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神獣と選ばれし王 【伍國豊穣記】  作者: 盛嵜 柊 @ 『シド』書籍化進行中
~第一部 白き獣と次代の王~

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〔41〕抱き合う二人

 男達が出てきた時のまま開いていた扉から、二人は静かに身を滑らせて、ディアンの部屋くらいしかない狭い空間に入った。

 そこは窓から入る採光で程よく明るく、椅子やテーブルがある室内は粗末な休憩室の体を整えていた。

 その正面の床に四角い切れ込みを見つける。


 人の姿がない事にディアンとウォーレンは無言で頷くと、ウォーレンが扉の前に張り付いてもう一度ディアンに向かって頷いた。


「行って」


 表に倒れている男達はそのままだ。いくら入口が低い生垣に囲まれているとはいえ、誰か一人でもこちらに来れば倒れているものに気付かれ、一気に騒ぎになるはずだ。

「時間がない」と囁くウォーレンに頷いて、ディアンに床はめ込まれた蓋を開けると、急ぎ続く階段を下っていった。


 不揃いの石を並べて造られた階段をディアンが跳ぶように下りていけば、二十段もない階段はすぐに終わりを迎え、階下にあった何もない空間に躍り出た。


「ディアン?!」


 後方から叫ぶように響いた声に反応し、ディアンは弾かれたように振り向いた。

 床に石が敷き詰められた部屋は階段が一部を区切り、凹の字形に空間を残す造りになっていた。振り向いた後方にはそれぞれに死角となる場所があって、ディアンはその一方に寄り添って座る八人の人影を見付ける。

 二十代くらいの女性が三人、十歳くらいの少年少女が一人ずつで、それよりも小さな子供が二人。そして見覚えのある翠色の髪の娘がそこにいた。


「アメリア! 無事か!」


 ディアンは狭い部屋の短い距離を走り、ディアンへ向け両手を広げて座っているアメリアに飛びついた。

 そんな突然現れたディアンに怯えたようにしていた者達も、アメリアとディアンの様子を見て表情を緩める。


「助けに来た」

 その言葉にアメリアは、抱きしめていた腕を解きディアンの腕を押して顔を見上げた。

「ディアン一人できたの?」

「いいや、もう一人上に協力者がいる。だけど説明してる時間がない。僕らがここに来た事はすぐに気付かれるだろう。騒がれたらここから出られなくなるから、(みんな)は急いでここから出てくれ」

 ディアンが周りにいた人達にも今すぐここを離れるよう指示を出せば、顔色を変えた女性たちは小さな子供を抱きかかえ、慌てて階段を上っていった。


 残ったのはディアンとアメリアの二人だけとなる。

「アメリアも急いで」

「……ありがとうディアン。助けにきてくれて」

 泣きそうな顔で立ち上がるアメリアに手を貸して、ディアンは笑みを浮かべて頷いた。

「当然だろう? でも御礼ならあとでたっぷり聞くから、今は急いで」

「そうね。あとで沢山言わせてもらうわね」

 二人は微笑みあってから、アメリアを先頭にディアンも階段を上っていった。


 ディアンが床下から顔を出せば、ウォーレンが皆に次の指示をしているところだった。

「――さい。出てすぐの所に男達が倒れていますが、子供達には見せないように注意して。そこから裏手に回って物陰に隠れながら進みます。皆さんを家に帰すと約束しますので、絶対に声を出さずに私達に付いてきてください」

 ウォーレンは次にディアンへと視線を向けた。

「ディアンも準備はいい?」

「ああ」

 言ってからシャラリと引き抜いた剣を持ち直し、ディアンは強く頷く。

 ウォーレンの話を聞いて驚いた表情だった女性たちも、次第にその表情を引き締めていった。

 ウォーレンが背負っていた弓を手に持ちかえると、女性たちは子供の手を握り互いに励ますように頷き合っている。


「アメリア、ここから出たら孤児院に行って。先生達なら皆を匿ってくれるはずだから」

「ディアン?」

 行先をアメリアの耳元で囁けば、不安げなアメリアの視線が返ってきた。

 そんなアメリアにディアンは笑って見せる。

「僕も当然ついていく。でも僕がずっと道案内できるとは限らないし、ウォーレンは場所を知らないんだ。だから僕ができなかったらアメリアに道案内を頼みたい」

「一緒よね?」

「ああ。勿論」

「分かったわ。その時は私が案内する」

「頼んだよ」


 そういって前を向いたアメリアの背中を見詰めながら、ディアンはリヒトに呼びかける。

(リヒト、中にいるのか?)

『いいや。そなた達がきた時に建物から出た。今は入口周辺を監視しているが、今なら出てきて問題はない』

(わかった、今から出る。引き続き裏門までの案内を頼めるか?)

