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神獣と選ばれし王 【伍國豊穣記】  作者: 盛嵜 柊 @ 『シド』書籍化進行中
~第一部 白き獣と次代の王~

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36/50

〔36〕葛藤

 深夜まで続いた話し合いの後、ディアンは一旦家に戻りリヒトとも会話を交わしてから仮眠を取った。

 そして翌朝はウォーレンとは別行動を取り、昼前に再び合流する予定である。


 一刻も早くアメリアを助け出したいのはやまやまだが、多少なりとも準備を整える必要があるとウォーレンが言った為だ。それに()く言うディアンも、修理に出したベストという名の防具を取りに行く必要があって、そんな話に落ち着いた。


 こうして急ぎ訪れたマンザレク工房の開店時間。

 扉を開けたディアンを笑顔で出迎えてくれたマンザレクの、その笑みに含まれる陰りを見てディアンは目を瞬かせた。


「ごめん。ちょっと早く来すぎたか?」

 ディアンの謝罪に、マンザレクは目を見開いて手を振った。

「いやねぇ、もう開店してるんだから何も問題ないわよぅ。もしそうだったとしても、ディアン君ならいつでも大歓迎よ?」

「そう?」

「ええ。それじゃあ早速、修理したものを持ってくるわね」


 そう言ってマンザレクが持ってきたベストは、その補修個所が分からない程綺麗になっていた。

 流石、腕のいい職人だ。

 ディアンはその仕上がりに喜んで代金を支払うと、早速この場で身に着けさせてもらい装備を整えた。


「ありがとう。これは気に入ってるから、早急に直してくれて助かったよ」

「うふふ」

 マンザレクは嬉しそうに笑うも、そこにはやはり陰りがあるように見える。


「―――マンザレクさん。差し出がましいようだけど……何か、あった?」

 上目遣いで見上げたディアンに、マンザレクは虚をつかれたように固まったあと困ったように微笑んだ。

「目ざといディアン君には心配させちゃったみたいで、ごめんなさいね。――ちょっと知り合いの事で気に掛かる事があってね」

「そうだったのか」

 彼自身が何かあった訳でなくてよかったと、ディアンが思ったのも束の間。


「昨日自警団員に、知り合いの子供が連れていかれてしまったらしいのよ」

 はぁと気落ちしたため息を吐いたマンザレクを、ディアンはハッとして見詰めた。

「子供……もしかして税の取り立てで?」

 ディアンの問いに、マンザレクは悲しそうに首肯した。

「彼は腕のいい家具職人でね、自分を決して安売りしないの。人を見て仕事を受けているような頑固な男で、そこがまたいいんだけど……。でもそのせいで、今年は納める分のお金が稼げなかったらしくて……」

「それで取り立てに来た奴らに、子供が連れていかれた?」

「ええ。でも税を払えないからって子供を連れて行くなんて、いくら何でも酷過ぎるわっ」


 昨日といえば、ディアンが見張っていた時にも……。


「―――本当に酷い奴らだ」

 ディアンは握った拳に力を入れる。

「本当よ。だから私達、周りの者でどうにかできないかと思ったのだけど……」

「相手は――」

「そうなのよねえ……」

 マンザレクは悔しそうな表情で店内の一角を見詰めていた。


 連れていったのが自警団では、とどのつまり、抗議する相手はそれを動かしている領主という事になる。いくら訴えたくともそんな地位の奴には、話を聞いてもらう事さえ叶わぬだろう。

