〔34〕『池の畔』
「どうして……?」
どうしてウォーレンがディアンを心配するのか。
仮令一緒に依頼を受けた事があるといっても、腹を割って話す程の付き合いでもない。
「それはね?」
訝しがるディアンに、ウォーレンは肩を竦めた。
「君が危なっかしくて、見ていられないからだね」
「???」
思いもよらぬ言葉に、ディアンは目を瞬かせる。
「自分では気付いていないだろう。けれど、ディアンはどこかがいつも壊れそうに見えるんだよ」
「?」
「まあ、私の勘とでも言える部分かも知れないけれど、ディアンから目を離してはいけない気がしてね」
「……僕が弱いって事か?」
膝に乗せた手を握り込んでディアンがいえば、ウォーレンは薄っすらと微笑んだ。
「そうだね。その言葉の意味は間違っていないと思うよ。ディアンは強くなりたいと言いながら、その実“脆い”危うさを秘めている」
「う……」
自分が弱い事は自分が一番よく分かっているが、人から面と向かって言われればディアンもグサリとくる。
「なんていうのかな……。時々ディアンが消えてしまいそうに見える、とでも言えばいいかな」
そんな言葉まで言われてしまえば、ディアンには返す言葉は何もない。
「けれど君を失ってはいけない。――――だから見守っていないといけないのだと、私の勘が告げている気がする」
ディアンが見つめ返す瞳は真剣で、ウォーレンが口先だけで言っている言葉ではない事を知る。
「とはいえ、私はフラリとこの町にやってきたよそ者だ。だからディアンが危惧する事も分かっているつもりだよ」
今度は目を細め、ウォーレンは悪戯っぽく微笑んだ。
ウォーレンはディアンの心情などお見通しという事らしい。
「……知り合いになって日も浅い。そんな人を頼る程、僕は図々しくないつもりだ」
やっと絞り出したディアンの言葉は、ウォーレンを遠ざけるもの。
「そう、私達は知り合って日も浅い。それにこんな胡散臭い冒険者に、真剣な悩みなど軽々しくするものじゃあない。――普通は」
「だったら……」
「でもね? もしも私で力になれる事があれば、そこは多少なりとも私を信用してもらっても大丈夫だと言わせてほしい。歳上であるし、それに強さで言っても私はディアンを上回っているだろう?」
「まあ、強いけどさ……」
ケチョンケチョンに言われたディアンは、気力が消耗して萎れてしまうが、しかし何故かこれまであった焦りが消えていた事に気が付いた。
ディアンの心が揺れる。
アメリアの事は危険が伴うと分かっていて、他人を巻き込みたくなくて、ディアンはロセット達にも言えなかった。しかし何故か彼らよりも付き合いの浅いウォーレンになら、アメリアの事を話してもいいような気がしている。
そんな不思議な感覚に包まれるディアンは、揺れる瞳を隠す為に静かに目を閉じた。
対面から、微かにカトラリーが当たる音が聞こえてくる。それでウォーレンがディアンを急かすでもなく、考える時間を与えてくれたのだと分かった。
そんなウォーレンに感謝をしつつ、ディアンは思考の海に沈んだ。
今はまだ、リヒトからは何の連絡もない。
だが何かあったら教えてほしいと伝えている為、向こうはまだ特に動きがないと知る事ができた。
ただし今日を除き、残りはあと一日。
明後日になればアメリアが何処かへ連れていかれるのは分かっていて、せめて今日中には救出する策を講じる必要があった。
しかし今のところディアン一人では何もできないのは明らかで、ここでひとりでも助力が得られるのなら、アメリアを助け出せる確率もグンと上がるのだと理解している。
ただそれ以前に、ディアンはウォーレンに言えない秘密を抱えてしまっていた。
リヒトとの契約だ。
仮令まだ契約が仮だとしてもディアンが王の候補であると知られれば、いくらリヒトがいいと言ってくれたとしても簡単には何もなかった事にできないだろう。
