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神獣と選ばれし王 【伍國豊穣記】  作者: 盛嵜 柊 @ 『シド』書籍化進行中
~第一部 白き獣と次代の王~

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45/50

〔45〕活路

 裏門の、扉の中に残ったディアンに気が付いたのは、ウォーレンだけではなかった。


「ディアン?!」

 ウォーレンの隣にアメリアが駆け寄り、扉にすがり背を向けるディアンに悲痛な声を上げた。

「早く出てきて! 一緒に行くんでしょう?!」


 剣を握る手に力を込めたディアンは、男達から視線を逸らす事無く背後へと囁きかけた。


「奴らにここを通過されたら、何処へ逃げても追いつかれるのは時間の問題だ。だから鍵をかける必要があった。でも門の柵は手が通る程の隙間がないだろう? だからこれは皆を助ける為の最善の選択だ。僕は大丈夫だから早く行って。アメリアは皆を安全なところに」


 ディアンの背中はもう、アメリアの手が届かない場所にある。

 ウォーレンは、そんなアメリアの震える肩に手を添えた。


「わかった。すぐに戻る」


 そうディアンに向けて言ったウォーレンは、「行こう」とアメリアに囁くものの、アメリアの返事は聞こえない。

 しかしすぐに、乱れる足音が遠ざかるのを背中で受け止めたディアンは、内心でウォーレンの決断に感謝した。


 これで恐らくアメリア達は助かるだろう。


 ディアンがこの鍵を閉めるのは当然としても、奴らから目を逸らす為には、ここに誰かが残って囮になる必要があった。

 その役目がウォーレンではない事は確実。

 ウォーレンは遠距離から牽制する事ができる弓使いであり、彼女達を無事に逃がすのなら、奴らを近付かせない事が一番成功率を上げる方法なのだ。

 それに、理由はもうひとつ。

 現在のディアンはリヒトの恩恵を既に受けた身。仮令切り刻まれようとも、ディアンが命を落とす事はないはずだから、やはりディアンがこの役目を引き受けるのが適任だった。


 ここまで殆どウォーレンに頼り切りだったディアンでも、まだできる事が残されてるのだ。


 ディアンは、既に何か所も裂けている服の袖に手を添える。それはここまでの戦闘で切られた箇所。

 それには当然ディアンが流した乾いた血がこびりついてはいるが、その服の下にある皮膚にはもう傷はない。


「死ぬ心配がないだけでも気が楽だな」

 ディアンは仄暗い笑みを浮かべる。

 だがいくらすぐに傷が塞がるとはいえ、刃物で切られればその痛みはディアンの中に蓄積される。ただしその痛みを否とするか是とするかは、本人の気の持ちようだとディアンは思った。

 傷の痛みより、別の痛みのほうが辛い。

 もう両親の時のように、親しい者が殺されるのを黙ってみている程ディアンは幼くはない。だからディアンはここに残り、少しでも奴らの足止めをする事を選んだのだ。


 そうこうしている内に、ディアンは南から押し寄せてきた団員達に囲まれていた。

 それらはディアンの前に倒れる仲間など、既にいないものとして視界にすら入れていないようだった。


「お前一人が残ったのか。いい度胸だ」


 そう言って、周りの者よりも一回り体の大きい男がディアンの前に進み出てきた。明らかに体格差でディアンが太刀打ちできない事は一目瞭然。

 その周りを取り囲むように、殺気立つ男達が詰め寄っている。総勢は20人程、その距離は約10メトル。


 ここは敷地北西の角にあたり、ディアンの正面と左には使用人たちが使う空間が残されているだけ。

 左側は建物の北面にある為、地面には随所に苔が生え、人が常に歩く場所だけが道として茶色い色を残している、所謂裏方しか足を踏み入れぬ館の陰となる場所だった。


 ディアンは視線だけで突破する経路を探る。

 庭に行く道は既に塞がれていた。団員達は庭から回り込んだディアン達を追ってきた為、そちら側に集結している。

 故に北にある館の裏側に人影はなく、左手に回り込んだ男達を数人躱せば、その先に活路があるように見えた。だとすれば、道はひとつしかない……。


 ディアンがそんな思考を巡らせれば、ディアンの中に苛立ちの感情が伝わってきた。

『…………』

 どうやらリヒトは、言いたい事を我慢しているらしい。

(ありがとう。でも出てこなくていい)

