〔46〕合流
ジリジリと間合いを詰めるように近付いてくる男達は、ディアンを追い詰めている事を自覚して余裕の足取りだ。ディアンは背後の小屋が徐々に迫るのを意識するも、後退するしか道は残されてない。
「どうしたよお? もう逃げねえのかぁ? ああん?」
集団の中から馬鹿にしたような声が聞こえ、せせら笑いが続いてディアンは渋面を作る。
こいつらは、追い詰められ退路を断たれたディアンを見下している。しかしディアンがこいつらに馬鹿にされる筋合いはない。
「さあな」
ディアンが不敵な笑みを作ってみせれば、男達はその挑発に乗っていきり立った。
「ざけんなっ!」
「死ねー!」
よもや自分達の立場を忘れたのか、自警団が発する言葉とは思えない叫び声を上げて男達は走り出した。
ディアンは咄嗟に腰の袋に手を差し込み、手に触れた丸い玉を握り締めて力を込めた。
カチッ
そしてそれを目の前の男達に向かって投げつける。
――ボンッ――
見事一人の男に当たった煙玉は、一気に周囲へと白煙を広げて視界を塞いだ。
それを見届けるまでもなくディアンは剣を鞘に収め、近くにあった木の枝に飛びつく。その勢いを反動にして、一気に小屋の上へと飛び移り背後を振り返った。
既に収まりつつあった白煙の中から怒号が飛ぶ。
「東に回る気だ!!」
「逃がすな!」
「回り込め!!!」
煙の中から向けられる怒りの込もった視線を受け止め、ディアンは踵を返して屋根の上を駆け抜けた。
足元からは馬の嘶きや足を踏み鳴らす音が聞こえる。男達の声で、馬が興奮したのだろうと想像がつく。
ディアンはその上を走りながら、身を屈めて再び剣を手に取った。
小屋が途切れる所から飛び降りた先は、馬房の入口側だった。その前には馬の世話をする道具などが置かれ、作業する為の広い空間が設けられていた。
蹄跡が残る地面を蹴り、ディアンは建物の裏手から正面へ向かいひた走る。
この先へ行けば、敷地の東にある門が見えてくるはずだ。
門まで行けばその正面から続く道を進み、追っ手をディアンへと引き付けて、逃げたアメリア達とは反対側へと誘導すればいい。
ウォーレンとは予め裏門を使って館を出たあとは、西へ向かい速やかに町の外へ出るという話はしていた。その先から町沿いに南下すれば、アメリアが孤児院へと皆を連れていってくれるだろう。
あとはディアンが逃げ切る事ができれば全てが終わり、もう少しでこの計画は完遂する。しかし奴らを殺めたディアンは今後、躍起になって行方を追われる事になるだろう。
今回は皆を逃がす為に相手を切り捨てた事は事実であり、それについては後悔もしていない。だが仮令破落戸に見えたとしても相手は町の自警団員。故に以降ディアンがこの町に留まる事はできないのは確実だった。
ディアンはこれからお尋ね者として、遠く離れた地で身を潜めて生きていく覚悟はできている。そしてもうこの町には戻れず、孤児院の皆とも二度と会えない事もわかっているが、それがディアンに与えられた罰であると受け入れるしかない。
ディアンが、これら全てを受け入れなければアメリアは二度と戻ってこないのだと思えば、選択する余地など始めからなかったのだ。
ディアンは滲む汗を拭い、沈みそうになる気力を奮い立たせた。
この先にはまだ難所がある。正門の隣には自警団員の詰所がある為、気を緩めている暇はない。あとどれくらいの人数が詰所にいるのは知らないが、一人や二人ではない事は考えるまでもない。
やっと建物の終わりが見えてその角へとディアンが到達すれば、玄関前にはやはり、騒ぎに気付いた屈強な男達が集まってきていた。その数はざっと見10。最初にいた者達は殆どが庭へ向かっただろうから、こいつらは詰所からのちに駆けつけてきた者達だろうと思われる。
「くそっ」
分かってはいたが既にディアンはボロボロといえて、走り続けた為に体力も残り少ない事を自覚している。
いくら普段から獣や魔獣を相手にしている冒険者でも、一度にこれだけの数と続けて戦う機会はない。ましてやディアンはまだDランクであり、一度に相手にするのは精々が小物10体くらいなのだから。
