えを取ったディアンを見た男達が怯んだように後退った事で、ディアン達の周囲に再び空間が出来上がった。それでやっと呼吸ができるとばかりに、ウォーレンも体勢を整え剣を構え直した。
その時、玄関のほうからザワリとした喧騒が起こり、それはディアン達を囲んでいた者にまで広がっていった。
隣に並び立ったディアンとウォーレンは、男達を警戒しながらもそんな急な変化の原因を探って周りを見回す。
「伯爵!!!」
玄関先で大声を上げた男を皆が注視する。
ディアンが何事かとウォーレンを振り仰げば、痛みをこらえるようなウォーレンの顔があった。
「ウォーレン?」
「……まずいね……」
何かを察したのか、珍しくウォーレンはいい淀んだ。
その間も、男達はこちらを気にしつつも後退したまま斬り付けてこない。今ここにいる全てが新たに現れた者に戸惑い、迂闊に動けないのか異様な緊張感に包まれていた。
「まずい?」
「状況がね、不利になったかもしれない」
「どういう事だ?」
とはいえ、これまでも有利であったわけでは無い為、ディアンの問いは軽いものだった。
しかし。
「……あの男が“伯爵”と呼ぶのであれば、今入ってきた馬車にはソーラムの領主が乗っているはずだ」
ウォーレンにここまで言われれば、流石のディアンも意味を理解して顔をこわばらせた。
二人が会話をしている間も、入口から入ってきた馬車は真っすぐに玄関へと向かっている。その周りでは騎乗の男達がこちらに警戒の目を向け、張り詰めた空気を発していた。馬車はここから30メトルほど離れているにも拘わらず、騎士はディアン達でも分るほどの殺気を纏わせている。
「じゃあ親玉が来たんだな……」
それでは、あの馬車には町の税を重くして住民達を苦しめ、孤児院をもないがしろにしてきた者が乗っているという事だ。
ウォーレンはディアンの問いに、無言で頷いた。
「それに彼が連れている騎乗の騎士は、目の前にいる男達とはレベルが違う」
「そうみたいだな……」
確かに目の前にいる男達もそれなりに強いが、それは腕力に任せて剣を振り回しているに過ぎないレベルだ。しかし今到着した馬車を護る男達は、剣を交えずとも訓練され鍛え上げられた少数精鋭の者達であるとディアンも肌で感じていた。それらがこちらに剣を向ければどうなるかなど、最早考えるまでもない。
ディアン達の周囲が困惑している状況のまま、馬車は建物の玄関先まで進み停まった。そして騎乗の騎士が馬を降りて馬車を囲むと、キャビンの扉が開き、中から仕立てのよい服を着た若い男が姿を見せた。そのまま男は、歩みを止める事なく玄関前へと進み出た。
シンと静まりかえる前庭に、自警団員達が身じろぐ音に続いて芯の通った声が響く。
「ヴァンモリイ。これは一体何事か」
言われたほうは流れる汗をハンカチで拭いつつ、ペコペコと頭を下げて言葉を紡ぐ。
「……お見苦しいところをお見せして申し訳ございません。あれらは賊でございまして、伯爵がいらっしゃる前にと、急ぎ対処していたところでございます……」
ヴァンモリイと呼ばれた男の返事を聞いた伯爵は、囲む騎士の間まで進み出てこちらを見た。
「――賊だと? 一人はまだ子供ではないか」
「そのようです。しかし、だからと言って賊を見逃すわけにも参りませんからな」
そう言いつつも伯爵から見られていないからか、ヴァンモリイはこちらへ恨みの込もった視線を向けてきた。
「ふむ……」
伯爵はこちらを見たまま、何かを考えているのか黙り込んだ。
「ウォーレン、今なら逃げられるんじゃないか?」
ディアンが誰にも聞かれぬように囁き声で訊けば、ウォーレンは苦渋の表情でハッキリと言った。
「その考えは諦めたほうがいいよ。私達が今動けば、あの騎士達が動く。そして私達が取った行動は私怨を伴う蛮行となり、いくら大義名分を主張したところで、この町の治安を乱す賊として処断される事になるだろう」
「…………」
そこまで言われてしまえば、ディアンには言葉もない。
そんな二人の会話が聞こえていない場所で、伯爵が徐に口を開いた。
「彼らが賊徒というならば、早急に処理する必要があるな。――スタンリー」
