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神獣と選ばれし王 【伍國豊穣記】  作者: 盛嵜 柊 @ 『シド』書籍化進行中
~第一部 白き獣と次代の王~

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43/50

〔43〕選ぶ余地なし

 ディアンがアメリアの無事を喜び、皆を小屋から助け出す事に成功した頃。


 人を見下す無礼な態度の騎士が去ったあと、呼びつけた使用人に急ぎ食材調達と部屋を整えるよう言い放ったヴァンモリイは、慌てて執務室に戻り、絵画の裏に設えた金庫を開けて、中にあった売買契約書に再度目を通していた。


 それには受け渡し時刻は明日正午と、今夜ここを発って十分間に合うはずの時間が明記されていた。しかし今日の内に伯爵がここへ来るとなれば、今夜気付かれずに商品を動かす事はまず不可能と考えねばならない。


「余計な事ばかりしてくれるっ!」

 吐き捨てる言葉は飛沫と共に宙を舞い、儚く消えていく。


 確かに、ヴァンモリイが就任した年に年若い伯爵自らが赴いた以降は、ここへ来る気配もない為にヴァンモリイが多少の油断をしていた事は否めない。

 しかし今回手紙が来た時点でヴァンモリイは綻びが出ぬよう準備を整え、商品の出荷日も問題ない事を確認して慎重を期すべく全てを順調に進めてきたはずだった。

 それなのにこの期に及んでその予定を覆す行動を告げてくるなど、人のする所業ではなかろうと、ヴァンモリイは自分の事は棚に上げ、伯爵への憎しみを露わにする。


 しかし、一刻の猶予もない。

 イライラとした気持ちを抑え付け、今すぐにでも商品を運び出す手筈と整えなければ、とヴァンモリイが思考したその時だった。


「旦那! 商品が逃げやした!」


 扉越しに大声で話すオズィーンには、確かに入室許可を得ずに扉を開けるなとは言ってあった。

 しかしそれは通常時の事で、人に聞かれたくない事を誰が聞いているとも知れない廊下で発するなどとは、オズィーンをよく知るヴァンモリイですら予期していなかった事だった。

 とはいえ、怒りが爆発しそうになったのはその態度ではなく、発せられた言葉の意味に気付いたからで、ヴァンモリイの意識はそんなオズィーンの態度の事など頭の中から消えていた。


「入って説明しろ!」


 優雅な生活を自称しているヴァンモリイですら、今はそれどころではないと取り乱す。

「あとからあとから次々と、今度は一体なんだというのだっ!」

 ヴァンモリイが発する言葉と同時に、オズィーンが渋い顔で飛び込んできた。


「誰かが商品を連れ出しやした。小屋は襲撃を受けたあとで、見張りは殺されてやす」

 小屋が襲撃? 奪われた?

 という事は明日引き渡すはずの商品がなくなったのだと、そこでヴァンモリイの思考は結ばれる。


「―!!― 小屋には人を立て、厳重に警戒しておけと言ったはずだ!」

「へい。だもんで、言われた通り追加で6人をつけやしたんですが……」

「屁理屈はいい! それでは足りなかったから奪われたのだろうが! 私は厳重にと言ったはずだ!」

「………」


 オズィーンも、それ以上続ける言葉が見付からないのか黙り込んでしまった。

 今は団員の殆どが町へ出払っている為に動かせる人数が少ないのだ。とはいえ、それを知ったところで理解を示すヴァンモリイでもない。

 どちらにしても、沈黙すら怒りを煽られたように感じたヴァンモリイは、顔を赤く染め上げて唾を飛ばした。


「何をグズグズしている! 早く商品を捕まえて連れ戻せ!! それでなくとも若造が間もなくここに来るというのに、そいつらに時間を掛ける暇はない!! 連れ出した奴らは見付け次第始末しろ!!」

「へいっ!」


 慌てて走っていくオズィーンの姿など見送るはずもなく、ヴァンモリイは机に広げた書類を叩き付けた。

 そして契約書の文言を慌てて目でなぞる。

「受け渡しができなければ賠償金が発生する……? 一人に付き金貨二十枚、だと?」


 これまでの受け渡しではトラブルなく予定通りに済んでいた為、ヴァンモリイは賠償金の項目など気にも留めていなかった。しかしよくよく見れば受け渡しが出来なかった場合、賠償金が発生すると特記事項に明記されていたのである。


