第33話 壁の穴
「結局来たんですね」
少し遅れて練習場所に姿を表した結衣奈を見て、少し嬉しそうに莉子が言った。
「う、うん。」
曖昧に返事をし、莉子から目線を反らす。
「なにかあったんですか?」
「ううん。べつに。大丈夫。」
「そうですか」
顔の横から少し寂しそうな声が聞こえる。
朝、なぜか莉子と会ったときに面倒くさいと感じてしまった自分がいたことに結衣奈は驚いていた。
なにが原因なのか、全く自覚はないはずだった。だが、莉子と目が合わせられなかった。
その日、結局莉子とはほとんど話せずにクラブが終わった。
更衣室に戻っても気まずい状態が続き、莉子は結衣奈を待たずに帰ってしまった。
「白石さんとなにかあったの?」
「え?」
鞄のチャックを締めて帰ろうとしたとき、後ろから声をかけられた。振り向けば、鍵を手にした熊田が立っていた。
「更衣室でもほとんど話してなかったじゃない。」
「そう…ですね……。なんか、顔が合わせられなくって。」
「友だち関係にはよくあることよ。私もあったわ。」
「熊田先輩も?」
彼女はうなずくと、更衣室の電気を一部だけ消し、自分たちがいる場所だけ残した。
「一時期ね、あったのよ。小学校から一緒だった子となぜかよくわからないけど話したくなくなって。しばらくは目も合わせなかったし話もしなかった。」
「そんなことが?」
「うん。でも、なんか気がついたらいつも通りに戻っていた。どっちが先に話しかけたのかは覚えていないけれど、それでもずっと一緒にいた人はどうしても気になってしまうのね。」
「気になってしまう・・・」
「うん。だから、『話しかけなきゃ』とか無理に考えずに話したくなったら話してあげて?」
「そんなものなんでしょうか・・・。でも、ありがとうございます。」
「いえいえ、またなにかあったら言ってね」
「はい。」
熊田に背中を押されて更衣室をでた結衣奈は軽く礼をすると、そのまま靴箱まで走っていた。
「ねぇ、貴樹。あれでよかったのかな。」
「さぁな、女子の質問には女子が答えるのが一番いいだろ。」
「そっか。待ってくれててありがとう。」
「別に。暇だし。」
「そっか。」
後ろを振り向かずに話しかけた熊田。
更衣室の横の影から現れた渡辺は彼女の手から更衣室の鍵を受け取ると、歩き出した。




