〔16〕人の話は聞きましょう
二人が壁際に寄ったところで、ウォーレンがディアンの手元の紙に視線を落とした。
「じゃあ説明するね。このクリプトンボアは猪型の魔獣。だから基本的な行動としては突っ込んでくると覚えておいて」
「分かった」
「それから外見。体長は3メトル前後で体高は1.5メトル程、体毛は…………茶色」
なんだろう、今の間は、とディアンはウォーレンに視線を向けた。
見るとウォーレンは微妙な表情で首を傾げている。
もしかして実はウォーレンも見た事がないのではとディアンが考えたところで、視線に気付いたディアンが苦笑を零した。
「ごめん。話す順番が難しいんだよね、こいつ」
「それってどういう……?」
「あのね。この魔獣は潜伏が得意な魔獣で、まず見付けるのが難しいからBランク設定になっているんだ」
「……うん」
「体毛については、死ぬと茶色くなる」
「?」
「だよね、そう言われても意味がわからないと思うけどもう少し聞いていてね。それで、こいつが身を潜めている時は本当に姿が見えない。だから“透明”……と言わせてもらうけど」
「じゃあ、目視では分からないって事か?」
「そう。風景に溶け込むように擬態していると言えば分かるかな。だから見付ける時は気配を辿るしかない」
「…………」
これは自分が受けても大丈夫なものなのかと、ディアンの中には不安しか浮かばない。
「それでこちらから攻撃を仕掛ければ、当然出てくるだろう?」
「そうだな……」
「うん。その時にはこいつ、発光してるんだよ」
「…………。は?」
「ふふ、その反応になるよね。私も知識として得る為に本で読んだ時は、全く書いてある事の意味が分からなかった。だから今のディアンの気持ちはよく分かるけど、実際に見るとその通りだったから他に説明しようがないんだよね」
どうやらウォーレンはこの魔獣と戦った事があるらしい、とディアンは頷く。
「なる、ほど?」
「だから今は言葉をそのまま受け取ってくれればいいよ。じゃあ続けるね。姿を見せる、つまり存在をこちらに示した時は体が光に包まれている。倒すと当然発光は止まり、その体は茶色い体毛を纏っている。だから、ここに書いてある外皮は茶色い毛皮の事だね。ただし外皮を加工したあとはまた発光する物として販売されるんだけど、それはどうやって加工しているのかは生憎私が知るところにない」
「……………」
「あはは。この辺りは聞き流していいから、そんな難しい顔をしなくていいよ」
ウォーレンはディアンに向かって、自分の眉間を突いてみせた。
どうやらディアンの眉間にシワが寄っていたらしいと、一呼吸してから頷くディアン。
「――それで性格は? 魔獣っていうくらいだから獰猛なんだろう?」
「そうだね。でも魔獣にしては大人しい方じゃないかな。こいつは姿を隠したまま目の前に来るまで行動を起こさないから、それこそ人が視界の中にいても襲われる事は余りないはずだよ。ただしこの依頼を受ける場合はこちらから先に攻撃を仕掛けるから、私達は当然攻撃対象にされてるけどね?」
「それは分かってる。―――それでこれは……変な術を使ったりするのか?」
「変な術? ……ああ、魔撃の事?」
「そう、それ。魔獣は時々、遠距離から何か飛ばしてくる事があるだろう?」
ディアンは再び眉間にシワを寄せ、これまで何度か目撃した魔撃を思い出した。
EランクとDランクの依頼で一番の違いは、獣より強いとされる魔獣と戦う事を許される点。当然、Dランクになったディアンが早々に魔獣討伐の依頼を受けた事は言うまでもない。
しかし魔獣は獣よりも凶暴なうえ、魔素を使った攻撃をしてくる獣だった。
問題となる魔獣に溜まった体内の魔素は、殆どが爪や牙、外皮などの強化に充てられており、謂わば身体強化が掛かった状態になっていた。だがそれ以外にも魔獣によっては魔素を飛ばして遠距離攻撃をしてくる物もいて、それが魔獣だけが使える魔素を使った攻撃、“魔撃”といわれているものだった。
ディアンがこれまでに受けた依頼の中には、この魔撃を飛ばされた事もある。
