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神獣と選ばれし王 【伍國豊穣記】  作者: 盛嵜 柊 @ 『シド』書籍化進行中
~第一部 白き獣と次代の王~

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40/50

〔40〕潜入

更新が遅くなり申し訳ございませんでした。

 木々の途切れた庭先に出たディアン達は、そこから地上に降りて物陰に隠れながら密かに距離を詰めていった。


 貴族館の庭というものは、館から望む景色が華やかであるようにと設計され、噴水や香りを出す美しい花や果実を実らせる樹などといった目に鮮やかに映るものを、専門の職人が一年中管理し家人の目を楽しませるものらしい。

 ウォーレンから事前に、敷地内にはそんな場所があるはずだと聞いていたが、実際に目にする庭にディアンが瞠目する事は避けられなかった。それは想像よりもずっと、規模が大きいものだったからだ。


 館にある庭は館の南に面しており、東にある玄関からでは垣根を回り込まぬ限り、その様子を見る事ができない造りになっていた。

 ディアンが最初に目にした東屋は庭の中心よりやや西にあって、中央に小さな噴水、そして東寄りにアメリア達がいる小屋があって、小屋は東側からは生垣で隠されるように建っていた。

 時折東側から自警団員が垣根を越えて入ってきては、小屋に行っていると思わしき動きが確認できた。それ以外にも庭の中を見て回る者がいて、近付かれるたびにウォーレンが吹き矢で眠らせる事も続けている。

 それらは植え込みの影に引きずり込む事も忘れてはいない。


 そしてウォーレンの合図で、ディアン達はまた東へと静かに移動していくのだった。



 ディアン達は南東端の植え込みの陰に隠れ、目の前にある建物を見詰めていた。

 小屋との距離は10メトルといったところだろう。

 ただ残念ながらここは建物の裏手に当たり、入口を見る事は出来ない場所だった。建物の入口側では身を潜める程の物陰がなく、この場所から様子を窺う事しかできなかったからだ。

 二人は張り詰めた空気を纏いながらも気配を消し、言葉も封印して様子を見守っていた。


「俺達、なんでこっちの見張りなんだ? 今日はまだ動かねえはずだろお?」

「だーな。中の奴らが暴れてんのか?」

「ハハッ、それはねえだろ。奴らにそんな勇気はねえよ」

「グハハッ、そりゃそうだ。そんじゃーなんでだよお」

「だんちょーの気まぐれか?」

「なんだ、おめえら聞いてねえのか? なんか知らねえが、館に人が来たらしくてよ。人が近付いてきたら追っ払えって事らしいぜ?」


 姿は見えないが、声の感じから入口にいるのは四人だと推測できた。そして誰かが館に来た事で、急遽ここに人が集められた事も知る。

 ウォーレンがディアンに視線をよこし、ディアンは頷いて同意を示す。

 ウォーレンは、四人であれば行けると踏んだらしい。

 そして残りは中にいる二人……か。


(リヒト、これから建物に入る。中の見張りは二人か?)

『先程二人入ってきた。今は四人』

(分かった)