 ヴァンモリイの行く先々を邪魔するかのように、次から次へと問題が発生している。

 今回のトラブルは慎重に組んだ予定が崩された事で、全てが台無しになっているのだとヴァンモリイは思い至る。


「そもそも若造が全て悪いのだ! こんなくだらん事で私を煩わせるとは! 一刻も早く神獣を見つけ出し、あいつを廃爵せんと気が済まん!!!」


 そういいつつもヴァンモリイの手は売買契約書を壁の中に戻し、保身の為の準備に取り掛かっていた。

「今商品の事はあいつに任せ、私は私の準備をしなくては時間がない」

 伯爵がいつこの部屋に来てもいいように、見せられぬ書類を隠す事が急務だ。

 それに最悪今回は商品を揃えられずとも、今を乗り切ればあとはどうとでもなるだろう。


 なにせヴァンモリイはもうじきこの国の王になると決まっているのだから、とそう思えば怒りは次第に収まってくるというものだ。


「フンッ。今の内に精々もてなしてやろうではないか」


 こうして徐々に落ち着きを取り戻ていったヴァンモリイは、はち切れんばかりのスーツを整えると、余裕の足取りで執務室をあとにした。



 ◇ ◇ ◇



 裏門を目指す先頭のディアンの正面には五人、殆どは背後の庭から駆けつけてきたという具合で取り囲まれていた。

 ジリジリと距離を詰めてくる男達から皆を守るように、ディアンは裏門の男達へと剣を向け、ウォーレンは庭側の多勢に向けて弓を引き絞った。

 そんな二人だけの護衛に余裕の嗤いを向ける男達は、走っていた足を歩きに変え、獲物を追い詰めた獣のようにゆっくりと距離を縮めてくる。


 裏門との距離は、あと10メトルにまで迫っているのに。


「ディアン、行けるかい?」

「ああ、こっちは問題ない」


 いくら対人といえども最早躊躇する気など毛頭ないディアンは、剣を両手で握り直して腰を落とした。彼女達は絶対に、無事に逃がすと約束したのだ。


「強引に突破するよ。行って」


 ウォーレンの言葉で弾かれたように走り出したディアンのあとを、躊躇いがちに皆が追いかける。とはいえ、その先には屈強な男が待ち受けているのだ。ディアンが進む先にいた男達も、飛び込んできた獲物が自分達の手で始末できるとあってか、興奮したように大袈裟な舌なめずりを見せつけた。


 そんな男達に向かって走り出したディアンは、彼らの目前で視界から消えたように上へ跳ぶ。そして迷いなく落下地点へと力の限り剣を振り下ろした。


 ――ザクッ!――

「ぎゃあぁぁー!」


 まさかディアンが想像を上回る速度で動き回れるとは、目の前にいた男達は思わなかっただろう。

 華奢なディアンならば、片手で捻り上げれば簡単に終わると思ったはずだ。しかしそれは大きな誤算だったと、今更気付いてももう遅い。

 確かにディアンが腕力では、男達に決して適う事はない。だが、この小さな体からでは想像もつかない程の俊足と全身のバネを使った身のこなしが、ディアンの最大の武器であると見ていた者の全てが知ることになったはずだ。


「なんだコイツ!!!」

「はええ!」

「子供だからと気を抜くな!」

 前後からの濁声が怒気を帯びる。

 だがそれらを言わせたままにするウォーレンではなかった。

 魔獣討伐時に見せた弓の連射によって、南から迫ってきていた男達に矢の雨を降らせていた。


 ディアンは後方をウォーレンに託し、今は目の前の男達から振り下ろされる剣と躍っていた。


 ―スパッ―

「ん……」


 だが時折、避けきれなかった刃がディアンを掠めていき、一瞬の痛みが通り過ぎる事も当然ある。それでもディアンは視線を揺らさず、目の前に居る男達から視線を逸らす事はしなかった。


 仮令剛腕の人間が相手だとしても、その太刀筋は素人といえる程の粗末なものだった。それに何より、ディアンからすればその動きは全て見切れるものであり、魔獣の俊敏さもない男達では負けるとも思えなかった。

 ただし、ディアンから負わせる傷は浅く、何度も剣を当てなければならないのは己の修練不足と諦めるしかないけれど。


 ディアンは前方の男達の視線を引き付ける為、自ら懐に飛び込むようにして間合いを詰め、次々に浅い一撃を加えていった。

 後方で怯え震える彼女達を護るのは、今は自分とウォーレンしかいないのだ。ディアンがこの五人を全て沈める事ができれば、あとは目の前にある門を抜けて町を脱出するだけだと自分に言い聞かせ、ディアンは気力を奮い立たせる。


 ―ズサッ―

「ぐえっ……」


 ディアンはよろけた男の隙を付き、最後の一人に剣を突き入れた。

 これで前方の道は開けた。

 後方は! とディアンが振り返れば、ウォーレンは未だ矢で奴らが近付く事を牽制しながら、じりじりと後退するように裏門へと距離をつめていた。

 ディアンは後方を任せ裏門扉へと近付くと、鍵が閉められていない南京錠を認めて手早く閂を引き抜き、重い鉄の扉に体重を掛けて開いていった。


「皆さん、早くここから外へ!」


 ディアンの声に気付いた女性たちが、我先にと隙間ができた門へと駆け付けてくる。その後ろでは未だウォーレンが弓を放ち、剣を握る男達を近寄らせまいと奮闘を続けてくれていた。


「ウォーレン!」


 ディアンの声で振り返ったウォーレンが、捕らわれていた八人が門の外へ出た事を認めて駆け寄ってくる。

 とはいえ、そうなれば足止めを食らっていた男達が、ディアンのいる裏門へと一気に迫ってくるのは当然の事。そんなウォーレン後方の男達の動きに、目を向けていたディアンは即座に気付いた。


(みんな)外に出たね。私達も早く行くよ」

「ああ」


 返事をしたディアンは、ウォーレンの背中を押して門の外へと突き飛ばす。

「ディアン?」

 数歩進んで振り返ったウォーレンの前で、鉄の扉がガシャンと音を立てて閉ざされる。続けて響く金属音は、閂が差し込まれた音と南京錠をはめる音。


「何してるんだ!」


 焦った顔のウォーレンが必死に扉をガタガタと揺さぶったが、それはもうビクともしない柵と化している。

「先に行ってくれ。僕はあとから行くから」

 微笑んだディアンは、嘘を言っているようにはみえない。


「何故そんな事を……」


 その問いかけには答えずウォーレンへと背を向けたディアンは、迫りくる男達と対峙する為に正面へと視線を据え、揺らがぬ瞳に強い光を灯す。


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