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神獣と選ばれし王 【伍國豊穣記】  作者: 盛嵜 柊 @ 『シド』書籍化進行中
~第一部 白き獣と次代の王~

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44/50

〔44〕崖っぷち

 暑い盛りを越えて草木が色付き始めたといえど、山々はその裾野にまだ若々しい色を残している。


 そんな山々は人が決めた境などに影響される事なく、その全てが途切れずに際涯(さいがい)を抱えて国を縁取り広がっている。

 それ故に際涯に沿って続く深い山に分け入れば、仮令どの山からであろうとも行く先を阻まれる事なく、人知れず国中の移動を可能にするといえた。加えて山奥に隠れている道を使えば迷う事もない。

 ただし危険を伴う山中の道を使うものは少数で、その道を知る者は人目に付かぬよう行動する理由がある者だけだといっていい。


 その道とは、際涯の道。

 国を囲む際涯は(うみ)に吹き荒れる強風を始終纏わせるが故に、山頂の奥と際涯である崖との間には必ず6メトル程の樹木が生えぬ空間が残されていた。それは吹き荒れる強風によって植物が根付かないからで、自然にできた国境の余白ともいえる空間である。


 しかし仮令崖までに多少の幅があろうとも、本来ならばそんな目も眩むような際を歩き続ける事などしたくもないし、そんな酔狂な奴はいないといってもいい。

 だがものには例外というものがあって、今そこを通過している集団もその例外のひとつといえるのだった。


 頭上の太陽が温かな日差しを降り注ぐ白昼。

 ディアン達がアメリア達を救出に向かった日、ソーラムがあるルシェクター領より南にある際涯の際を人知れず進む集団があった。


「いつ来てもここは見晴らしがいいねえー。広い瀛、青い空、絶景絶景、気分爽快」


 集団の先頭でのんびり歩く男は、頭の後ろで腕を組みながらそう言ってずっと瀛を観ている酔狂の一人だ。


「馬鹿いえ、そんなのはお前だけだっていうんだよ。俺はできればこんなとこなんか歩きたかねえ」

 口をへの字に曲げて言う男は、ボサボサの髪に手入れのされていない髭がむさ苦しさを呈している。仮令拗ねたところで、同情などされるはずもないと本人も分かっているはずだ。

 だが髭男の言葉を聞いた周囲の者は、カラカラと引いている馬車の音に負けじと彼を援護する言葉を続けた。


「お前は身軽だからこっから落ちても死なねえかもしんねーが、俺たちゃ普通の人間なんだよ。こんなところで死にたかねえ」

「そーだそーだ」

「景色なんてくそくらえだ」

「金の為でなきゃ、こんなところ絶対きたくないぜ……」

 後方からやいのやいのと言われた男は、頭の後ろで組んでいた手を解き振り返る。

「そんなこと言ったって帰りもまたここを通るんだ。どうせだったら気分よく歩こうぜ?」


 口ではそう言いつつも、この男はそもそも後ろの集団とは話が合わない事がわかっている。

 人生なんて一度しかないのだ。難しく考えたってちっとも楽しくなんてなりゃしない。

 そう割り切って生きているこの男は物事を深く考える事を放棄し、短慮的な思考を続けてきた為今ここにいるともいっていい。

 しかしその思考は、この男が生まれつき身体能力に優れていたからでもあり、特に何を考えなくとも護衛や斥候などを必要とする組織からは常に仕事の依頼が舞い込み、金や女に困った事がなかったからだった。


 それでなくとも後ろの集団は衣服も薄汚れてむさ苦しく、()えた匂いまでさせる奴もいるくらいだ。それらと一緒にされては堪らないと、この男自らが距離を取るのは致し方ない事だろう。

 とはいえ、この男がそこまで考えているかも誰にもわからない。


 そんな纏まりのない集団がなぜこんな場所を通っているかといえば、人に知られずにある場所に行く為だった。

 その場所に到着するのは明日の正午を予定しており、現在は魔獣の襲撃もなく順調に工程を進んでいる。

 だから今は少々気が緩んでいた中でのじゃれ合いといえるのだ。

 しかし。


「止まれ」


 そんな先頭を歩いていた能天気な男が、声を低くして後方を進む集団に声を発した。緊張をはらむ声に、集団は無駄口を止めて歩みを止める。


「おい、魔獣か?」

「違う。まずいな……いつの間にか誰かに見られてたらしい」


 男の声に後方の集団が俄かに緊張を滲ませ、十人程が一斉に立てた身構える衣擦れと共に周囲に警戒の目を向けた。


「なんで直ぐに気付かなかった。それがお前の役目だろう」


 集団の中で今回のリーダー格であるガタイのいい男は、周囲に目を向けつつ進み出て正論をぶつける。

 今回、先頭の男の役割は外敵の気配を一早く察知し、皆に知らせてリスクを軽減させる事だ。そして回避できない場合は、速やかに戦闘に加わり必要以上に手勢を減らさぬというもの。


「いやぁそうは言われてもね。相手は素人じゃないみたいだし?」

「何?!」


 聞き流しそうな程にさらりと発した言葉は、流石にその意味を理解した者達が動揺を見せた。

 謂われてみれば確かに気配にも聡いこの男が、いくら雑談中だとはいえ、周囲への警戒を疎かにしていたはずはない。だとすれば今の発言通り、相手がただの通りすがりではないと断言できた。


