〔15〕流されて
振り返った先に居たのは、澄んだ水を湛えたような淡い水色の瞳をした20代中頃の男性だった。
しかもやたらと顔がよく、首元まであるウエーブがかった空色の髪が爽やかさを演出している。これが所謂「イケメン」と呼ばれる部類だろう、とディアンは思わず観察していた。
男はそれを武器にしているかの如く、人当たりのよい笑みを零す。
「ごめんね、突然声をかけてしまって」
話しかけられた驚きからもまだ抜け出せていないディアンは、男の顔を見たまま静止中だ。
「初めまして。私はウォーレン、Bランク冒険者だよ。昨日ソーラムに来たばかりだから、ギルドで誰かに町の事を聞こうかと見回したら、丁度君に目が行ってね。可愛い娘がいるなって声を掛けさせてもらったんだ」
―は?―
この男は今何と言ったのだろうか、とディアンは自分の耳を疑った。
そもそもディアンは男の格好をしているし、女だとバレるような仕草もしていないはず。それなのにまるでディアンが女であると決めつけているような言いようだ。
「あれ? どうしたのかな、私の顔に何か付いているかい?」
余りにもディアンが凝視するので多分そう言ったのだろうが、今の言葉には「もしかして見惚れちゃった?」という意味が含まれている気がする……。この男、わざとやっているなとピンと来る。
それに、このままではこの男のペースになってしまいそうで、ディアンは慌てて我に返った。
「……いいえ、失礼しました。突然話しかけられたので少しビックリしただけです。僕はDランク冒険者のディアン。因みに、男です」
今度はディアンの言葉にウォーレンが目を見開き、「私の勘が外れた、だと……?」とブツブツ呟いている。
そんなウォーレンを無視して、ディアンは言葉を続けた。
「ウォーレンさん? は、どうしてこんな辺境の町まで来たんです? ソーラムには特に変わった物もありませんけど」
ディアンの話で我に返ったのだろう。ウォーレンは視点をディアンに合わせると、気まずそうに頭を掻いて苦笑した。
「男だったんだ、それは失礼したね。――えっと、何で来たのかって話はね。私は国内を転々としている冒険者なのだけれど、割と勘が働くほうでね。こちらの方角に何かある気がして、それでソーラムまで来たという訳だよ」
「勘、ですか?」
「そう、私の勘はよく当たるんだ。それが“こちらには面白い事がある”と言っている気がしたんだよね」
その表情は先程までとは打って変わり、ウォーレンは相好を崩していたずらっぽく笑った。
「はあ………」
「おや? それは信じていないって顔だね? ……まあいいよ。それで私が町の事を聞きたいと言ったのは本当なんだ。だからついでで悪いんだけどディアン君、これも何かの縁という事で少し話を聞かせてもらえるかな?」
ウォーレンの申し出に虚を突かれ、ディアンは目を瞬かせる。
「えっと……」
チラリと掲示板に送ったディアンの視線を見たのだろう、ウォーレンは「大丈夫だよ」と何故かニッコリ笑ってディアンの肩を叩いた。
「へ?」
「君はソロなんだろう?」
ソロ冒険者の事だと理解したディアンは、困惑気味に頷く。
「君はソロ、私もソロだ。しかも私はBランク。だから私と仮パーティーを組めば、今日君はBランクの依頼までは受ける事ができる。Bランクの依頼は早々掃けるものでもないだろう? だから今からでも依頼は選びたい放題だ」
パーティーの規定についてはよく分からないが、Bランクの依頼が早々に掃けない事はディアンも否定しない。
しかしそうなると、この人と仮パーティーを組んで一緒に行動する事になる。しかしそれは、ディアンにとって余りよい案とは思えなかった。
「お気遣いは嬉しいんですが、僕は一人でも大丈夫です。だから町の事はギルド職員にでも聞いてください」
ディアンが受付にいる職員に視線を向ければ、ウォーレンも視線を追って受付に顔を向けた。
「……いいや、私はディアン君から話を聞きたい……」
「は?」
それはどういう意味かとウォーレンの顔を見れば、ウォーレンはキラキラした目でディアンを見詰めていた。
「?! いえ、ちょっと……ウォーレンさん?」
