〔21〕世相の波
「なるほど~。よその町から来た冒険者にナンパされたって事だね~」
話を聞いたオルルが、開口一番にそんな事を言い出した。
「……そうじゃないだろ」
ディアンは眉間にシワを寄せてオルルに抗議する。
「でもそれ以外の理由って何? 初対面のディアンに声を掛けて一緒に依頼を受けようだなんて、それ以外に俺も思いつかないけど? そんな奴に付いていくディアンも警戒心がないよね……」
オルルに続いてフェンスまでも、変な事を言ってくる。
「僕も一応警戒はした。でもウォー……彼は本当に町の事を知りたかっただけみたいだったし、僕も彼と一緒に依頼を受ければ勉強になると分かったから受けただけだ。それに……」
「他にも何かあるのか?」
途中で言葉を止めたディアンに、ロセットが訝し気に聞き返す。
「彼は国中を巡っていると言っていたから、例の噂の事を聞けるかもという打算があった。結果、勉強になったし噂についても彼から聞く事が出来た」
ディアンの言葉を聞いた三人が顔を見合わせ、次いでオルルが身を乗り出して小声で訊いてくる。
「それで、噂の件ってどうだったの~?」
好奇心を隠さないオルルに、ディアンは苦笑する。
「まあ……ロセットが言った通り、あの噂は中央から出たものらしい。それが今、国中に広がっているそうだ」
「じゃあこの辺りにも、そろそろ依頼書が貼りだされるかな?」
フェンスの疑問に「多分な」とディアンは頷き、言葉を続ける。
「今多くあるのはレベル設定が排除された貴族がらみの特殊案件で、達成者のみに報酬が支払われるものだそうだ。依頼書には特閲と書かれていて、見れば直ぐに分かるって」
ディアンが説明すると、なるほどと三人は食べながら頷いている。
「だけど、僕はその依頼をお勧めしない」
「え? なんでそんな事言うの?」
オルルが口を尖らせた。
ディアンは視線を下げ、突き刺したハンパルグに向ける。
「確かにそれは誰でも受けられる依頼で、報酬は高額だとは思う。他の依頼のついでに探すのも都合はいいけど―――でも、その依頼は『白い獣を捕まえろ』って胡散臭い内容らしいんだ……」
そう言ってからハンパルグを口に入れ、ディアンは言葉を切った。
流石の三人もこれには驚いたようで一瞬言葉を失ったようだった。続けてフェンスが「どういう事?」とロセットに訊き、ロセットは「俺が知るかよ」と渋面を作る。
「じゃあさ~、白い獣だったらなんでもいいのぉ? それとも捕まえたら逃がさなきゃいけない珍しいやつ~? あ、一部が白いくらいでもいいのかな~?」
とオルルでさえ困惑したように呟く。
「僕もそこまで詳しくは分からない。ただ、お勧めはしないけど人にはそれぞれ考えがあるから、やるもやらないも本人の自由だ」
ディアンは無理に笑みを作った。
「噂の依頼は掴みどころのない内容だったんだな。それならギルド職員の対応は間違っていなかったって事か。そんな曖昧な話をおいそれと吹聴していい訳はないからな……」
ロセットが考え込むように視線を下げた。
「それで、結局は素材集めの為なのか?」
顔を上げたロセットが、依頼の意味をディアンに訊いてくる。
「理由は書いてないらしい。ただ『捕まえろ』としか書かれてないみたいだし、素材というより生け捕りにしろって意味だと僕は解釈した」
「ふ~ん。……なんでだろ~ね~」
「さあ。貴族の考える事なんか僕には分からないし、知りたくもない」
「だな」
素っ気ない口調のディアンへ、ロセットは真面目な顔で同意した。
ディアンはこの時、敢えてウォーレンの推測を口にしなかった。
ディアンもウォーレンの考えに納得したとはいえ、それはあくまで個人的な見方であり軽々しく口にしていい内容ではなかったからだ。
少しだけ後ろめたさを感じるものの、情報共有というロセット達との約束は果たした為、その後ディアンは肩の荷を下ろして友人達と会話を楽しむ事ができたのだった。
◇ ◇ ◇
それから数日。
ディアンは早朝の冒険者ギルドの片隅で、掲示板を睨み付けていた。
ディアンがずっとそこから動かないからか、一人の冒険者がディアンへと近付いてくる。
「どうかしたのか?」
気遣うようなその声が自分に向けたものだと、気付いたディアンはピクリと肩を震わせた。
心配してくれたのかも知れないが、できれば近付いて来てほしくなかった。そう思いながらディアンは一度目を瞑ったあと、表情を切り替えてその人物へと振り返った。