 ディアンは、その存在に頼りたくなる気持ちを打ち消す。

 そして感謝の念と共に言葉を送れば、苛立ちの感情は静かに引いていった。


 ディアンがそんなやり取りを経て沈黙していた為か、訝しんだらしき大男は厳つい顔をさらに歪めて嘲笑った。


「おいおい、何考えてるかなんて見りゃわかるんだぜ? 今更逃げられる訳がねえ。お前は屋敷に押し入った賊だ。自警団はそんな悪党を逃がしたりしねえんだよ。お前はここで終わりだ。片付けたあとで逃げた奴らも当然、なあ?」


 大男の言葉に周りの男達は、面白い話だと言わんばかりに下品な声を立てて嘲笑する。

 だがその笑いでこの場が和んだ訳では無く、更に男達の目が獣のように仄暗い光を増しただけだった。


 ディアンの額に浮かぶ汗が伝い落ちる。

 確かに大男が言う通り、逃げ切れるのかは分からない状況だ。とはいえ、ここで何もせず言われた通りにするディアンではない。


 建物の北側に突破口を切り開く為、ディアンは踏み固められた地面を蹴る。

 だがそんなディアンを予期する男達は、向かってくるディアンへと武骨な剣を大きく振り上げ待ち受けていた。


 振り下ろされた太い剣は身を反らせて寸前でかわし、体重を横に移動させて男の懐から抜け出す。その移動した先にも振り下ろされる剣を認め、こちらは跳び退って斬撃をかわした。

 しかし、ディアンの背後には大勢が待ち受けている。当然背を向けて後退したディアンへと、ここでも振り下ろされた剣が襲い掛かった。


 ディアンが身を屈め、間一髪で背後からの剣をかわせば、振り抜かれた剣がディアンのいた場所を通過していく。


「くそがー!!」


 空振りに終わった男の叫びを皮切りに、喧噪が巻き起こった。それには何故か喧嘩を観戦する野次馬のような声も含まれる。自警団を自称する男達が、目の前のディアンをいたぶれる事に興奮しているのだとそれで分かる。


 次に下ろされた剣に頬が掠り、ピリッとした痛みが走った。

 それを気にする間もなく次々多方面から振り下ろされる剣の内、数本の刃を体にかすらせつつも、ディアンは遠方へと視線を向ける。

 多少の傷を受けながら後退を繰り返すディアンによって、その間に集団は西の隅へと少しずつ移動していたのだ。


 空いた。今だ。


 ディアンは人がいなくなった東の空間へと一気に跳び出し、体勢を低くして北の裏庭を駆け抜けた。

 男達ではディアンの足の速さに敵わぬからか、無謀にも投げつけてくる剣がディアンの脇を通過してく。それらをかわし剣で弾きながら、ディアンの足は止まることなく東へ向かって突き進んでいった。このまま上手くいけば、正面の門から外に出られるはずだ。


 しかし後方との距離は開けられたものの、ディアンの足は途中で止まる。

「……行き止まり……?」

 リヒトに行く先の状況を聞き忘れていた為に、ディアンが進んだ先には道を塞ぐように建てられた小屋が待ち受けていたのだ。その小屋の中からは動物の息遣いが微かに聞こえてくる。

「馬小屋か。だからこっちから来た奴が少なかったのか……」


 自分の迂闊さにため息を吐くディアンの背後では、その間にも続々と追いついた男達が集結していった。


「そうだ。残念だったな」


 そんな声に振り向けば、厳つい顔の大男がディアンに剣を向けて歪んだ笑みを浮かべていた。

 そして男の背後を取り囲む男達が隙間なく、ディアンの逃げ道を塞ぐように立ち並んでいたのだった。


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