〔14〕喜び
アメリアに来てもらったお陰で、ディアンはその翌日には熱も下がり体も回復した。
熱が下がったディアンに、アメリアは念の為に「今日まではお休みしてね」と告げた。ディアンもアメリアを放ってギルドへ行くつもりはなかったので、了承したのは当然の事だ。
そんなアメリアが昼前に帰るというので、それまでディアン達は家でのんびりと過ごす事になった。
ディアンがお茶を用意して木箱の上に置けば、そこに座るアメリアが「ありがとう」と微笑む。
いつもは誰もいない家に人の温もりが感じられ、ディアンの小さな部屋は優しい色に包まれていた。
「ねえ、ディアンはいつまで冒険者を続けるの?」
手元のカップを弄びながら、視線を下げたままアメリアは言った。
アメリアの向かいに腰を下ろし、ディアンもカップを手で包み込んで視線をアメリアに向ける。
「終わりは決めてない。でも冒険者として活動できなくなったら……辞めるかな」
「そう……」
そんな会話は、孤児院でディアンが冒険者になるとアメリアに話した時以来だ。
「まあ、僕は臆病だから無謀な事をするつもりはないし、何かあったら一目散に逃げるから、そんな事には当分ならないだろうけどね。僕の足が速いのは、アメリアも知ってるでしょ?」
その言葉に、アメリアは視線を上げてディアンを見詰めた。その目は心配そうに揺れているが、ディアンは口角を上げて笑みを作る。
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ、アメリア」
とはいえ、これまでに命の危険を感じた事が何度もあった。だがディアンはそれを正直にアメリアに言うつもりはない。
「危なくなったら、ちゃんと逃げてね?」
「うん」
目尻を下げたアメリアにディアンは力強く頷いた。
「それはそうと、アメリアはこのまま“先生”になるの?」
今度はアメリアの番だよ、とそんな視線をディアンは向ける。
ディアンの視線を受けとめるアメリアは、また手元に視線を落としてから照れ臭そうに呟いた。
「―――まだ正式には決まってないけどね。院長先生との話がまとまって、来年からは“先生”として置いてもらえる事になったの」
「そっか、おめでとう。アメリアは面倒見がいいし子供達も懐いてるから、みんな喜ぶね」
「ふふ。そうだと嬉しいわ」
嬉しそうに頬を染めるアメリアは、湯気の立つカップで顔を隠すようにお茶を飲んだ。
他はどうか知らないが、少なくともディアンが居た孤児院では、遅くとも16歳までに皆が卒院していく。
その前にきちんと就職先を決めて出ていく者が殆どで、中にはディアンのように冒険者になる者もいるが、彼らはソーラムではなく他の町へ向かったと聞く。
そんな流れの中で、アメリアは16歳になった今も孤児院にいた。従来ならば卒院している年なのだが、先生達は何も言わずに見守ってくれていたという事だろう。
アメリアはディアンのように活発ではなく、人見知りな面もあり大人しい印象の娘だ。一度慣れてしまえば甲斐甲斐しく世話を焼かれる程に親しくなれるのだが、そうなるまでには少しだけ時間が掛かると言ってもいい。
そんなアメリアが孤児院の先生になりたがっている事をディアンは知っていた。
しかし何故か孤児院の先生は貴族出身者が多く、クランシー院長先生もケイト先生も実家は貴族だと聞いた事があった。その辺りの兼ね合いはディアンにはよく分からないが、孤児であるアメリアも念願が叶ったのだと、ディアンは心からの笑みをアメリアに送った。
昼前にはアメリアを町の門まで送りがてら、ディアンは道中で日持ちのする菓子を買ってアメリアに渡す。
「荷物になるけど、皆と食べて。僕からのお礼だから、アメリアも遠慮せず食べてよ?」
「もう、ディアンは気を遣っちゃって……」
「家族にお土産なしじゃ、怒られるのはアメリアだからね?」
「うふふ、まあそれはそうかも」
このあと外泊していたアメリアが戻れば、帰りを待っていた子供達は「お土産は?」と当然聞いてくるだろう。
それなのに手ぶらで帰ったとなれば、無邪気な子供達がブーブー文句を言うのは目に見えている。
「私も遊んでいた訳じゃない……と言いたいけど、今回は楽しかったからいい訳できないわね」
「僕も久しぶりにアメリアと話せたから嬉しかったよ。尤も、本調子の時ならもっとよかったんだけど」