「はっ」
「あの者達の捕縛を命ずる。人選はスタンリーに任せる」
「承知いたしました」
これにギョッとしたのはディアンとウォーレンだけではなかったらしく、ヴァンモリイは慌てたように言葉を発した。
「お待ちください。伯爵のお手を煩わすなどとんでもございません。それに長旅でお疲れでしょう。ここは我々で対処いたしますので、伯爵はどうぞ中で報告をお待ちください」
その発言を受けた伯爵はディアン達から視線を外し、ヴァンモリイへと振り返った。その表情はディアンからでは窺い知ることはできないが、それと同時に伯爵の前に進み出ていた騎士がヴァンモリイに向かって言葉を発した。
「ブラギール・ヴァンモリイ。ウィルバーティス様のご厚意を拒否するなどとは不届きである。身のほどを弁えよ」
「は、いや、しかし……」
ディアンですら何かおかしいと思い始めた矢先、話していた騎士がディアンのほうへ振り返り背後の者へと言葉を掛けた。
「ナッグス、グレッチ、着いてこい」
「はっ!」
ただ状況を見ているしかなかったディアンの下へと、三人の騎士が歩み寄る。
最早有無を言わせぬ騎士の態度に、彼らの後ろでヴァンモリイが口を引きつらせている。
自警団の男達はその騎士達を避ける為、ディアン達の周辺から距離を取り彼らの前に道を作っていった。
そうしてできた空間を三人の騎士達は背筋を伸ばし、ゆっくりと間合いを詰めるように近付いてきた。
そしてディアンとウォーレンの3メトル手前で足を止める。
剣を手にするディアン達が、その切っ先を騎士達へ向けたまま立ち尽くしている一方で、相手は腰に差した剣すらまだ抜いてもいない。それだけの実力差を、相手も感じ取っているのだ。
そんな二人に、スタンリーと呼ばれた男はまるで品定めするような視線を向け、そして口を開いた。
「――――言い逃れをするなら申せ。その時間はくれてやろう」
「…………」
ディアンは奥歯を噛みしめ、言葉を飲み込む。
ここで、自警団員に攫われたアメリアを救出しに来たと言ったところで、その理由となるアメリアはもうここにはいない。だとすればそれが虚偽であると判断され、余計な怒りを買う事は目に見えている。そんな事を考えればここは言葉を発するなど出来る訳もなく、案の定、隣のウォーレンも身動き一つせず黙ったままだった。
「言い逃れはせぬようだな。では問答無用とする」
スタンリーは発した言葉に続き、無駄のない動きで腰に差した剣を抜く。続けて後ろに立つ騎士も抜刀し剣を構えた。
しかし一方のディアンはもう足の力も残っておらず、先程から小刻みに震えている状態だった。これ以上抵抗を見せたとしても、瞬時に斬り捨てられて終わるだろう。そして何より、ウォーレンをそんな目にあわせる訳にはいかない。
ディアンは震える足に力を込め、剣を下ろしてウォーレンの前へと進み騎士と対峙する。しかしその眼差しは屈したというよりも、静かな怒りを湛えているように見えるものだった。
目の前に立つスタンリーは、目を眇めてそんなディアンを訝し気に見詰めた。
ディアンは怒っていた。大声で怒鳴りつけたいのを我慢していると言ってもいい。何故ならばディアン達が行った事は決して蛮行などではなく、抵抗できぬ弱い者達を護る正当な行為であったのだから。
高い税を払えぬからと、家族を連れていかれた者達はどんな思いでそれを見送ったのだろうか。アメリアも誰かに何をしたはずもないのに、いきなり攫われ連れていかれてしまったのだ。
それにもしもウォーレンが言った噂が事実なら、ここで助けなければ、彼女達は二度と家族の下には戻れなかっただろう。
それが非道でなく何と呼ぶのか。そんな事を許し、彼女達を助けようとする者を悪とするなら、もうこの世の中は終わっていると断言できる。
そんな怒りがディアンを埋め尽くし握る拳に力を込めた時、目の前に立つ騎士のみならず、周囲の者全てが目を見開き、凍ったように動きを止めた。
その挙動に何事かと彼らの視線を追って振り返ったウォーレンも、今まで見せた事もない程に目を見開いていった。