ディアンは建物の陰から飛び出して足を止め、汗で滑る剣を持ち直す。
するとそのディアンに気付いた男達は、濁声を張り上げながらこちらへと向かってきた。ディアンは仄暗い笑みを浮かべ、受けて立つと視線を添えて剣を構える。
今はまだ目の前の10人程度を相手にすればいいだけで、この機会を逃してはならないと気合を入れる。もう少しすれば裏手から回り込むであろう20もの数が合流するはずだ。その前に何としても、この男達を迅速に仕留めて退路を切り開かなければならないのだ。
それを一瞬で判断し、ディアンは向かってくる男達の中へと自らも突っ込んでいった。
切り結ぶ男から再度振り下ろされた剣を受け止め、右へ体重を掛けて下へ摩り下ろす。たたらを踏む男の剣に体重を乗せたままディアンは身を翻すと、続けざま回し蹴りをくらわして脇へと飛び退いた。そこに背後から迫っていた剣がディアンの居た場所を通過し、仲間に一撃を加えて振り下ろされる。
――ズパッ――
「ギャー!」
その一瞬の間をついて門扉が開かれている事を確認したディアンは、振り下ろされる剣を弾きながら開かれた門を目指しひたすら足を進めていった。
しかし相手は力業で攻撃してくる手を緩めず、ディアンは中々前に進む事ができなかった。目の前の物に手が届かぬという焦燥を抑え込みつつも、その感情はじわじわとディアンを染め上げていく。
そこへ思いがけない声が響いた。
「ディアン!!」
声に続いて男達に向けて矢の雨が降った。それに怯み叫びながら後退する男達の合間を縫って駆け付けたのは、先程別れたはずのウォーレンだった。すんなりと隣に並んだ男へ向け、ディアンは怒りをぶつける。
「何で戻った!」
「私は“すぐに戻る”と言ったはずだよ?」
その返答は飄々としたもので、まるで今が散歩中であるかのように気負いない声だった。
「――アメリア達は?」
「大丈夫、町の外まで送ってきたよ。あとは彼女が任せてくれと」
「アメリア……」
「よくここまで持ち堪えたね。ここからは私も加勢するよ」
「ウォーレン――正直いえば、助かった」
「ふふふ」
こうして余裕のある者が隣に立つだけで、ディアンの焦りは小さくなっていく。そういう意味でも、ウォーレンが来てくれてよかったと、素直に思えるディアンから肩の力が抜けた。
「それじゃ、私が援護するからここから出よう」
「頼む」
そう言うと、ディアンは間合いを取っていた男達との隙間を埋めるように、門を目指して走り出していった。その後方ではウォーレンが左右から出てくる男達に矢を射て、動きを鈍くさせてくれている。
しかしそんな二人へと時間は無情にも、裏に回っていた男達を連れてきてしまう。全速力で駆け付けたのか、荒い息を吐きながら加わる男達は、再びディアン達の前に人の壁を築き上げていった。
流石にこれはウォーレンも、渋い顔を見せる。
「湧いて出るとはこの事だね」
「同感だ」
二人の囁きが聞こえでもしたのか、肩で息をする男達の表情が険しくなる。
「こいつらをここから出すな! 手早く始末しろ!!」
「おお!」
総勢が地を響かせる程の掛け声を上げた。
とその時、建物の玄関が大きく開き、そこから太った男が歩み出てきたのだった。
そしてその男が辺りをぐるりと見回したかと思えば、ディアンとウォーレンに目を留めるとみるみる表情を強張らせていった。
「まだ始末していなかったのか! オズィーン!」
唾を飛ばして顔を真っ赤に染めた男は、自警団員の中に顔を向けて怒鳴った。
しかしその言葉には誰からの返答もなく、それによって男は握り締めた拳を震わせながら眉を吊り上げて叫んだ。
「えぇーい! 時間がないと言っただろう! 早く玄関前を掃除しろ!」
「へい!!」
今度の男の言葉には団員達からの応答があり、男は「フンッ」と鼻を鳴らしながらも溜飲が下がったらしく怒りを鎮めていった。
そんな様子を視界の隅で捕らえながらも、ディアンとウォーレンは退路を見出すべく男達を睨み続けていた。