肩を竦めるディアンを、アメリアは微笑んで見る。
「元気になってよかったわ。これからはもう無理はしないでね?」
そうは言われてもディアンは無理をしている感覚はないので、それには曖昧に頷いたディアンであった。
そんな他愛もない話をしながら、ディアンはアメリアと町の門に到着した。
「アメリア、本当に一人で平気?」
「ディアンは心配性ね。ここからは一本道だし、魔獣も出ないから大丈夫よ」
確かに孤児院周辺にはこれまで魔獣が出たという情報はないが、心配なものは心配だ。しかし送って行きたいのを我慢して、ディアンは分かったと苦笑する。
ここまでに何度か送っていくという会話をしていたディアンだが、「町まで一人で来れたのだし大丈夫」とアメリアが頑なに拒否した為、ディアンが渋々折れた形になっていた。
「それじゃあ、またね」
と手を上げたアメリアに、ちょっと待ってとディアンは彼女を引き留めて門の脇に移動させた。
周りに人がいない事を確認し、ディアンはアメリアの手を取った。
「これ、少ないけど院長先生に渡してほしい」
「え?」
アメリアの手の平に乗せられた小さな袋は、見た目の割に重さがある。
「僕が行くのはまだもう少し先になりそうだから、これだけ先に」
「ディアン……」
ディアンが孤児院に行く目的は、友人のアメリアも当然知っている。
「これからは風邪薬も自分で用意しておくからって先生達に伝えて。それと、ありがとうって」
ディアンの言葉に困ったように眉を下げたアメリアだったが、ディアンの手の上にもう片方の手を重ねて口を開いた。
「……こちらこそありがとうディアン。先生達にはちゃんと伝えるわね」
そう言って今度こそ手を振って歩き出したアメリアを、ディアンは姿が見えなくなるまで見送った。
◇ ◇ ◇
町の北側で盛大に広げていた木々の葉も、役目を終えたように少しずつ数を減らしている。
相変わらず空は高いもののその色は幾らか薄くなり、流れる雲は触れれば溶けそうな程に透き通って見える。
吹き渡る風はまだ暖かいものの、これまでの暑さを忘れさせてくれるような心地よさを含んでいた。
そんな景色が広がっていくソーラムで変わらぬ日々を過ごしていたディアンは、今朝も冒険者ギルドに顔を出している。
だが今日は少々寝坊してしまい、いつもより遅くなっていた事だけは違っていた。
ディアンは昨日、珍しく少し遠出をする依頼を受けていた。
その為夜になってから帰宅する結果となり、今朝は少し寝過ごしてしまったのだ。本末転倒とは言いたくないが、今日は気持ちを切り替えて、冒険者ギルドに顔を出したところである。
しかし本来、Dランクになったディアンが毎日依頼を受ける必要はない。
Dランクに上がってから受けられる魔獣の絡む依頼は報酬がよく、三日に一度の休みを取っても日々の食費と家賃を払えるだけの収入にはなっている。
しかしそれでも孤児院へ渡す資金を考えれば余裕などないに等しく、毎日ギルドに顔を出すのは当然の事とディアンは考えていた。
それに何より今は少しずつ強くなっていく感覚が楽しく、毎日依頼を受けていても苦にならないのがディアンの本音だった。
だが目の前のギルドは当然ながら早朝の面子はいなくなり、ギルドの中も今までに見た事がない程の人で溢れて返っていた。
受付を見れば、三つある受付の一画ではキャリイさんが忙しそうに動いているのが見える。
彼女たちの前には各々十人以上の列ができ、今が一番忙しい時間だったのかとディアンはため息を吐いた。
視線を流して、ディアンは掲示板へと顔を向けた。
今からディアンはあの前に群がる人に紛れて、その中から依頼書を選ばなくてはならないのだ。
しかし今までに見た事もない程の冒険者達に圧倒され、どうにもそこへ突入するにはかなりの勇気がいるなと、ディアンはゴクリと唾を飲み込む。
依頼を受ける前に既に疲れてしまいそうだと思いながらも、ディアンはゆっくりと掲示板の前へと足を進めて行った。
迫りくる人混みに尻込みしながらもそこへ辿り着く直前、ディアンは気持ちを切り替える為に独り言を呟いた。
「早く強くなる為には毎日依頼を受けて体を動かせって事だ。こんな事で休んでなんかいられない」
「そうだね。私もそう思うよ」
「――え?」
独り言に返事があり、ディアンは跳び上がるようにして声がした方へと顔を向けた。
そして振り返ったまま、ディアンは固まった。




