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神獣と選ばれし王 【伍國豊穣記】  作者: 盛嵜 柊 @ 『シド』書籍化進行中
~白き獣と次代の王~

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13/25

〔13〕温もり

 漸く解放されたディアンが帰路についたのは、すっかり外も暗くなった時間だった。

 今日は本当についてない日だったとディアンは遠目になる。


 だが、朝ロセット達と話ができたのはよかったと思っている。

 まだ噂の域は出ないとはいえ、この町にも関係しそうな噂だったからだ。

 情報はいくらあっても困らない。それがこの町以外の事であっても、ロセット達と同じくディアンも多少は興味をそそられる噂だった事もある。

 今日の嫌な出来事から目を背けるように、その依頼はこの町でも出るのだろうかと考えつつ、ディアンは薄暗い夜道を急ぎ歩いていった。



「ニャァ~ン」


 ディアンの耳に、不意に聞き覚えのある鳴き声がした。

 そういえば以前もこの辺りにいたなと前方に視線を向ければ、ディアンを待っていたかのように見覚えのある猫が道端に座っていた。


「どうしたんだ? 今日は誰にもご飯をもらえなかったのか?」

 お腹を空かせているのかと、ディアンは佇む猫に近付いていく。

「ニャ~」

 猫は返事をするように目を細め、ディアンが近付いて来るのを待っている。


 猫の目の前に身を屈めたディアンは、カバンから食べなかった蒸しパンを出した。

 今日は結局一日何も食べる暇もなく、色々あった為に食欲もなくなっていたので丁度いい。

「残り物で悪いけど、これでもいいかな?」

 蒸しパンを目の前に出せば、猫は顔を近付けてヒクヒクと鼻を動かす。

「ニャア~ン」

 嫌がっていないだろう声にどうやらお気に召したらしいと笑みを浮かべ、ディアンは蒸しパンを千切る。


「どうぞ。少し硬くなってしまったけど、味は悪くないはずだよ」


 手の平に乗せた小さい蒸しパンを、猫は躊躇なくハムハムと食べる。

 その姿はまるでディアンを信頼しているようで、ディアンの心に温かいものが溶け込んできた。

「はあ~癒される……」

 その様子を見詰めながら、ディアンはせっせと千切って蒸しパンを与えていった。


 結局一つ食べきった猫は、満足したように口元を舐めたあと顔を洗い出した。

 これで満足してくれたならよかった。ディアンは毛繕いの様子を暫し眺めていた。


「君はこの辺で飼われているの?」

 いそいそと毛繕いを続ける猫に、ディアンはなんとなく言葉を掛ける。

 答えが返ってこないとは分かっているが、ディアンはやさぐれた気持ちを癒してもらいたかったのだ。

「触ってもいい?」

 とディアンは人差し指を猫の前に出した。すると毛繕いを止めた猫は、ディアンの指に鼻を近付けた。

 そしてフンフンと匂いを嗅いだあと、猫がディアンの指をザラリと舐める。

「ニャア~」

「いいの?」

 勝手な解釈をしてディアンがそっと猫の頭に手を置いても、猫はじっとしたままディアンが撫でるのを受け入れてくれた。


「今日はちょっと色々あって疲れちゃったんだ。……まあ、僕が未熟だって事なんだけどね」

 猫はディアンの愚痴には何も言わず、ディアンにされるがままになっている。

「でもまさか、あそこにガルムがいるなんて思いもしなかったんだ。今日は下のランクの依頼だったから、気が緩んでいたのは否定できないけど……はあ~」

 動きが止まってしまったディアンの腕に、猫はもっと撫でてというように頭を擦り付けた。


「君は不思議だね。まるで僕の気持ちが分かるみたいだ……」


 ディアンはそう言って温もりを得るように猫の顔を両手で包む。

 猫はそんなディアンを嫌がることなく、その行動を受け入れてくれる。

 そして顔を近付ければ、猫からはお日様のいい匂いがした。

 キラキラと輝く猫の瞳を覗き込み、ディアンは自分の額を猫の額に付けて目を瞑った。


「生き物はいつか死んでしまう。でも、誰にだって生きる権利はあるんだよ。――小さな君に、幸多からんことを……」

 そう言って祈りを込めたあと、ディアンは手を放し、ゆっくりと立ち上がる。


「ニャー」

 ディアンの足元で、小さい猫がこちらを見上げて鳴いた。

「触らせてくれてありがとう。じゃあもう僕は行くよ、またね」


 ディアンを見ている猫に手を振ると、軽くなった心を確かめながらディアンは路地の薄闇に溶けていった。



 ◇ ◇ ◇



 それから数日後、流石のディアンもその出来事が負担になったのか、久方ぶりに熱を出してしまった。

 前日から調子が悪いと薄々気付いていたが、流石に今日は動く事もできずに仕方なく休みを取っていた。


「ぅ……のどが、いた、い」


 喉が腫れて食べ物が通らなくなったディアンは、昼過ぎになる今も朝から水しか飲んでいない。それに、食料と言っても手元には保存食しかないのだから、そんな硬い物が喉を通るはずもない。


