〔37〕目の前のもの
朝陽の眩しさも落ち着いてきた白昼、ディアン達は行動を開始するつもりでいる。
侵入経路は東にある館正門の裏手。
ディアン達が昨日館周辺を偵察した際、不用心にも館を囲む柵沿いの一角の、そこに木立を見付けていたのだ。
その木立は敷地の西側に生い茂る雑木林と続いており、身の軽いディアンとウォーレンであれば、それらを伝って容易に敷地内に侵入する事ができるはず、とそこから今回の計画を立てたのである。
ディアンがウォーレンに協力を仰ぎこの救出計画を立てた時、知識と経験値、そして判断力の優れた彼にここでの指揮を任せる事にした。
話を聞いた限りウォーレンは、ディアンが感心する程貴族の習慣や警備体制、雇用状況などといったものの知識を持ち合わせていたからだ。
何の知識もないディアンが計画を立てたところで、結果は見るまでもなく穴の開いた網を持って魚を捕まえに行くようなもの。
今回は何があろうとも、絶対に失敗はできないのだ。
当事者でもないウォーレン頼りになってしまうのは悔しいが、ならば、とウォーレンに全ての運命を預け、ディアンは今回の指揮を頼んでウォーレンが承諾した形になったのである。
ディアン達が様子を窺っていた場所からは、始終、詰所の自警団員達が出入する様子が確認できた。
大声で下品な笑い声を上げる者もいるくらい、それら緩慢な動作で、いかにも“面倒だ”と謂わんばかりの態度を隠しもしない者達ばかりだ。
それらが何人も詰所を離れて町中へと向かっていくのを見送り、ウォーレンが神妙な顔で振り向いた。
「そろそろ行くよ」
「わかった。よろしく頼む」
「付いてきて」
ディアン達は館の門と詰所の間にある道に沿って、目立たぬよう裏道から敷地の西側へと回り込む。
そこには目的の木立ちがある。二人は気配を消し、人がいない事を確認してから慎重に通りへ躍り出た。
昨日見た限りでは、自警団員達は館の入口側以外へは行かない事を確認している。それらは町中へと続く道を通って大通りに出ているらしく、何故か館周辺を巡回するという館の警備らしき事はしていなかった。
「これじゃ館を警備してるとは言えないよな……」
打合せの際のディアンの尤もな指摘に、ウォーレンも苦笑を漏らしていた。
「彼らはディアンから聞くところの、真面目とは無縁の者達だろうからね。恐らく館の警備指示は出ているだろうけれど、それを実行せずとも見付からなければ咎められる事もないと高を括っているのだろう。それに彼らは今、税の回収と人を集める事が第一優先だろうから、その辺りの警備関係はグズグズなんだと思うよ?」
「じゃあ、今が狙い目だな」
「そんな時期だからの、今回なのだけどね」
肩を竦めるウォーレンはそう言って、何とも言えない顔をディアンに向けていた。
敷地内に続く木々の枝を伝い、ウォーレンは殆ど音も立てずに鞭を使って移動しつつも、背負う弓がいつでも放てると思う程には隙が無い。
そんな彼を、ディアンは背後から尊敬の眼差しで見詰めていた。
格が違うとはこのような人の事を言うのだろう。お世辞なしで、ディアンはそんな事を考えた。
そして、誰かが次の王にならなければいけないのなら、ディアンではなく、こういう人が選ばれればよかったのに。とも思うのだ。
だがそんな事を考えても、選ばれてしまったのがディアンであった事は今更覆す事はできないものの、もしもディアンが辞退すれば話は変わってくる可能性もある。
だったら頼りない自分がなるよりも、皆は幸せになれるのではないか……。
ディアンがそんな悶々とした思考に捕らわれていた時、隣の木に留まったウォーレンが振るった鞭が、軌道を変えてディアンの頬のすぐ脇を通過していった。
ディアンは目を見開き、ウォーレンを見詰めた。
「ディアン。真面目にやる気はあるの?」
潜めていながらディアンに届く低い声は、いつもの彼から優しさを剥ぎ取ったものだった。
「君が何を考えようとそれは自由だ。けれど、彼女達を助ける機会はこの一度だけという事は忘れないで」
その言葉を後押しするように、葉を揺らす一陣の風が吹き抜けていった。
ディアンはハッとして視線をさ迷わせた。
「ごめん……」
「ディアン」
呼び声に視線を戻せば、真摯な眼差しとぶつかる。
「今は前だけを見て。皆を助けるのだろう?」
囁くように諭すように、ウォーレンはそんな言葉を紡いた。
「悪かった。もうよそ見はしない」
迷いの消えたディアンの瞳を見たウォーレンは、安心したように目元を緩めた。
「ここからは館に近付くよ。この先には団員もいるようだから、気を引き締めて」
「分かった」
それを合図に再び動き出した二人がいる場所は、まだ館から西に80メトル程離れた木々の中である。
ちらほらと、一人から二人で敷地内を歩く自警団員の姿が目に付くようになった頃、慎重に前を行くウォーレンからディアンへ止まれの合図が送られた。
見れば東側から一人、男が近付いてくる。
ディアンはウォーレンの背中に頷いて、息を潜めて気配を殺す。
―シュッ―
「う゛っ」
風の音に続き、近付いてきた気配から呻き声が聞こえたあと、ドサリと人が倒れる音がした。
ウォーレンの、その一瞬の動きにディアンは違和感を覚えた。
「今の、弓じゃないよな?」
ディアンから見えていたウォーレンは弓を背負ったままで、かと言って鞭を使った動きでもなかった。
そんな不思議がるディアンの顔へと振り返ったウォーレンは、楽しそうに微笑みを浮かべた。
「今朝、町で吹き矢を仕入れてきたんだよ。ほらこれだ」
ウォーレンが顔の前に掲げて見せたのは、何の変哲もない拳二つ分程のただの細長い木の棒だった。
「ふきや?」
「そう。これは針を飛ばす武器で、今使用している針には即効性のある麻酔薬が塗ってあるんだ。針に毒を仕込む方法でも使用できる」
「ほえ?」
思わずディアンの口から変な声が漏れた。
ギルドでは何人もの冒険者を見るディアンだが、そんな武器がある事すら知らなかった。
とはいえ、そんな小さな武器では見せて歩いている冒険者もいないだろうが。
「これは目立たず音も立てないから、暗器として重宝されている物だよ」
ウォーレンが目を細める。
「本当はもう少し質のいい物が欲しかったのだけれど、今回は急ごしらえだったからね。ソーラムでは余り流通していないのか、選択肢がなかったのは残念だったけれど」
そう言ったウォーレンは、おどけたように吹き矢の筒で自分の肩を叩いてみせた。
「そんな事だから、先行は任せて」
静かな中に強い光を宿すウォーレンの瞳がディアンを捕らえ、ディアンはそれに応えて首肯する。
通過する予定の庭まではまだ10メトル程の距離はあるが、ここからでも人の動きが確認でき、アメリアがいるはずの建物もわずかに視界に入った。
ここからは更に慎重な行動が求められる。
そうディアンが意識した瞬間、ウォーレンに緊張が走り、弾かれた様に館へと視線を飛ばしたのだった。
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