〔22〕依頼書
中央には国の中枢である首都オルテガータがおかれ、神獣に選ばれた王は首都にそびえ建つ城に居を構える。
その首都を囲むように広がる国土を区画単位で貴族が管理し、民を導き、国の繁栄を支えている。
辺境の町ソーラムは国の北東に領地を持つルシェクター伯爵が管理する地で、ソーラムはそのルシェクター領の中でも最北端に位置する小さな町だ。
しかしいくら管理する立場の領主とはいえ、地は広く、その全てに目を通す事はできない。
故に各町には領主の補佐として管理代行者を据え置き、領主はそれぞれに様子や状況を報告させ管理している。そしてまた、金銭管理など税金徴収においてもその代行者が行い、代行者が住民から税金を集め、一括して領主の元に届けているのだ。
その代行管理を任されているソーラムの担当者は名前をブラギール・ヴァンモリイといい、ソーラムの西側にある領主館に住んでいる。
勿論この建物はルシェクター伯爵の持ち物であり、伯爵不在時の館の管理をする為にヴァンモリイが住まわせてもらっているだけだ。
ただしルシェクター伯爵がソーラムを訪れるのは、年に一度あるかないか。その間このソーラムにおいては、管理代行者のヴァンモリイが一番上の立場となる。
「近々伯爵が視察に来ると知らせが届いた。それまでに税の徴収と治安維持を早急に済ませておくように」
「了解ですぜ、旦那」
「――オズィーン、お館様と呼べといつも言っているだろう。私は今や領主代行としてこの町を管理する者だ」
「へい。お館様」
「それと、この依頼書を冒険者ギルドに出しておけ」
ヴァンモリイは机の上で、一枚の紙を滑らせた。
「承知しやした」
厳つい顔の大男が、その紙を受け取り真面目な顔で頭を下げる。
このオズィーンは、ヴァンモリイがずっと傍に置いている男だ。
呼び方の修正は毎度の事だが、ヴァンモリイとしてはこの少々足りない頭は都合がよく、ただ命令に従う者として認識している為に気分を害する事はない。
そのオズィーンの立場は町の自警団団長だ。
団長といってもならず者の集団の面倒をみさせているだけであり、自警団への殆どの指示はヴァンモリイが出している。
退出するオズィーンが扉を閉めたところで、ヴァンモリイは手の中にある領主からの手紙を机に投げると、執務机の椅子にもたれながらそれをクルリと回した。
「また出来の悪い若造に頭を下げなければならないとは、数年に一度の視察とはいえ不愉快だ。とはいえ、この吉報をもたらした事には礼を言わなければな」
領主館の二階にある伯爵の執務室は、設えてある家具など全てが高級品ばかりだ。
管理代行者としてこの館に住まう事を許されたヴァンモリイが、領主不在時に自分の部屋として勝手に使っているのである。
「私はもうすぐこの国を手中に収める王となる。そして絢爛豪華な城で、皆は私の威光の前にひれ伏す事となるのだ」
理想を口にしながら口角を上げるヴァンモリイは、視界に映る風景など見えておらず、想像の中の王座に座った自分を見ていたのだった。
◇ ◇ ◇
特閲が貼り出された日の冒険者ギルドは、大変な騒ぎになったようだった。
ディアンがギルドを出たあとでは混雑する時間で更に拍車がかかり、ギルドの中は一気に大混乱にまでなったという。
それを想定していたのかギルド職員は落ち着いた口調で対応したようだが、辺境では滅多にお目に掛れない依頼に皆が興奮した事は安易に想像できる。
しかし、この騒ぎが一日で収まらなかったのはディアンの誤算だった。
翌日もいつもの時間にギルドの扉を開けたディアンは、騒がしい空間が目前にあって瞠目する。閑散としている朝の静かな時間はもう何処にもなかった。
「げっ……」
「やはりこうなったね」
ディアンが入口で固まっていれば、後ろから苦笑の混じる声が掛けられた。
振り向くと、ディアンへ爽やかな笑みを向ける人物が立っていた。
ウォーレンだ。
「おはようディアン。中に入らないのかい?」
ウォーレンは涼しい顔でディアンに尋ねた。
「おはよう。………入る」
ブスッとしながらもディアンが足を踏み入れると、背後からクスクスと笑い声が聞こえた。
それを無視して室内を見回し、掲示板の前……騒ぎの元凶とも言える一角を見る。
「昨日からアレが貼り出されていたね。特閲は注目を集めるから、他のギルドでもこんな感じだったよ」
