〔33〕焦燥
三人の視線を追ってディアンが振り向くと、自警団員数人が通りの真ん中を我がもの顔で歩いてくるのが見えた。
その周りにいた住民達はさり気なく足早に遠ざかっていき、ディアン達も視線を逸らし、口を閉じて道の端で彼らが通り過ぎるのを待つ。
「――――ったりいなあ」
「――は何処まで行くんだ? めんどくせえ」
「―の先だろ」
「あー腹減ったぁ。その前になんか食わしてもらおうぜ? 腹が減ってちゃ戦もできねえ」
「おいおい、さっきそこの飯屋で奢ってもらっただろうが。頭大丈夫かあ?」
「あんなんじゃ足んねえって。俺っちは育ちざかりだぜぇ?」
「お前三十過ぎじゃねえかよ」
「ウヒャヒャヒャ。いつまで育つ気だよ――」
「ガッハッハ――――」
何の配慮もなく大声で話す彼らが遠ざかるまで、周辺はまるで色を失ったようだとディアンは思った。
彼らの姿が消えて「ほぅ」と小さく息を吐き出したディアンに続き、三人からも深い息遣いが漏れ聞こえた。
「ほんと、あいつらなんなんだよ」
音量を抑えたフェンスが心底嫌そうに呟く。
「俺達ではどうしようもない。形だけだとはいえ、この町の自警団員なんだからな」
「あいつらがいなければまだマシなのに~って俺も思う~」
「恐怖で支配してるからな、この町は……」
ディアンも三人の会話にポツリと本音を漏らせば、ロセット達三人もそれに同意して小さく頷いた。
「あ、そういえば聞いた~?」
声を潜めてオルルが問うが、オルルはいつも言葉が足りずディアンに分かろうはずがない。
オルルの周りでロセットとフェンスも苦笑している。
「ん??」
ディアンが首を傾ければ、珍しくオルルが表情を曇らせる。
「今年も何人か連れていかれてるって~」
少なからず思い当たる言葉に、ビクリとディアンの肩が揺れる。
「なん、で……?」
戸惑うように視線を揺らすディアンに、ロセットが安心させるように肩を叩く。
「俺達には関係がない、“税の取り立て”での話だ」
「ああ、そうか………もうそんな時期だったか」
この時期には毎年、少なくない人数が税金が払えないからと、就労の為に自警団員に連れていかれているのだと思い出す。
そして繋がる自警団員の会話。
「じゃあ今の奴らも……?」
「多分、税の支払えない家に向かったんだろうね」
そう言ったフェンスを見れば、苦虫を嚙み潰したようにしかめた顔があった。
ディアンは思考を一巡させ、ロセットに視線を向ける。
「なあ……連れていかれるのは、税が払えない住民だけだよな?」
ディアンの質問にロセットは困惑したのか、『今更か?』とでも言うように眉を上げただけで、答えたのはオルルだった。
「そうだよ~? 俺達冒険者には関係ないから心配しなくても大丈夫だって~」
心配そうに見詰めてくる三人にディアンは口を開きかけ、そして思い留まって首を振った。
「そうだよな。ごめん、なんでもない」
「ディアン、ほんとに顔色が悪いけど大丈夫?」
フェンスの問いに、ディアンは苦労して笑みを作った。
そして話題を変える。
「大丈夫。……そういえば皆は今日も依頼を受けてたんじゃないのか?」
「わっ! そうだった~」
本当に忘れていたのか、オルルが目を見開いてロセットを見た。
「だな。そろそろ行かないと帰りが遅くなる」
「ごめん、引き留めて」
「いや、声を掛けたのはこっちだ。ディアンは気にするな。ディアンもこれから依頼を受けるのか?」
ロセットの問いにディアンは首を振る。
「今日は止めとくよ」
「それがいいよ。顔色悪いし、今日は休んだほうがいいと思う」
フェンスが眉尻を下げて言えば、オルルとロセットも首肯した。
「心配してくれてありがとう。三人は依頼、頑張って」
「ああ。じゃあまたな」
「行ってきま~す」
「ディアンはゆっくり休めよー」
ディアンを気遣いながらも、町の外へと向かっていく三人を見送る。
視線を流し、ディアンは視界にあるギルドの扉をぼんやりと見詰めながら、彼らの会話から何かヒントはなかったかと思考に沈んだ。
税を払えぬ者を連れていく自警団員。そんな噂は以前からあった。
しかしそれが実際に行われているという話に、ディアンの中に言い切れない想いが渦巻く。それに時期を同じくして館に連れていかれたアメリアと共通するものを感じて、ディアンの心を不安が占めていった。
そこで記憶の奥底から、ある言葉が浮上する。
―自警団員に連れていかれた者は、戻ってこないらしい―
嫌な予感がする。
沸き上がる焦燥にかられてディアンが走り出そうとした時、そこで再びディアンを呼ぶ声がした。
「おや? ディアンじゃないか」
ディアンが声に振り返れば、扉から出てきたウォーレンがこちらを見詰めていた。
「今日は遅いのだね。それとも依頼はもう終わったのかい?」
ゆっくりと歩きながら近付いてくるウォーレンは、今日も余裕のある爽やかな笑みを浮かべていた。
それが何故か安心感をもたらし、少しだけディアンの肩の力が抜ける。
「……ウォーレン」