 その心境はディアンにもよく分かるもので、ディアンは寄せた眉間に力を入れた。


「ディアン君の優しさにうっかり話しちゃったけど、しんみりさせてごめんなさいね」

 程なくしてマンザレクが諦めた顔で微笑み、ディアンは首を振って苦く笑う。

「僕もそいつらには思うところがある――だから自分にできる事をするつもりだ」

 今度はマンザレクが苦笑した。

「腹に据えかねるのは皆同じって事だけど、くれぐれも無理はしないで頂戴? またベストが裂けたらシャレにならないわよ?」

「そうだね。ありがとう、マンザレクさん」

 ディアンは力強く頷き返した。




 マンザレク工房で暫しの時間を過ごしたディアンは、ウォーレンとの待ち合わせ場所へと向かった。

 そこは昨日偵察していた、目的の館がよく見える場所だ。


 裏路地から回り込んだディアンは、ウォーレンがまだ到着していない事を確認し、見張りの為に定位置についた。

 そして建物の陰から館の様子を窺った時、ディアンの脳裏に声が届く。


『決行は今日だったな?』

 それはこれまでと変わりない、淡々としたリヒトの声。

(ああ、詳細は昨夜話した通りだ。それで、アメリアは無事なんだろうな?)

『娘達は無事だ。夜中に周りが多少騒がしいようだったが、異変はない』

 リヒトの返答に、ディアンはそっと息を吐いた。

(分かった。見張りの交代時間は変わりないか?)

『今のところはな』

(よし。それじゃ予定通りに今日中に皆を助け出す)

『―――それよりも、本当によいのか?』

 リヒトが危惧している事を理解し、ディアンは瞳を揺らした。

(……ああ)

『まだなのだな?』

(……………)

『そうか。―――無理はするな』

 思わぬ言葉をもらい、ディアンは目元を緩めた。

(分かってるよ)

『契約者よ、武運を祈る』

 力強く頷き、ディアンは口元を引き締めた。

(ありがとう、リヒト)


 ここからは、ディアンとウォーレンに全てが掛かっている。


 今リヒトにはアメリア達の事を頼んではいるが、危害が加えられない限りは手出し無用と言ってある。そしてディアンは今日の救出に、リヒトを参加させないとも伝えていた。

 勿論、神獣であるリヒトが救出に加われれば、ものの数分で全てが片付くだろう事は目に見えている。だがそれを分かったうえで、ディアンは敢えてそう選択をしたのだ。


 ここでもしもリヒトが姿を現わせば、今まで隠れていた神獣の存在が公になるという事だ。そうなればこの町のみならず、国中の者にここにリヒトが居ると知られてしまうだろう。

 それはすなわち、ディアンが王になると公言する事に繋がっているのだ。


 ―――しかしここにきてまで、ディアンは迷っていた。


『これまでの者も初頭は誰しもが未熟な内に決断し、次第に本質や在りようを理解し真の王となった。故に自分を過大評価するならまだしも、そなたが今必要以上に卑下する事はない』


 以前、リヒトからそう助言された事がある。

 しかしそう言われたところで、『はいそうですか』などと気軽に言える返事でもなかった。


 地位もなく学もなく、そして人として弱い自分が王になる器でない事くらい、当のディアンが一番よく分かっているしなれる自信など持てやしない。

 そう考えれば答えなど簡単に出るはずもなく、ディアンは未だ迷い、そしてこの期に及んでもリヒトの力を借りる決心が出来ないでいた。


 こんな思考に沈むたびに弱い自分を再確認するようで、ディアンの心にザワザワとした嵐が吹き荒れていく。

 それは時折心の奥深くを抉り出すように暴れ、その度に言い知れぬ後悔と漆黒の闇がディアンを覆いつくしていくのだ。

 ディアンは知らず手の平を強く握り込み、歯を食いしばっていた。


 と、そこへ音もなくディアンの背後に人が立つ。


「遅れて済まないね。様子はどうだい?」

 気配で分かっていたが、聞き覚えのある声にディアンは振り向かずに囁く。

「さっき自警団員が出ていったが、館に動きはない」

「了解。明日、連れていかれた者達を移動させるのだったね?」

「そのはずだ」

「だとすれば、夕方からは奴らの動きが活発化する恐れがある。その前に」

「ああ、分かってる」


 無意識に声が低くなっているディアンの肩に、ウォーレンの手が添えられた。

「ディアン、今から力んでいては体力が持たないよ? まだ時間はある。大丈夫」

 ポンポンとディアンをあやすように、ウォーレンが肩を叩いた。


 ディアンは強張る肩から力を抜き、改めてウォーレンへと振り返って深く首肯するのだった。


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