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神獣と選ばれし王 【伍國豊穣記】  作者: 盛嵜 柊 @ 『シド』書籍化進行中
~第一部 白き獣と次代の王~

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42/50

〔42〕風は渦を巻く

 街道を、南から北へと走る馬車に乗っている男は、揺れる窓の外に顔を向けた。

 薄紫の髪をスッキリと後ろに流し、やや目尻の下がる血筋通りの灰色の目を細めて遠くを見やる。

 この男の名前はウィルバーティス・ルシェクター。現在アルメオラ国の北東に領地をいただく、ルシェクター伯爵家の当主である。


 道行く馬車の両脇では、黄金に輝きを増した植物にさざ波を立てて風が通り過ぎていく。大空を遮る物がない雄大な景色の中で、そんな黄金の中に小さく動く人の姿も垣間見えた。

 遠くに望む人の温もりを感じさせる小さな町の、背後には際涯を抱える雄々しい山々が連なっている。


「やっとここまで来たな……」


 口元だけに声を落とし、ウィルバーティスはゆっくりと瞼を下げた。


 ウィルバーティスがこの地を治める領主として、急逝した父の爵位を継いで八年が経った。


 当時まだ二十代に入ったばかりのウィルバーティスが、これから父の下に就き領地の事を学んでいこうとしていた矢先、視察の為に領地を巡っていた伯爵家の馬車が崖崩れに巻き込まれ、乗っていた父がこの世を去った。

 父の後を継ぐのはまだ何年も先だと思っていた中での、急な出来事だった。


 それはウィルバーティスに少なくない混乱をもたらしたものの、それでも優秀な執事の手を借りながら少しずつ領地の事を学ぶところから始めた。

 手始めには伯爵家が居を置く領地南部に近い町から接触し、執事からの信頼もあった管理代行者の力も借りつつ知識と経験を積み重ねた。


 そうして少しずつ遠方へと広げていき、領地全域を掌握する為に管理者の為人(ひととなり)を把握し、住民に寄り添えぬ思考を持つ者達をすげ替えながら、八年かけ、やっと最後に残った辺境ソーラムに着手できるところまできた。


 ウィルバーティスはこの八年を振り返って、吐きたくなるため息を飲み込んだ。


「若様。領主の視察というものは、意表を突いたものでなくてはなりません」


 ウィルバーティスが最初に助言を求めた執事の言葉を、今でも忠実に守るからこそ、これまでに接触した管理者達の思惑にも気付く事ができたのだ。

 父も視察に出る際はいつも突然で、時には家族にさえ行先を告げる事なくいなくなっていたな、と馬車の狭い椅子の背もたれに身を預けたウィルバーティスは、頭上を過ぎた陽の光に追懐(ついかい)を溶かしていった。


 ウィルバーティスはこれより、最後に残されていたソーラムの町へと、就任後二度目となる視察の為に馬車を向かわせているところなのである。


 それにしても、とウィルバーティスは眉間に深いシワを刻む。

 先程、信頼する護衛騎士であるスタンリー・コッカーを、礼を欠かない程度の時間を空けて向かわせてみれば、戻ってきた騎士は静かな怒りを湛える姿に変わっていた。

 彼の報告を受けたウィルバーティスはその内容に思い当たる節を得て、一層馬車の速度を上げる決断をくだしたのだ。


「やはり放置し過ぎたか」

「―――そうかも知れませんが、それも巡り合わせといえましょう。若様は全容を知る神ではございませんからな」


 これまで気配を消して座っていた対面の執事は、長年の内に刻まれた目元のシワを深くしてハッキリと告げた。


「そうだな」


 ウィルバーティスはいつまで経っても「若様」と呼ぶ執事に内心苦笑しつつも、その労いには緩めた目元をさらして首肯する。


 そんなウィルバーティス・ルシェクター伯爵を乗せた馬車は、間もなく、辺境の町ソーラムに轍を刻んでいくのである。



 ◇ ◇ ◇



 貴族が持つ館の庭は、植え込みで区切られた小径が作られ、それを辿りながら区画ごとに色や種類が違う花が愛でられるようにと工夫されているのが一般的であるらしい。


 まさにこの庭もウォーレンに聞いた通りの庭だった。

 それらの垣根や植え込みにディアンが皆を誘導し、ウォーレンは弓を握る側とは逆の手で吹き矢を握り、近付いてくる男達を速やかに昏倒させていった。


 ディアン達は小屋から出たあとは庭の外周に近い場所を通り、噴水を越えてゆっくりと雑木林に向かっていく。

 西にある東屋へと近付く頃には、そこから雑木林の奥に見える北西の裏門が、遥か彼方に見えてきた。


 その雑木林は東屋を過ぎた場所から西面に広がり、建物に差し掛かる手前で、そこが庭との境と謂わんばかりに途切れる。雑木林は庭の終わりを告げるようにあって、それを抜けると洗濯物が掛かった物干し場や水場などの使用人が使う作業場があると見て取れた。