「チッ。お前ら、気ぃ抜くんじゃねえぞ!」

「おう!!!」


 野太い応答は纏まりを得て一帯に響く。既に相手に見られているのならと、こちらも迎え撃つ意思がある事を存分に示したのだ。


 そこへゆったりとした足音が近付いてくる。

 続けて木立から姿を現したのは、瀛からの風を受けて茶色い外套をはためかせる、威風堂々たる一人の男だった。


 男は灰色の飾り気のない装束を纏い、頭部には揃いの色の布を巻き付けて顔の半分を隠している。上背もあり体格もいいが、どうみても冒険者には見えない。

 それはどちらかといえば盗賊にみられる装いだと思えたが、男の出す覇気が只人ではない事を明確に伝えていた。


 その男が口を開く。

「気付かれたのなら致し方ない。それに、これ以上進ませる訳にもゆかぬからな。やるなら丁度よい頃合いだろう」


 余裕のある態度と言葉に、薄汚れた集団はいきり立った。

 仮令相手が多少強かろうが、所詮は一人でこちらは十人。これは見栄を張っているだけで楽勝だ、と誰もが思ったのは決して間違った思考ではない。

 だがそれは本当に、相手が想像した通りの者だった場合に限られる。


「なんだてめーは! 俺達を誰だか知ってて狙いやがったのか!」

 リーダーの男は即座に剣を構えると、男に向かって吠える。

「まあ、そんなところだ」

 おどけたように肩を竦める偉丈夫は、構えるどころか余裕さえうかがえる態度のまま。


「くそっ! 誰か情報を漏らしやがったのか! ――だがこっちはお前一人にやられる程生っちょろい奴はいねえ! 返り討ちにしてやるぜ!」

 リーダーの男は、そんな偉丈夫に向かって啖呵(たんか)を切った。

 その言葉で背後の仲間達の士気も上がり、男を睨む目がギラギラしたものに変わる。


「ほう?」

 だが言われたほうは、面白そうに片眉と口角を上げただけ。多勢に無勢のこの状況を以てしても、この男の態度は始めから一貫している。

 ()いで何かに気付いたように再び口を開いた。


「ああ言い忘れていたが、お前達をここに送り込んだ者達は既に囚われている。故にここで降参したところで、お前達を咎める者は誰もおらぬぞ?」

「なに?!」


 これは罠なのかと、ここにいる男達誰もが思った事である。

 自分達をここへ送り込んだ組織は、決して小さいものではない事は自分達が一番よく知っているからだ。

 それを捕らえたというのが本当であれば、自分達がここで逃げたところで追手は掛からないはずだ。そして何より、今回の計画の意味を失った事になる。

 しかしそれを今、確かめる術はこの男達にはない。

 一瞬の内に困惑しザワリとした集団は、しかしリーダーの男によって再び息を整える事となる。


「ぬかせ! 生憎そんな嘘には騙されねえ! お前の揺動作戦なんてお見通しなんだよ!!!」

 そうだそうだ、と合いの手のような声が上がる。

 真偽を確かめる事ができぬ以上、この反応は想定内だったと言わんばかりに偉丈夫は頷いた。


「まあ、そう言われるとは思っていた」

 そう言って腰に差していた立派な剣を、ゆっくりと鞘から引き抜いた。

 そんな一触即発の動作に、男達が足場を作る為にジャリジャリとスリ足をさせた音が鳴る。


 偉丈夫の目が細められた。

「こい」

 さも稽古をつけてやると言わんばかりの余裕ある偉丈夫に、馬車を囲んでいた集団は、一斉に地を蹴って向かっていった。



 それはものの数分の出来事であり、その場にいた男達全てが次々と昏倒させられ地に沈んでいった。

 その偉丈夫の剣には血糊ひとつ付いておらず、全てが剣の柄での急所の一撃。そしてそれは剣の師範が弟子と相対するくらいの実力差を露呈した結果なのであった。


 そして静けさが戻った一角に、際涯に面する木立から偉丈夫の腰ほどもある大型の狼が現れる。

 外套をはためかせ剣を鞘に収める男の背後に近付く獣に、気付いたはずの偉丈夫はしかし、別段気にした様子もなく倒した男達の下へと歩みを進めた。


「お前達はこいつらを拘束し、先に戻れ」

「はっ!」

 偉丈夫の呼びかけに何処からか50人程の騎士が現れ、男の言葉を即座に実行に移していく。


 それを眺める偉丈夫の隣に、目の覚めるような蒼を纏う獣が並び立った。

『ちょっと。煽って遊んでたでしょ……』

 言われた男は目線だけを隣に向け、フンと鼻で息を吐き出す。

「そうか?」

 悪びれもなくニヤリと男は笑った。


『もう、折角兵を連れてきたのに、自分でやってちゃ意味がないわよ』

 不満気にいう獣に、偉丈夫は肩を竦めて見せた。

「俺もたまには体を動かさねば、どこかで暴れ出すやも知れぬぞ?」

 そんな言い草の男に向かって、蒼い獣は呆れた目を向ける。

『またそんな事言って……。どうせ向こうに行きたいからって、早く終わらせたかっただけでしょ?』

「ほう? よくわかったな」

 惚ける男へと、半目になった獣は顔を向ける。


『ほんとにこの人は……それじゃあ、ちゃっちゃと行くわよ』

「ああ」


 文句を言いつつも我儘を許す獣に向けて、偉丈夫は心から嬉しそうに微笑みを浮かべた。


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