「どうしたんだい? 今日は元気がないようだけど」
ディアンの前に立ったウォーレンが、身を屈めて心配そうに覗き込む。
「なんでもない……」
「これから依頼を受けるのかい?」
「……いや、今日は……」
歯切れの悪いディアンの態度に、ウォーレンが眉根を寄せる。
「ディアン、何かあるんだったら私が相談に乗るよ?」
「別に何も……」
「本当にどうしたんだい? 具合でも悪い?」
ディアンの頭にウォーレンの手が乗って、泣きたくなる衝動を抑えるようにディアンは首を振った。
最近知り合ったばかりのウォーレンの事など、ディアンは何ひとつ知らない。それに、いつも本心を感じさせない着飾った笑みを浮かべる強かさもあって、正直、胡散臭い人物だとも思っている。
しかしそんな人物であっても、ウォーレンが悪人ではない事をディアンは知っていた。本当にまだ何度かしか会った事もない人物なのに、そんな人の目の前でディアンは必死に涙を堪えている。
下を向いたまま動かなくなったディアンの背中を、ウォーレンが優しく押した。
「ここは人通りの邪魔になるね。ちょっと私に付き合ってくれるかな?」
耳元で囁いたウォーレンは、返事が出来ぬままのディアンを促して歩いていった。
下を向き、奥歯を噛みしめたまま歩いていったディアンは、いつの間にか小さな喫茶店『池の畔』の前にいた。
この店は大通りの中心からやや外れた東側の冒険者ギルド寄りにあって、朝から開いている飲食店だ。生憎ディアンが出掛ける時間ではまだ開店してない為に入った事はないが、冒険者が軽食を買っていくらしいと聞いた事があった。
「ここでいいかな? ついでに何か食べよう」
店の扉にあるベルをチリンと鳴らし、ウォーレンが中に入っていった。
「ほら、ディアンもおいで」
振り返ったウォーレンに呼ばれ、止まっていた足を動かしておずおずとディアンも続く。
「おはようサブリナさん。二人だけどいいかい?」
「あら、おはようございますウォーレンさん。勿論ですわ。お好きな席にどうぞ」
ディアンが顔を上げれば、ウォーレンと店主が親し気に話しているのが見えた。
「じゃあ、奥の席に行こうか」
ディアンを促し、人がいない奥まった席の壁際にウォーレンが腰を下ろした。
その対面に座ったディアンは、店の中に背を向ける形だ。
「何か食べよう。お腹が空いていると悲しくなるしね」
「……」
ウォーレンはテーブルに置かれたメニューを広げ、笑みを浮かべてディアンを見ている。
「嫌いな物はない?」
無視もできず、辛うじてディアンは首を振る。
そこへサブリナと呼ばれた店主がやってくる。
「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりですか?」
定型文を告げるサブリナに微笑んでから、ウォーレンはディアンを見る。
「何がいい?」
「……僕は……」
表情の乏しいディアンにも、ウォーレンは嫌がることなく話を続けた。
「それじゃあ勝手に決めるからね? サブリナさん、お勧めをお願い」
人好きのする笑みを浮かべたウォーレンが言えば、サブリナも笑みを添えて頷いた。
「承知いたしました。それではパンケークなどいかがですか?」
「いいね。それではそれと、レーモン茶を二つずつ」
「かしこまりました。少々お待ちください」
程なくして注文の品が揃い、サブリナが「ごゆっくりどうぞ」と下がっていくと、ウォーレンが早速お茶に口を付けて喉を潤した。
「ここのレーモン茶はさっぱりしていて美味しいね。ディアンも冷めない内に飲んだほうがいいよ?」
言われたディアンはぎこちなく手を動かし、カップを口元に運んだ。
柑橘系の爽やかな香りが混じる温かな湯気に、ディアンはその香りを胸いっぱいに吸い込んでから茶色い液体をそっと口に含んだ。
『美味しい』と素直に思ったディアンは、俯き加減の顔を上げてやっと対面の人物を見る。
そんなディアンに、ウォーレンが微笑んだ。
「やっと顔を上げてくれたね?」
ディアンも失礼な態度を取っていると分かっているが、今は感情をコントロールする事ができずに自分を持て余している状態だった。
「……ごめん」
「何を謝るのだい? そこは気にしなくていいよ。それよりも私に、ディアンの悩んでいる事を話してほしい」
「…………」
「何かあったのだろう?」
そこにあるウォーレンの顔は、爽やかな笑みはなりを潜め、心から心配しているように見えるものだった。
皆さまこんばんは。盛嵜です。
いつも拙作にお付き合いいただき、ありがとうございます。
ここでお知らせです。
別の作品となりますが、拙作「シドはC級冒険者」番外編の短編を、明日一年振りに投稿する事にいたしました。
時間は20時頃、内容は前話(108話)の続きです。
そこに「シドが書籍化していただける」旨のご報告を挟ませていただくつもりなので、そちらも覗いてくださると幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。