 そこまで行けば裏門までの残りはあと100メトル程だ。

 その代わり作業場には障害物がなく、隠れる場所がない為に一気に駆け抜けて行く事になるが、幸いな事に今見えているその作業場に人の姿は見当たらない。


 ディアンはその様子を確認して、後方にいるウォーレンに目線で合図し頷いた。

 ディアンの意図を理解したウォーレンも頷いて応じた、その時だった。


「う゛わあー!! なんだ!!」

「んあ? どーしたっ!」

「なんだどういう事だ!!」

「おい! お前、どうした?!」

「うわっ! みんな殺られてるぞっ!!!」

「侵入者だぁー!!!」

「お前ら! 小屋の中を確認しろ!! 残りは逃げた奴がいないか探せ!!!」


 急にディアン達が出てきた東側の小屋付近が騒がしくなった。

 倒した男達がとうとう見付かってしまったのだ。


 大声は離れたディアン達が居る場所まで響き渡り、救出した人達は怯えて抱き合い、体を竦ませ口元を押さえて絶望を匂わせている。

 ウォーレンとディアンは張り詰めた緊張を纏わせつつも、視線はそんな男達の動向を窺っていた。


 最後尾にいたウォーレンがディアンの傍に近付き、耳打ちする。

「こうなれば時間との勝負だ。この先は走ろう」

「分かった」

 ウォーレンが最後尾に戻りながら、植え込みから出ないように身を屈めつつも、皆に落ち着くよう声を掛けていく。

 その間にも騒ぎがみるみる大きくなる様を見ながら、ディアンはリヒトに問いかけた。

(リヒト。こっちは気付かれてないか?)

『まだだな』

(わかった)


 皆の視線がディアンへ向かう。

 ディアンは強いて微笑みを浮かべ、皆へ向かって頷いて見せる。

「ここからは身を屈めるのは止めます。大丈夫、奴らはまだ僕たちに気付いていない。皆さんは全速力で走って僕に付いてきてください。出口は目の前です」

 怯えながらも頷き返す視線を受けとめたディアンは、視線を巡らせ、遥か彼方にある裏門を見詰めた。

「行きます」

 そうしてディアン達は静かに走り出した。


 総勢九名が東屋の裏を回って雑木林へと走っていく。

 だがいくら全速力といえども、走っているのは子供と女性だ。それに彼女達は明るい色の服を着ている事もあって、まだ緑を残す木々の中を走り抜ける集団が見付からないはずはなかった。


「いたぞ!!!」

「あそこだ!!!」

 数人が既に庭の中ほどまで来ていた為に、その声は恐怖の距離感を近くした。

「ヒッ!」

「キャー!」

 彼女達はその声に、条件反射で悲鳴を上げてしまう。

 それで更に注目を集めるのは、最早言うまでもない事だった。

「あれだ!」

「そこだ! 逃がすな!!!」

 続々と続く濁声の叫びが騒ぎを大きくするが、ディアンもそれに負けぬように声を張り上げた。

「頑張って! 止まらないで!」

「皆さんは護ります! 走って!」

 ディアンに続きウォーレンも皆を鼓舞する言葉を掛けた。


 追いかけられる焦りに体をふらつかせる者を支え、ディアンは視界に見える裏門を目指した。

 もう後ろを見る余裕もない程、皆は目指す門を見詰めてただひたすらに走るしかなかった。そしてやっと雑木林を抜けて見通しのよい空間に出たところで、ウォーレンが立ち止まり後方へ向かって弓を引いた。


 ―シュンッ―

「ぐわぁあー!」


 確実に距離を詰めてきた男達との間に立ち塞がり、一射一射正確に急所を狙いウォーレンは射抜いていく。そうして走っては立ち止まって弓を引き、そしてまた走る事をウォーレンは繰り返す。


 しかしそれでも、足の速さはどうしても男達のほうが上だ。それに作業場の広い空間を駆け抜ける頃には、館北側から回り込んだ男達が裏門の前に姿を現していた。


 こうして裏門を目前にしながらもディアン達は僅かな空間の中、前後を挟まれる形で退路を塞がれる事になった。


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