それは石礫だったり、鋭利な突風が吹き抜けた時もあった。兎に角何が飛び出すのか分からず、ディアンはギリギリで魔撃を躱し何とか討伐まで持ち込む事はできたものの、それらの遠距離攻撃を防ぐ術は今後の課題になっている。これまでは身の軽さだけで対応してきたディアンだが、今後はそう上手くはいかないだろうとも感じていた。
「その心配は当然だね。魔獣とは、獣が体内に溜まった魔素を抑えられなくなって変形した姿だと云われているから、その膨大な内包魔素を放出して攻撃してくる事があるのは確かだ。でもこの魔獣に限っては、その内包魔素を擬態と発光させる為に使っているらしいんだ。だから魔撃を放ってくる事はない。安心していいよ」
「それなら普通に対応できるか……」
「そうだね。――ディアンなら大丈夫だと思って、コレにしたんだから」
まだ会ったばかりのウォーレンは、そう言って満足そうに目を細めていた。
◇ ◇ ◇
こうしてウォーレンと仮パーティーを組む事になったディアンは、軽食を買いこんでからソーラムの町を出る。
今回は町の南にある正門を通らず、ディアンには勝手知ったる町中の近道を突き進んで北へと向かった。
物珍しそうなウォーレンと共に町の裏手に出る。そこからは草原を渡り山の道なき道を並んで歩きながら、ディアンは早速ウォーレンの宣言通りに質問攻めにあっていた。
「ふうーん。治安が悪い町、ねえ」
「だから余り金持ちに見える服装はお勧めしない」
ウォーレンが着ている服は所謂“冒険者装束”と呼べるもので、装飾がないシャツは基本的なデザインのスタンドカラーで色はダークグレー、黒いパンツもシンプルで飾り気はなく簡素だ。
しかしよく見れば生地には艶があり、ディアンの服ようなすり切れて毛羽立つ箇所は何処にもない。故にどう見ても上等な品であるのは一目瞭然だった。
そして左胸部だけに付けた防具は艶々のプレートアーマーで、ディアンのように革ベストの内側に鉄板を差し込んだだけの簡素な防具ではない。
それに極めつけ、背負った弓は見る者が見れば値の張るものだと直ぐにわかる物。弓を知らないディアンでも、一瞬で“触らないほうがいい”と判断できたくらいだ。
そう、ウォーレンは弓使いだった。
弓を背負う彼は凛として、ディアンの隣を歩く今はイケメン二割増しに見える。とはいえ、ディアンは「へえ~」と思うくらいなのだが。
「そうは言ってもウォーレンはBランクだから、もし襲われたとしても返り討ちにするだろうけどな」
「ふふ、まあね。私もそれなりに強いから、多少なりとも痛い目にはあわせるよ?」
「だよな。―――ただそこに自警団員が居たら、ちょっと面倒な事になるだろうな」
「え? 自警団に襲われるのかい? それって意味が分からないんだけど……」
ディアンの言葉に驚いたウォーレンは、大げさに目を開いて肩を竦ませた。
慌ててディアンが苦笑と共に手を振る。
「ああ悪い、誤解させた。自警団員が直接襲ってくる事はないよ」
「……なに、それ……」
今の言い方に引っ掛かったのか、ウォーレンが渋い顔でディアンを見る。
「そのまんまの意味。今町にいる自警団員は元犯罪者も混じってるらしいし、窃盗犯は捕まっても直ぐに出てくるんだよこの町は。尤も、自警団員と呼ばれる奴らは破落戸にしか見えない奴らばかりだしね。それらを総合すると、自警団と窃盗犯らが繋がっているとも考えられるだろう? まあ、そういう事」
「―――治安が悪いという意味が、よく分かったよ……」
「だからあの町に長居をしてもいい事なんてないと思う。早目に他の町へ行く事をお勧めするよ」
「…………領主は一体何をしているんだ」
「さあね。少なくとも館にいる奴は、僕達の事を何とも思ってないみたいだし」
「最低だな」
「それは否定しないけど、今更何を言っても無駄だ。だから住民は耐えるしかない」
「……そうか、ディアンは苦労してるんだね……」
「いや別に僕だけって訳じゃないだろう?」
「ディアンは可愛いだけでなく、頑張り屋さんなんだね……」
「おい、何故そこで『可愛い』が出てくるんだよ」
「こんな可愛いディアンが苦労しているなんて……」
「っウォーレン、人の話を聞いてくれーー!」
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