ギョッとしたディアンの手をウォーレンは握る。
「私は是非、ディアン君と一緒に依頼を受けたいと思っている」
「へ?」
ぐいぐい顔を寄せてくるウォーレンに、ディアンの顔が引きつった。
押しが強い。強すぎだ。
「今日は私と一緒に依頼を受けながら、この町の事を詳しく教えてくれないかな?」
ディアンはウォーレンの圧に顔が引きつった。
この態度を見る限り、断っても断り切れない可能性がある。
何故かは知らないがウォーレンに気に入られてしまったらしいと、長いため息をついたディアンは、早々に諦める事を選択した。
掲示板の前に既に人だかりができてしまっている事でもあるし……仕方がない。そう自分に言い聞かせて。
「わかりました。もう僕の受けられそうな依頼はなくなってしまったかも知れないし、今日はウォーレンさんと一緒に依頼を受ける事にします」
「ああっ是非そうしてくれると嬉しいよ。ふふふ。やっぱりこの町は面白そうだね」
「はあ……」
ディアンの葛藤も知らず楽しそうに笑うウォーレンを見上げながら、ディアンはこっそり肺に溜めた息を全て吐き出したのだった。
◇ ◇ ◇
ウォーレンはご機嫌で「この依頼でいい?」と、掲示板の前から戻ってディアンに一枚の紙を差し出してきた。
それを受け取ったディアンは手元を見る。
『-依頼書― ランク設定:Bランク以上、内容:魔獣“クリプトンボア”の素材・外皮、数量:一体分以上、報酬:一体につき銀貨72枚(追加一体ごとに銀貨72枚)、備考:肉の付属可、肉は一体につき銀貨20枚から)』
「やっぱり凄い金額だな」などと感心しながら、繁々と依頼書を読み込んでいたディアンが顔を上げれば、目の前にはニコニコしたウォーレンの顔があった。
「えっと……僕はDランクなんだけど、本当に受けても大丈夫なのか?」
先程ウォーレンに「敬語はいらないし畏まらなくていいよ」と言われた為、ディアンはいつもの口調で疑問を口にした。その代わりにディアンの事も呼び捨てになった。
「おや? 今までディアンはパーティーを組んだ事がないのかな? それは大丈夫。さっき話した通り、仮パーティーでも上位者のランクまでは依頼が受けられるよ」
「へえ、そうなのか」
「――ねえ、ディアンは何でずっとソロなんだい? もしかして人間関係で何かあったのかな?」
ディアンは一瞬ギクリとしたものの、ウォーレンの予想は斜め上らしいので曖昧な笑みを零す。
実際、ずっと一緒に居たら「女だとバレるからだ」とは口が裂けても言えないのだし、今回は一日限りと思って了承したのだ。
「まあ、そんなところだ」
「そっか。これだけ可愛いと色々あるだろうし、私も似たような理由だしね」
そうだろうそうだろうと、何故か勝手に納得しているウォーレンは見なかった事にしたディアンである。
それにしてもさっきから『可愛い』とウォーレンは言うが、今までディアンが一度も言われた事がない言葉だから、きっとウォーレンは目が悪いのだろうと思うに留める。
「それならこの依頼で構わないけど、この“クリプトンボア”なんて僕は知らないんだけど?」
「まあDランクならこの辺りの魔獣はまだ受けられないから、ディアンが知らないのも当然だね」
「でも、勉強不足なのは申し訳ないと思う」
いくらまだ受けられないランクの魔獣であっても、知識として先に学んでおいたほうがよい事は、ディアンも重々承知していた。
「ふふ、ディアンは真面目だね。そこは本当に気にしなくていいよ? どうせこれから説明するつもりだったからね」
この依頼を受ける前に、ウォーレンが魔獣の事を教えてくれるのならば有難い。
「悪いけど、対処方法も教えてくれると助かる」
「分かってるよ。じゃあちょっと、ここから移動しよう」
サラリと視線を流したウォーレンは、ここで話せば邪魔になると判断したようだった。
「あっちが空いてる」
ディアンが指さす方向に視線を向け、ウォーレンが頷いた。
「そうだね。じゃあそこへ行こうか」
人の間をすり抜けていくウォーレンのあとを追い、ディアンはこっそり苦笑しながら壁際へと移動していった。