隣に並んだウォーレンの視線も掲示板へと向けられていた。
「なんでまだ人だかりができてるんだ? 貼り出されていたのは昨日だぞ?」
ディアンが渋面を作ると、ディアンの肩をウォーレンが叩く。
「全ての冒険者がディアンのように、毎日ギルドに来ている訳ではないよ。だから当分はこの騒ぎが続く事になるだろうね」
言われてみれば依頼で数日留守にしている者もいるだろうし、そうなるのかとディアンは項垂れる。
「これが連日続くのか……」
ディアンがわざわざ早朝からギルドに顔を出していた理由が、特閲のせいで台無しになってしまった。
これでは吟味するどころか、目を通すのでさえ時間が掛かってしまいそうだとうんざりする。
「ところでウォーレンは、まだ居たんだな」
ディアンは彼に忠告したはずだ。こんな町は、さっさと出たほうがいいと。
だがウォーレンは澄ました視線をディアンへ向けた。
「ふふ、私を気遣ってくれるのだね? 優しいなぁディアンは。でも申し訳ないけど、私はまだこの町から出ていくつもりはないよ。――それでディアン、今日はどうする? また私と一緒にやるかい?」
あの混雑を見ればお誘いは嬉しい。しかしディアンは首を振った。
「……いや、今日は遠慮しとく」
「そう。それじゃあまたね」
そう言ってあっさり手を振って離れていったウォーレンを、ディアンは目を瞬かせて見送った。
ウォーレンからまたしつこく言われると思っていただけに、ディアンは少々拍子抜けしてしまう。時に強引に誘う事もあればあっさりと引く事もあり、ウォーレンはつかみどころがないなとディアンは肩を竦めた。
だが、ディアンがウォーレンにかまけている暇はない。
ディアンは今日受けるつもりの依頼を確認する為、人の間をぬって掲示板へと向かっていった。
実はこんな事もあろうかと、ディアンは昨日の内に今日の依頼を物色していたのだ。その依頼書はまだ誰にも取られておらず、昨日の位置に貼り出されていた。
「よかった……」
ペリっと掲示板から紙を剥がし、ディアンはそそくさと受付へ向かう。
幸いにも受付側はまだ空いていて、程なくして窓口へ進む事ができた。
「おはようキャリイさん、コレよろしく」
「おはようございます、ディアンさん。はい、直ぐにお手続きいたしますね」
キャリイが処理をしている間、ディアンは掲示板を振り返って視界に納める。大勢人がいる割に、掲示板にはまだ結構な数の依頼が残されていた。人の動きを見ると、やはり特閲の一角ばかりに群がっているように見える。
「みんな他の依頼を受けないのか……?」
ディアンが独り言のつもりで呟くと、キャリイがそれについての回答を伝えてきた。
「皆さんは特閲しか見ていないようですよ」
「え? そうなのか?」
ディアンはキャリイへと視線を戻した。
「はい。昨日から、普通の依頼を受けてくれる冒険者の数が減っているんです」
苦笑交じりに目尻を下げ、キャリイは続けた。
「だから受付は少々暇になりました。――それに昨日追加で貼り出された特閲もありまして、暫くはこの状態が続くだろうとギルド長は見ています」
「なるほど……」
だからこんなに人がいるのに受付は空いているのか、とディアンは納得した。
しかし仮令あの依頼を受けるにしても、それだけを目的に日々を費やすなどディアンには考えられないが、金額だけに目が眩んで後先考えなければそんな行動もあり得るのだろう。
確かに十日無駄な時間を過ごしても、十一日目に金貨が手に入れば帳消しという計算にはなる。
まあ、そんな結果にはならないだろうけれど……とディアンは苦い笑みを零す。
とはいえ、ディアンには関係ない事だ。
「はい、受付が完了いたしました。ディアンさん、今日は遠方の依頼にされたのですね?」
「ああ、外で一泊してくるよ。ギルドは人が多いから、この際遠出もいいかなと」
ディアンの言葉を聞き、キャリイは掲示板をチラリと見て納得したように頷いた。
「確かにこの町の冒険者があの依頼を見るのに、あと数日は掛かりそうですからね」
「だよな」
二人は見つめ合って力なく笑った。
「それではお気を付けて。いってらっしゃいませ」
「ありがとう。行ってきます」
ディアンはギルドの喧騒に背を向けて、薄っすらと桃色に染まり始めた空の下へと足を踏み出していった。