そこにいたのはいつも早朝に見掛ける冒険者で、ディアンよりも背が高く、長い鼠色の髪のサイドを編み込んだ小豆色の目の二十代中頃の女性だった。服から覗く胸元には谷間が見え、女性らしい体の線を強調する短パンとロングブーツは女性のディアンでも目のやり場に困る。
「いや、なんでもない」
とは答えてみたが、その冒険者は既にディアンが見ていた依頼書を見付けて瞠目していた。
これは騒ぎになるなと、一人の反応を見ただけでディアンはうんざりする。
「何だ、この依頼書は。依頼主がイニシャルという事は貴族からの依頼か?」
「そして特閲。受付に持っていく事なく誰でも受けられる依頼だよ。報酬は達成した者だけがもらえる」
「へぇ……ランク制限が書いてないのか。では何人達成しても、この金貨10枚がもらえるのか?」
「さあ、そこは何とも言えないね。でも、もらえるんじゃないかな?」
本当に神獣を連れてきたらね、という言葉はディアンの心の中だけに留めておく。
掲示物からディアンへ視線を移した冒険者は、少しだけ目を見開く。
「……君、詳しいな」
その眼差しにディアンは首を振る。
「僕も見るのは初めてだけど、そういうのがあると聞いた事があったんだ」
ディアンの返答に目を瞬かせた女性は、「そうか」と言って改めてディアンに向き直った。
「急に声を掛けて失礼した。あたしはCランクのウエンディ。向こうにいるもう一人とパーティーを組んでいるんだ。君はいつもこの時間に来ているソロ冒険者だろう?」
「ああ。僕はディアン、Dランクのソロだよ」
こうしてディアンが答えている間に、もう一人のメンバーと思しき人物が近付てきた。
そちらは肩まであるオリーブ色のウエーブがかった髪を垂らした、濃緑色の目をした女性だった。年齢はウエンディと同じくらいで、身長はディアンより大きいがウエンディよりは少し低い。こちらの女性は太ももまであるロングベストを着用し、下はピッタリした革のパンツスタイルだ。この女性も胸元には豊かな膨らみがあり、ディアンは思わず自分を見下ろしたくなって思い留まった。
「どうしたのよ、ウエンディ。なんで急にこっちへ移動したの?」
ディアンを覗き込むようにウエンディの後ろに立った女性を、ウエンディが背中を押して隣に並ばせた。
「紹介する。彼女は同じパーティーのメンバーでリサ、あたしと同じCランクだ」
ディアンは「どうも」と会釈をし、リサにも自己紹介をした。
二人とも腰から剣を下げて背中に盾を背負っているところを見れば、どちらもアタッカーなのだろうとディアンは推測する。
「君の顔は知ってるわよ。いつも私達と同じ時間に来てるでしょう?」
リサの問いに肯定すると、互いに顔は知っていた為にすんなり話が進む。
「それで二人で何を話してたの?」
リサは訝し気にウエンディを見た。
「話しかけたのは何か困り事かと思ったからだが、今はコレの事で少し話をしていたんだ」
とウエンディはリサに掲示物を示した。
「えっと……とくえつ?」
ブツブツと小声で読み上げていくリサの目が、どんどんと大きくなっていった。
「へえ~いいわね」
読み終わったのか、リサの目が輝いて口角が上がっている。
「あたしもいいとは思ったんだが、これは閲覧のみで依頼書は個人で受注できない仕様らしい。この依頼は全ての冒険者と共有するものだと、今彼から聞いたところだ」
「そうなの?」
リサが問う視線をディアンに向けるが、それに気付いたウエンディがリサに説明してくれた。
「なるほどねぇ。それじゃあ先に見つけた私達は多少有利って事ね?」
確かに先に情報を得た彼女らは今からでもこの案件に着手できる為、若干有利だ。これから混み合う時間にここに来る者達は、人だかりでこの特閲を閲覧する事も難しくなるだろうし。
そんな事をディアンが考えていれば、リサが「受付で詳細を聞いて来るわ」と嬉しそうに向かっていった。
「ディアンも詳細を聞きに行くか?」
ウエンディが気を遣って声を掛けてくれたようだが、ディアンはそれを断る。
「いや、僕は遠慮しておくよ」
「そうか。貴重な情報を教えてくれてありがとう。ではまたな、ディアン」
「ああ」
手を振って受付に向かうウエンディを見送り、ディアンはDランクの依頼書へと視線を向ける。
だがその思考は、ここではない遠くを見詰めていた。
お日様の匂いがする小さな獣。
暗い中で色はハッキリとは分からないものの、確か白っぽい色を纏っていたはずだ。
「見付かるなよ……」
そう独り言ちるディアンの囁きは、幸い誰の耳にも届いてはいなかった。