 これは困ったなと思いながらも、フラフラする状態で食料を買いに行く事もできなくてただ寝ているしかない。こんな状態で誰かに絡まれでもしたら、ディアンは抵抗すらできない自信があった。


 どうする事もできず朦朧とする意識の中、横たわったまま額に手を乗せて途方に暮れていた時だった。


 コンコンと、あばら家といえるディアンの家の扉が音を立てた。

 この借家は台所の他には一部屋しかなく、ベッドからでも見える扉が震えたのも分かった。

 近所の人でも来たのだろうか。ディアンは重たい体を起こして扉の前に行った。


「は、い……だれ?」

 かすれた声で辛うじて対応すれば、外から涼やかな声がした。

「わたしよ、アメリア」

 返事を聞いて急いで扉を開けたディアンの目の前には、フワフワの長い翠色の三つ編みを垂らしたアメリアが表情を曇らせて立っていた。


「どう、したの?」


 アメリアは基本、孤児院から外に出る事はない。

 時々買い出しに寄るソーラムへは、治安が悪いからと先生二人が出向いている。その為先生達が不在の間は、年長であるアメリアが子供達の面倒をみている事になっていた。


「どうしたの、じゃないわよ。やっぱり熱を出しているんでしょう? ディアンは早く横になって」


 勝手知ったるという風に、アメリアはディアンの背中を押して家の中に入ってくる。

 確かに一度はこの家に来た事があるアメリアだ。しかしいつもはおっとりとして大人しいアメリアが、どうした事か今日は押しが強いなとディアンは首を傾けた。

 言われるがまま、ディアンはベッドへと逆戻りして横になる。見上げるアメリアの顔は、やっとホッとしたように頬を緩めていた。


「今日は私、ここに泊まるからね」

「ぇ?」

「あ、ちょっと待ってて。今スープを温め直すから」

 呆けているディアンを放置して、アメリアは扉のない台所に入っていく。そんな彼女の背中をディアンは茫然と見詰めていた。


 そのあとディアンは知らずにウトウトしていたらしく、美味しそうな匂いと共にアメリアに声を掛けられて目を覚ました。


「食欲はないだろうけど、スープなら飲めるでしょう? 院長先生から熱さましを預かっているの。食事が済んだらお薬も飲んでね」

「…………」

 何がなんだか分からないディアンは、アメリアの言うままに行動する。


 ディアンの家にはテーブルセットなんて便利な物はないが、床に置いたテーブル代わりに使っている木箱の上には、既にアメリアによって湯気の立つスープと薬の包み紙が乗せられていた。


 少しだけ寝て多少は楽になったかと思いながら、ディアンは木箱の前に座っていたアメリアの向かいに腰を下ろした。二人が腰を下ろしたところには、一応薄いクッションが置いてあるので痛くはない。


「わたしもお腹がすているから、一緒に食べさせてもらうわよ?」

「うん」

 と笑みを浮かべたディアンがそっと(すく)ったスープからは、懐かしい香り漂ってくる。

 殆ど具のないスープだが、ゆっくりとそれを口に入れたディアンには特別なごちそうに感じた。


「おい、しぃ」

 ディアンは目を細める。

「ふふふ。わたしは毎日食べているから分からないけど、ディアンは久しぶりだものね」

 うんと頷いてスプーンを動かすディアンを、アメリアは嬉しそうに見つめている。孤児院で作ったスープを、アメリアはわざわざ持ってきてくれたのだ。


「それで、どうしてわたしが来たかっていう話だけどね」

 とスープを器の中でゆっくりと回しながら、アメリアは切り出した。


「昨日は先生達が買い出しの日だったの。その帰りがけに、町中でディアンの具合が悪そうだって話している冒険者が居たみたいでね。それをたまたま耳にした院長先生が、多分今日は熱が出ているだろうからって、わたしに薬を持たせて送り出したの」

 ディアンは、口元に運んでいた手を止めて瞠目する。

「その人達、ディアンを食事に誘ったって言っていたらしいんだけど、フラフラしながらディアンが断ってたって話していたんですって。その人達は私達と同じくらいの年だったって、院長先生が言ったいたわ」


 ディアンはその話に、きっとそれはロセット達だったのだと思い至る。

 確かに昨日の帰りにまた一緒になったロセット達から、これからタンポポに行かないかと誘われた。だが食欲もなく体がだるくて、申し訳ないけどと断った事を思い出す。


「冒険者のお友達?」

 多分そう、とディアンは頷く。

「だからきっと心配して話していたのね。そのお陰でこうしてわたしが来られたんだもの、いい人達なのね」

 ふふっと笑うアメリアに頷いて、目の前の友人にも感謝を伝える。

「あり、がと」

「いいえ、どういたしまして。いつもはディアンに助けてもらっているんだから、たまにはわたし達もディアンの力にならなくちゃね」

 それは違うと首を振るディアンに、アメリアは優しい眼差しを向ける。

「ディアンはわたし達の家族なんだから、遠慮はなしよ?」


 それには否定などできるはずもなく、ディアンはアメリアの言葉にはにかむような笑みを浮かべていた。


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