しかし今はそんな事よりももっと大切な、やらなくてはならない事が目の前にあるのだと、ディアンは思考の波に飲まれながら辿り着かない答えを探して漂流していた。
「ウォーレン」
ディアンが顔を上げる。
それはウォーレンがパンケークを食べ終わった頃だった。
「決まったかい?」
そんなに待たされたはずのウォーレンは、しかし苛立ちもなくディアンに微笑みを返してきた。
「―――頼みたい事がある」
「うん。協力するよ」
まだ何も聞いていないにも拘わらず、ウォーレンは嬉しそうに目を細めた。
それからディアンは、ポツリポツリとアメリアの事を話していった。リヒトの事は伏せてだけれど。
その後ディアンの話を聞き終わったウォーレンの表情は、爽やかさなど無縁なものへと様変わりしていた。
「だけどどうして連れていかれたのか、理由が分からないんだ……」
最後に付け加えたディアンの言葉で、ウォーレンは眉間のシワを深くする。
「多分理由などないだろうね。そして恐らく最悪な事態になっている」
「え? どういう事だ?」
ディアンは言葉の意味を取りこぼして聞き返す。
「今の話を聞く限り、領主館にいる者は人身売買している可能性がある」
「へ?」
「まさかそこまでとは、私も考えが至らなかったな……」
理解が及ばぬディアンを置いて、ウォーレンは独り言のように考察を話していく。
「これは早急に手を打たないといけない」
「……」
ウォーレンは最早、ディアンが口を挟めるような雰囲気ではなくなっている。
「しかし、それ以前にディアンの友人を救出しなければ手遅れになる」
ビクリとディアンの肩が揺れる。
「それじゃどうやって……」
ディアンが我慢できずに口を挟めば、ウォーレンには珍しく口角だけを上げて笑った。その笑みは“不敵”とも言い換えられるだろう。
「そうだね、作戦が先だ。友人が囚われている場所は分かるかい?」
場所はリヒトに聞いて大よそ分かっている。
ディアンは神妙に頷いた。
それを見てウォーレンは、腰に下げたポーチから折りたたまれた一枚の紙を取り出してテーブルに広げた。
「これは?」
「簡易だけれど、この町の地図だよ」
「え?」
この町にいるディアンでも、今まで町の地図など一度も見た事がなかった。
「どこに売ってたんだ?」
「これは私が作成したものだ」
話を聞きながら覗き込んだ地図は、確かに裏道などの一部は省略されているものの、ディアンの記憶する町の配置が丁寧に書き込まれていた。
「すごいな」
「そう言ってもらえて嬉しいよ。とはいえこれは私の習慣みたいなものでね。私は初見の町に行った時には必ず、自分の目で見て地図を作るようにしているんだ」
「へえ……」
ウォーレンは簡単に言うが、そんな事はすぐに出来るものではなく、空間把握力と根気が求められるものだと無知なディアンでも分かる。
「それで、今いる場所がこの辺り。そして領主館がここだ」
ウォーレンの指先にある領主館は、地図によると西側の一角を占めており、町全体から見ても大きな敷地があると分かった。
「やっぱり大きいんだな」
ディアンも遠くから見て建物の場所くらいは知っているが、これまで館に近付いた事は一度もない。
「まあ、伯爵が所持する領主館だからね。そこは見栄もあるから小さくはないかな」
苦笑しつつウォーレンが肩を竦めた。
ディアンは、地図上の領主館の敷地の中心を指さした。
「彼女がいるのは、領主館近くに建つ小屋。そこの地下だ」
ディアンの言葉にウォーレンは頷いた。
「そこまでディアンが突き止めてくれているのなら話は早い。あとは警備体制など、人の動きを調べよう」
「分かった」
Bランク冒険者らしく力強く語るウォーレンへ、ディアンは神妙に頷き返す。
そして内心『助かった』とも思う。
なぜなら、アメリアの居場所を何故ディアンが知っているのかと訊かれても、答えに窮していただろうから……。