 ディアンは会話を切って腕を上げる。そしてウォーレンに向かって建物を指さしてから、指を四本立てて人数が増えた旨を伝えた。

 一瞬目を見開いたウォーレンは、だが何も言わずに頷くと胸元から吹き矢を出して手に握った。


 ありがとう、すまない。とディアンは心の中で謝罪をする。

 今のやり取りでウォーレンは絶対に疑問に思ったはずだ、『何故ディアンがそれを知っているのか』と。

 だが今は声を出せない事もあるが、何も訊かずにいてくれたのはディアンを慮ってくれたからだと想像ができた。


 薄々、多分ウォーレンは既に何かを感じ取っているはずだ。

 ディアンがいなくなった友人がここに捕らわれている事を伝えた時点で、人には言えない事情があるのではないかと、ディアンに深入りしないでくれたのだから。

 そして今も見えない場所の今の状況を伝えた事で、ウォーレンでなくとも訊きたい事があるはずだった。

 それでも今、何も言わずにいてくれるウォーレンに、ディアンも謝罪も感謝も伝える事は出来ないのだが。


 全てが終わったら話そう。

 本当であれば、今回の危険な行いに協力してもらう事になった時に、それは話さなければならない事だったのだと、今のディアンは理解している。

 しかし、その時はまだ自分の事すら何も決める事もできず、結果ズルズルとここまで来てしまった。

 そんな自分が周りに多大な迷惑を掛けている事を分かっていても、ディアンは何も言わずにウォーレンを巻き込んでしまったのだから。

 ウォーレンには訊く権利があるし、ディアンはそんな彼に伝えなければならない。

 そんな事を一瞬考えて、ディアンは静かに動き出したウォーレンのあとに続いて行動を開始した。




 ウォーレンが回り込んだ側とは反対の壁に貼り付き、ディアンは背中の剣を静かに引き抜いた。

 今日は二人とも邪魔になる外套は纏っていない。これはウォーレンからの提案だった。

 故に体に受けた刃は、その分だけ深く食い込む事になるのを覚悟している。言い換えればそれだけの気概を持って、ウォーレンは今を迎えているのだ。


 ―シュッ―

「う゛っ」


 一人がよろめいてその場に倒れ込む。

「ん?」

 気付いた周りの男達が振り返り、倒れた男を見て眉をしかめた。

「何転んでんだよ、おい」

 男達がウォーレンのいる側に集まり出した時を狙い、ディアンは静かに地を蹴ってそれらの背後に躍り出た。


 ―ザクッ!―

「ぐわぁ」

 一人の背を切れば、その声に今度は残りの二人が一斉にディアンへ向かってきた。

 ディアンが切った男も体勢を立て直し、ディアンに憎しみを向けて歯を剥いている。

「てんめー!」

「っざけんなよ!」

 男達は瞬時に剣を抜き、ディアンに襲い掛かってきた。


 ディアンは時間を稼ぐ為に軽く跳び退り、剣を構えて応戦の準備を整える。

 その時、後ろの男が勝手に一人倒れ、続けてディアンが切った男も崩れ落ちる。

 ウォーレンだ。

 それに気付いたディアンの目の前の男が、ディアンを睨みつつ建物の壁をドンッ!と蹴飛ばし、頭上からパラパラと何かが落ちた。


 その意図に気付いたのはディアンだけでなく、ウォーレンを見ればディアンに頷いてきた。

 その手には短刀が握られて扉の前で壁に貼り付き、既に次の対策を取ってくれている。ディアンは視線を戻して目の前の男に集中する。

 だがこれまで人と戦った事のないディアンの額に汗が滲む。


 男が剣を大きく振りかぶってディアンに覆いかぶさる。

 ――キーン!――

 互いの剣がぶつかり、ギリギリと金属が擦れる音が続く。

 重い。ガタイのいい男との体格差は測るまでもない。だからそれは当然の事で、か細い腕のディアンはじりじりと目前に迫る剣に仰け反っていく。


 男がニヤリと歪な笑みを浮かべた。

「そんな生っちょろい腕で、俺の剣を止められると思ったのか? ああ?」

 男の声に混じり、その背後の扉付近も既に騒がしくなってきているとディアンは気付く。

 そうだ。こいつだけに時間を掛けている暇はないと、ディアンは思考を空にした。


 ディアンは滑りそうになる指に力を込めると、ザラリと剣を摺り上げて男のなまくらな剣を押し返した。

 男の目が開き、ディアンに押し返された事でたたらを踏んで二歩後退したものの、目尻を吊り上げて怒りを増幅させた男は、もう一度体重を後ろに乗せて大きく剣を振りかぶる体勢になった。―――その時。


「ぐえっ!」


 男が目を見開いて動きを止めた。

 ディアンはその機会を見逃さず、さらけ出された腹に剣を突き刺した。

「ぐあ゛っ!」

 男の口から赤い飛沫が飛び散り、ディアンの頬を掠めていった。

 ―ドサッ―

 跳び退ったディアンの前で、男は倒れ動きを止めた。


 男の、その背中に深い傷を認めてディアンが視線を上げれば、男の背後にいた仲間の剣に血痕を見付ける。どうやら男の背後にいた仲間が振った剣が背に当たり、一瞬の隙ができたらしかった。

 当てたほうは仲間を切った事にも構わず、対面にいるウォーレンにだけ意識を集中している。

 足元に倒れている男達は六人、既にウォーレンが中から来た二人を倒していたらしいとディアンは知る。


 こちらに背を向けている男達は、倒した男の陰にいたディアンにまだ気付いていないのか、こちらを気にする様子はない。

 ディアンは一気に地を蹴って男達に迫ると、その背に力一杯の一撃をぶっ刺した。

「ぎゃー!」

 男のやかましい濁声(だみごえ)で、隣の男がギョッとして振り向き、それでディアンの存在に気付いたように凝視する。だがもう遅い。ディアンは刺さったままの剣を握り直し、振り向いた男目掛けて剣を引き抜くために男の背を蹴りつけていたのだから。

「うわー!!」

 倒れかかる同僚に潰され、最後の男はその場に崩れ落ちた。

 ディアンは容赦なくその男達の束に、頭上から垂直に剣を突き入れたのだった。


 ――ザクッ!―ゴリッ!――

「ぐう゛」

 くぐもった声が聞こえ、それでピクリとも動かなくなった。


「ヒュ~ッ」

 ウォーレンが目を細めながらディアンに近付いてきた。

「ディアンは容赦ないね」

「ウォーレンもだろ?」


 見れば、足元に転がった男達に生きている者はおらず、最初に眠らせたものさえ息をしていないのは明らかだった。

 互いに口角を上げて肩を竦める。

「それじゃあ、時間もないから急ごうか」

「そうだな」

 簡素に言葉を交わしたウォーレンとディアンは、足元を気にする事なくアメリアがいるはずの建物へと消えていった。


 こうしてディアン達がアメリアを救出しようとしていた日、アルメオラ国の辺境の地ソーラムで起きた小さな出来事が、その周りを巻き込み徐々に巨大な嵐へと変化している事を、渦中にいる二人は知る由もなかったのである。


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