『よかろう。経路は任せよ』

(頼む)

 ディアンはリヒトとの会話を切ってウォーレンに視線を送る。

「ウォーレン、行くぞ」

「そうだね、それでは皆さん急ぎましょう」


 ディアンは僅かに開かれたままの扉から外の様子を窺うと、皆に頷いてからスルリと外へと消えていった。

 不安げな女性たちも子供たちと手を繋ぎ、間を空けずディアンのあとを追って一人二人と消えていく。そして最後のウォーレンが外に出て小屋の扉を静かに閉めれば、そこには無機質な静寂だけが残された。


 先頭を行くディアンの後ろには怯える子供達を抱きかかえる二人の女性が続き、少年と少女は互いに手を繋いでその後を行く。その後ろにもう一人の女性とアメリアが続き、しんがりはウォーレンが務めている。


『次の植え込みを左だ』


 何処からかこちらを見ているリヒトがディアンを導いて声を送り、それに無言で頷いて、ディアンは言葉の通りに行動していった。

 リヒトに指示した裏門へ向かう事は、昨日ウォーレンと既に打ち合わせたものだ。

 昨日一日を掛けて館周辺の動向を確認していた際、館の門前にウォーレンを残して外周を偵察し、ディアンは裏門の位置を確認している。



 その、館周辺を見てくるようにディアンへ指示を出したのはウォーレンだった。


 ウォーレンは外周の偵察から戻ってきたディアンへと顔を向けた。

「お帰り。裏門の場所は分かったかい?」

「ああ。ウォーレンが言った通り、敷地の北西に小さい門があった。他は出入りできる場所はないな」

 ディアンがウォーレンの隣に立って館を監視する位置に戻れば、ウォーレンは頷いて再び館へと視線を戻した。


「こっちの大きな門は正門で、住人や来客が利用する門だ。そして今ディアンが見てきた小さい門は、館で働く者や食料品などを納める業者が使うためのものだね」

「勝手口って事だな?」

「そう。こういった広い敷地を構える建物は、出入口が一か所という事はない。それは今言った者達が使用する為でもあるけれど、もしもの不測の事態に備え、自分達が逃走する経路を確保するという意味もある」

「確かにここしか出入口がないと、塞がれたら出られなくなるからな」

「そういう事。それにこの町自体が領主に配慮した造りになっていて、領主館へ馬車が乗りつけられるように町に工夫がしてある。ディアンは気が付いた?」

「ん? そんなのあったか?」

 ディアンは一年以上も町に住んでいるが、そんな工夫がある事さえ知らずウォーレンの問いかけに首を傾けた。


「このソーラムという町は南側に町の入口がある。入口からは北へ道が続き、次に見えてくるのは東西に伸びる店が並ぶ通りだ」

「そうだな」

「だけど入口から南北へと伸びる広い道はまだ続いていて、その先に進むと北側には住宅地が広がっている」

 ディアンがその住宅地に足を踏み入れるのは、町の北側にある山の麓に行く時くらいだ。

「その住宅地へ行く途中、中程の所で広い道は左に折れて西へと続く。丁字路から先、北側の住宅地へ続く道はそこから狭くなっているよね」

「そうだったか?」


 ディアンは町中を思い出すが今ひとつピンとこないのは、今まで特に気にしてこなかったからだろう。


「そうだよ。広い通りが何故途中で折れるかといえば、領主の館がここにあるからだ。ここは町の中心よりも西側に位置し、館はその西側の中心部に造られている。途中で折れた道は西の中心部まで続いているんだよ」

「ああ、だからその道の突き当りにあるこの門は、東を向いているんだな」

 ディアンが気付いた事を言えば、ウォーレンが目を細めて頷いた。

「そう。南から北へ続く広い通りは町の中心を通って西に向かい、最終的にはこの館の正門に辿り着いている。それは当然、領主や来客が馬車で乗り付ける為だよ」

「―――だから裏口は客から見えない反対側にあるのか」

「正解」


 流石にこの町を練り歩き、ウォーレン自らが地図を作っただけの事はあるなとディアンは感心する。

 こうして話してみるとよく分かる。ウォーレンはディアンよりも町を熟知し、人の動線や道の役割も理解しているという事だった。


「皆を助け出したあとは人目を避ける為にも、その裏門を使ったほうがいいだろうね」

「そうだな。東は自警団の詰所もあるし、こっちに逃げても奴らに気付かれたら一気に囲まれる」

「皆を助けたあと、その団員達をどうやって足止めするかという問題もあるけれど、ここまで見ていた限り団員達は滅多に裏には回り込まないないようだから、どうにかなるとすれば裏門の一択だね。そして極力気付かれない行動を取る事」


 とはいえ、それは外側から見た門の位置であり、勝手に敷地内に入る事ができぬ以上、抜け出す経路までは事前調査はできない。その為アメリア達を地下から助け出したあとは、出たとこ勝負になるけれどとウォーレンが渋い顔をしたのは当然の事だ。

 しかし敷地を出る為に東の玄関前を通る訳にはいかないのだから、庭を通って裏に回るしか道はなく、ディアン達が潜入した際に帰りの経路を確認する話で最終的には纏まった。

 そして裏門まではディアンがが先導するからと自信ありげに言って、渋ったウォーレンを強引に納得させて今に至る。


 実のところ今回はリヒトの協力もなくしては計画すらできなかった、というのが、口に出来ないディアンが思う真相である。


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